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ある脇役の英雄譚  作者: 小元 数乃
勇者の友人編
15/46

13話

 大体の買い物を終えて、ヴァイルとアリサは城壁警備隊の詰所へと向かい貧民街を歩いていた。


 太陽はとっくの昔に傾いていて、王都に暮れの光を提供している。その光に照らされることによってできた自分たちの長い影を見ながら、平民街とは別世界のように静かな貧民街を二人は歩く。


「……気づいてるか?」


「誰に向かって言ってんのよ? つけられてるわね」


「……」


――いや、確かにつけられているけどなんでわかった? 俺としては「え? なにが?」という反応を期待したんだけど……。


 到底「平和な世界」(アリサ談)からやってきた人間とは思えないアリサのハイスペックさに若干呆れを覚えつつ、ヴァイルは静かに頷いた。


「ヴァイルが目的かしら? あんた入都の時に税金ガメたんじゃないでしょうね?」


「俺の仕事ぶりかなりの間見ていてよくそんなことが言えんな……。お前こそ、俺が知らない間になんかしたんじゃないのか? 恨みかってそうだもんな……主に王宮関連で」


「失礼なこと言わないでよ!! 私が相手を脅す時は、恨みを抱く余裕がないくらいに脅しつけて心をへし折るわ!!」


「……恨まれる可能性がある行動をしたこと自体は否定しないんだな」


 顔をヒクヒクと引きつらせるヴァイルからわざとらしく視線をそらし口笛を吹くアリサ。そんなアリサに頭痛を覚えながら、ヴァイルは身体制御を使い体重を限界まで下げた。


「よし……撒くか」


「あれ? 戦わないの!?」


 全速力で逃げるためにストレッチを始めたヴァイルとは対照的に、アリサはいつの間にか右手に魔力をためており、いつでも放出可能な状態になっていた。


「はぁ……。あのな、俺は何度も言うように脇役だぞ? 『物語の冒頭辺りで、家に帰る途中に変な気配を感じて振り返ったらなんかわけのわからない化物に襲われてそのまま死んじゃった』を体現してしまいそうなほどの脇役だぞ? そんな俺が尾行している相手に対して迎撃なんて……振り向くことすら死亡フラグだと思わないか!?」


「いや……そんな力強く言われても。とりあえずあんたがヘタレだということは分かったわ」


 アリサの胸に突き刺さる言葉を、耳をふさぐことで何とか回避しながら、ヴァイルはさらに言い訳を重ねながら体を長時間全力疾走しても大丈夫なようにいじっていく。


 先ほどの体重操作でヴァイルの体は信じられないくらい軽くなったが軽いだけで速く走れるわけではないのだから……。


「でもさ、ヴァイル……」


「ん? なんだ……」


「どうも尾行してきていたのって昨日のオオカミみたいなんだけど……」


「何!?」


 いつの間にか後ろを振り返っていたアリサの言葉に、ヴァイルは慌てて後ろを振り向く。


 そして、彼の視線の先にはまるで液体のように体毛を波立たせる血色のオオカミが……!!




…†…†…………†…†…




 突然、目と鼻の先にある貧民街から、とんでもない轟音と衝撃波が飛来し城壁をたたいた!


 さすがに城壁は頑丈に作ってあるので大した振動はなかったが、城壁にはめられている窓や穴からはその音は響き渡ってくる。


「……ああ、今朝ヴァイルが言っていた四天王が暴れていたりするのか?」


「なんでそんなに落ち着いているんですか!?」


 突如発生した異常事態に城壁内にいた城壁警備隊のメンバーが若干パニックに陥る中、ロベルトの報告を聞きながら執務室で仕事をしていたサーシャは、眉一つ動かすことなく窓の外に広がる貧民街に目を向けた。


「ふん……どうやらかなり派手に暴れてくれているらしい」


 サーシャがのぞいた窓から広がる貧民街の一角で、まるで火事でも起きたんじゃないかと思えるほど巨大な土煙が上がっている。


 しかも、その土煙はまるで移動するかのように次々と違う地点で発生しており、ボロボロの家屋の集まりでできた貧民街をガンガン壊しまくってくれていた。


「まったく……戦うならもっとおとなしくやれ。貧民街に騎士は来たがらないから後始末は全部私たちがやるんだぞ」


「で? どうしますかサーシャ隊長?」


 窓とサーシャの間に空いた隙間に潜り込み、小さな身長を一生懸命伸ばし、窓を覗き込むロベルト。そして、貧民街で起こっている惨状を目にして若干の冷や汗と、震えを伴いながらサーシャを振り仰いだ。


「ふむ……まだ悪法書(ハムラビ)の世話になっていない兵士はいるか?」


「あ、いえ。先ほどの報告で全員悪法書(ハムラビ)さんからの『教育』を受け終わったそうです。新しい力を使いこなせるかどうかはわからないので二、三週間訓練をはさんでからの実戦投入がベストだと思いますけど……」


「ああ、いい。べつに私も鬼ではないんだ。昨日今日手に入れたばかりの力で四天王と戦えというつもりはない。問題なのはもう悪法書(ハムラビ)を送り出す準備はできているのかということだ」


「ああ。それなら万全です。あとは旦那が旅の必需品を買って帰ってくれば、いつでも悪法書(ハムラビ)さんを送り出すことはできます」


 それを聞いてサーシャは頷きながら今朝いきなり自分をたたき起こしに来たヴァイルとの会話を思い出していた。




…†…†…………†…†…



『隊長……起きてください! 少々お話ししたいことが!!』


「なんだこんな朝っぱらから? 私が朝に弱いことは知っているだろう……」


『いや……ですが隊長。緊急事態でして……』


「黙れ。黒焦げにするぞ?」


『朝に弱いっていうか、睡眠邪魔されて機嫌が悪いだけでしょうが!?』


 そんなお気軽に生死の境彷徨わせられたら困るんですけど!?


 扉の向こうでヴァイルがギャンギャン抗議をしてくるのを右から左へ聞き流しながら、スケスケのネグリジェの下にやたらと布面積が小さい下着を着たサーシャは、眠さで閉じてしまいそうな眼をこすりながら総隊長室の扉を開ける。


 髪もボサボサで若干目もしょぼついている気がしないでもないが、今のサーシャにとってそんなことはどうでもいい。彼女にとって今最も重要なのは、もしヴァイルの緊急事態とやらがくだらない理由だったりしたときに、どんな罰をヴァイルに与えるかだった。


――とりあえず城壁の周り100周は堅いとして、あとはどうするか? 一人王宮の門まで行ってもらってそこの警備騎士に『ここに男が一人こなかったか?』『ばっかもーん! それがルパンだ!!』とでも言ってもらおうか? なんでもアリサが言うには、アリサの世界ではそれが一番恥ずかしい罰ゲームだとか。


 自分の尊厳がいつの間にか死の間際まで追いつめられていることなどつゆ知らず、ドアを開けて顔を出したサーシャにヴァイルは申し訳なさそうに一人の少女を指し示す。


「えっと……天使の国の魔法書悪法書(ハムラビ)のユーザーであるメイドさんです。現在魔王の四天王に追われているらしく、出国の許可をくれ! とのことで……」


「……はい?」


 突然出てきた有名すぎる名前の羅列に、サーシャの眠気は一気に吹っ飛ぶ。そして彼女は、宙にふわふわ浮かぶ黒い本と、その傍らにたたずむメイド姿の少女、そしてどういうわけか苦笑交じりに手を振ってきているアリサを見て目を丸くした。




†…†…………†…†




「確かにうち母親に『うち王族には《天使の魔法を瞬く間に教えてくれる魔法書がある》って伝説があるんだよ?』って教えられていたが……まさか実在するとは」


 先ほどからヴァイルが出した接客用のお菓子をサクサクむさぼっている黒い本を横目で見ながら、サーシャはヴァイルが入れてくれたコーヒーを飲むことで頭をしっかりと覚醒させる。


「それで……いったい私にそれを話してどうするつもりだ、ヴァイル? 別にお前の一存で逃がしてやっても私としては何の問題もないぞ? もとよりあの古本は王宮の連中にすら忘れられていた過去の遺物だ。いまさら出てきたところでその効果さえ王族に教えなければ黙って処分したところで大した問題にはならんだろう」


「いえ……それが悪法書(ハムラビ)からサーシャ隊長に話があるとかで……」


「ん? 私にか?」


 いかにも嫌そうな顔で悪法書(ハムラビ)の表紙についたお菓子のかすなどを払い落しながらヴァイルは悪法書(ハムラビ)をサーシャに差し出した。


――こいつが私に、天使の国関連の物にかかわらせようとするのは珍しいな。


 天使の国の物品は役立つものも多いが《呪われた~》や《怨念の~》といった危険物も多々あったりする。だから少しでも天使の国の知識があるこいつは、私にそういったものが触れないように自分だけで処理することが多かったのだが……なぜ今回に限って?


 普段ではありえないヴァイルの態度に若干首をかしがながら、サーシャは無言で悪法書(ハムラビ)をうけとった。


 すると悪法書(ハムラビ)はバタバタと閉じ開きを繰り返しながら、サーシャに向かって言葉を紡いでいく。


『なるほどなるほど……確かに王族の血は流れているようだな。結界が内包しているものは《灼熱の雷》? ほう……複合属性とはまた珍しいものを』


「!?」


――触れただけで私の……王家の魔法の秘密を……!?


 自分の真紅の雷の正体をぴたりと言い当てられ悪寒を感じたサーシャは、思わず悪法書(ハムラビ)から手を放す。


 しかし、悪法書(ハムラビ)のその程度のことは理解していたのか自身に先ほどまでかけていた浮遊の術式をかけ再びふわふわと浮き始めた。


『はははは。驚かせてしまったか? すまなかった。侘びの言葉をうけとってくれ』


「……そんなことはいい。まさかこれだけのために私に会いに来たわけではないだろ?」


『ふむ……然り。少々この国の未来について話し合いたいことがあってな。席を外せ、ヴァイル、アリサ、メイド』


「……あんまり隊長に変なこと吹き込むなよ!!」


「え!? せっかくここまでついてきたのにそれはないんじゃ!? というかこの人の名前本当に《メイド》じゃないでしょうね!?」


「わかりました。お気をつけてMaster」


 若干不安そうな顔で何度も何度も振り返ってくるヴァイルと、自分が話を聞けないとしりキャンキャン騒ぐアリサ。そして、騒がしく騒ぐアリサをズリズリと引きずり無理やり部屋の外に連れ出したメイド……その三人が部屋を完全に出ていきドアを閉めた瞬間に、悪法書(ハムラビ)はとんでもないことをサーシャに告げた。


『あと数カ月だ……その期間中のこの国は亡びを迎える。魔族の策略でな……』


「なっ!?」


 突然悪法書(ハムラビ)から告げられた信じられない予言に、サーシャは目を見開き椅子を跳ね飛ばしながら立ち上がってしまった。


『だが、あの無能な王族とは違うお前なら次代の王となりこの国を導くことができるだろう』


「……冗談にしては悪趣味じゃないか? 悪法書(ハムラビ)。私が……王? バカらしい……頼まれたって御免こうむる!!」


『……お前の場合はお前自身が決めて王になるものではない。時代が必ずお前を求める。これは逃れられぬ運命(サダメ)だ……』


――知ったような口を!! そんなことになったら、私は……ヴァイルと!!


 しかし、サーシャの内心の焦りなどに気付かず、悪法書(ハムラビ)は淡々と言葉を紡いでいく。まるでこれが最後の仕事だといわんばかりに……。


『私はリッチモンドからこの国を見守るように言われて送られたものだ。一身上の都合で離れる以上……最低限度のアフターケアをさせてもらおう』


 それから悪法書(ハムラビ)が告げた言葉に、サーシャは思わず瞠目した。




†…†…………†…†




「それで、うちの兵士たちにリッチモンドの基礎魔術を教えてくれることになったんですか……」


「古本曰く『我は《勇王》《科学》《魔法》国に配られたリッチモンドの技術集の一つだからな……』だそうだ。つまりは勇王の国には《魔法によらない身体強化方法・初級》が記された奥義書が。科学の国には《リッチモンドの科学技術・初級》が記された技術書がそれぞれ贈られているらしい。そうすることによってリッチモンドの秘密主義に対する不満を幾分か解消していたらしい。もっとも、それぞれの国の建国の時代に配られたようだから、勇王の国は大体二代目勇者の時代……うちに至っては2000年近く前の話だ。誰も覚えていなくて当然。むしろいまさら仕事をする……なんて言われてもな。まぁ、タダのようだしありがたくもらっておくが」


 意外とちゃっかりしている自分の上司の言葉に苦笑を浮かべながら、ロベルトは混乱しながら『広告です!! 貧民街の方で何者か暴れているようで!!』と飛び込んできた伝令兵に『報告ではないですか?』ツッコミを入れつつ、やんわりと外に追い出す。


 これからサーシャの愚痴が始まるので、その前に逃がしてやりたかったからだ。


 そして、いつのまにかブルブルと震えだしていたサーシャは、


「それにしても、まったく、あの古本め!! 何が王様になれだ、バカバカしい!! できるだけ早く出て行け! さもないと私が焼却処分してやる!!」


「そんなに王になるのが嫌ですか?」


「当たり前だ!! 誰があんな腐った親父と同じ地位に立ちたいと思う!!」


 怒り心頭といった様子で、いつのまにか決裁を済ませていた書類を執務机にたたきつけるサーシャ。そして彼女はいい加減、真剣にうるさくなってきた扉の外へと歩いていく。


「とりあえず事態を収拾する。あのヴァイルがまさか負けるとは思わないが、万が一ということもある。伝令を飛ばしてアルフォンスのところへ向かわせろ。伝令内容は『仕事だ、バカ。住民は避難させておくから1時間後に貧民街23番ブロックを吹き飛ばせ』だ」


「了解しました。あ、でもアルフォンスまた仕事さぼってどっか行っているみたいですけど?」


「大方平民街の妓楼にでもいるんだろう? あいつの隊の連中に伝令を任せろ。私やお前の隊よりかは、奴を見つける手際はいいはずだ」


「はい。わかりました」


 ロベルトは今やサーシャと自分以外まったくやらなくなった城壁警備隊の敬礼をして、サーシャを送り出した後ぽつりと、一言。


「そんなに旦那と離れるのが嫌ならさっさと告白すればいいのに……」


 その言葉を耳ざとく聞きつけたのか、扉を閉めかけていたサーシャがびしりと固まり、一瞬にして復帰、無言でロベルトを睨みつけてきたが、


「……………くっ!!」


 今は揉めている余裕はないと判断したのか、悔しそうな顔をしながら黙って扉を閉めて出て行った。


 そんなかわいらしいサーシャ行動に苦笑を浮かべながら、ロベルトはサーシャの執務机から書類作成用の紙を拝借し、即座に伝令用の報告書をまとめていく。


「アルフォンス……時間内に見つかるといいんですけど……」


 騎士団が出てきたら厄介ですしね。


 そんなことをつぶやきながら……。


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