12話
アリサが詰所に転がり込んできた翌日。ヴァイルはサーシャに休暇許可を申請し平民街にやってきていた。
そこを行きかう人々は祭りの時と比べて若干少なくはあるが、それでも平民街は貴族の使用人や貧民街に住む小金持ちたちでごった返すことが多い。それはなぜか?
大規模な市場があるからだ。
この王都ではここに行って金さえ払えば大抵の物はそろうといわれる平民街大規模市。名前は普通にそこが開かれている通りの名前から《アシル・マーケット》と呼ばれている。
「おお? ヴァイルの旦那!! こんなところで何してんですかい?」
「ああ……。知り合いが出国することになってない。いろいろ入用なんだ。防寒用のマントとかあったら売ってくれないか?」
「ああ……。これからの季節は大陸全土が寒くなりますしね……。よっし。旦那にはいつも入都に便宜をはからってもらっている仲だ! 通常の半分の値段で科学の国で新発売された夏冬両方使えるリバーシブルマントを売ってやるよ!! 裏面には体温を逃がさない火トカゲ皮、表には温度を発散させる流水ワニの皮が施された逸品だ!! 寒いときは火トカゲの皮を、暑いときは流水ワニの皮を内側にすればたいていの場所はわたっていけるんだぜ!! 本当は22ゴールドで売っているんだが……旦那には特別に12ゴールドで売りやすよ!」
「……もう一声!!」
「旦那……俺に破産しろって言ってんの?」
なんだか絶望したような表情になる商人に苦笑を返しながら、『冗談だよ』と言わんばかりに手をひらひら振りながら、ヴァイルは商人が提示した金額をはらいそのマントを二着ほど買う。
驚くほど手触りのいいそのマント二着を手に取りながらヴァイルは昨日悪法書と交わした会話を思い出していた。
…†…†…………†…†…
「で? 俺にいったいどうしてほしいと? 正直言って俺はいまさら四天王と戦う気はさらさらないぞ? 一応トラウマは克服でききたけど、まだ魔族と戦うのは抵抗がある……」
「え? なんでよ。魔族ってこの世界の人類共通の敵なんでしょ?」
首をかしげてヴァイルの服の袖をクイクイッと引っ張るアリサを完全に無視して、ヴァイルは悪法書の返答を待った。
『無論我等とてお前にそんなことを求めはしない。この国もそろそろ潮時と思っていたからな……。主の命も果たしたことだし、そろそろリッチモンドへ帰還しようかと思っている』
「天使の国に……帰るだと!?」
ヴァイルは少し眉を動かしてその言葉に驚きの意を示す。
天使の国への入国はかなり難しい。彼の国との国境には四六時中目くらましの結界が張ってあり、一流の魔導師でも国境に近づいた瞬間元の場所に戻っていたなんて報告はいくつも聞いている。
おまけに無理やり突破しようものなら、国境付近に居を構えるライセンス持ちから情け容赦ない迎撃攻撃が行われる。
今のところその迎撃で死人が出たとは聞いたことはないが、帰ってきた者すべてが正気を失い普通の生活を行うことができなくなったと聞いたことがある。
まぁ、さすがに、たったの12人で国境を固めることは不可能なようで、年に2、3人は国境を突破する奴がいるらしいが。
ヴァイルは幼いころその国境に迷い込んでしまい、たまたまライセンス持ちに出会ってしまい気に入られただけに過ぎず、免許皆伝だと追い出された後は一切国境を超えることはできなかった。
無理やり突破しようと頑張ったこともあったのだが、師匠の使い魔がやってきて『あんましつこいようだと殺すぞ?』と言ってきたので再入国はそれ以来諦めている……。
どうやら彼らは……『偶然国境を越えてきたもの』『ライセンス持ちに問題なしと判定されたもの』といったもの限定に技術開示を行っているらしく、それ以外の者に関しては限りなくドライな対応を取ってくる。
だが、
『もとより我はリッチモンドの魔法具だ。故国に帰るのに何の遠慮がいる?』
「……ごもっとも」
いわれてみれば全くその通りだったので、ヴァイルは驚きすぎた自分に若干呆れながらみんなが飲み終わったカップを回収し流しにぶち込んだ。
「で? お前はどうするんだ?」
「え?」
突然話題を振られたことに驚いたのか、今まで無視されまくっていたため、ふてくされていたアリサは思わずそんな声を上げるて、ヴァイルに視線を戻す。
「わ、わたし?」
「……仮にもお前は、俺たちの国で四天王の姿を見たんだぞ? つまり諜報活動をしている敵兵を見つけたに等しい。そんな奴がまさか今迄通り王宮に帰ることができるなんて思っていないだろうな?」
「あ……」
いまさらながらそのことに気付いたのか、アリサはぽかんと口を開け絶句する。そして、
「で、でも……まだ未来にお別れの手紙書いていないし……」
「命あっての物種だろう……。というか、どうした? 王国から逃げ出したがっていたお前らしくもない。 何か未練でもできたのか?」
ヴァイルがそう尋ねるとアリサは少しだけ迷う素振りを見せた後、ため息交じりに首を振る。
「いやねぇ……。なんというか、私なりに脱走の計画を立てていたのにイレギュラーで突然出なきゃいけないなんてことは考えてもなかったから……」
情けない話だわ……。と、心底呆れきった自嘲の笑みを浮かべた後、
「わかっているわよ。どちらにしてもこれは渡りに船……。準備不足は否めないけど、足りないものはあんたが補ってくれるのよね? 悪法書」
『無論。巻き込んだ責任は取らせていただく』
「じゃぁ……」
アリサはそこで言葉を切り、大きく深呼吸すると、
「行くわよ。あんたの脱走劇に私も一枚かませなさい」
いつものような自信にあふれた笑みを浮かべた。
…†…†…………†…†…
そんな昨日の風景を思い出しながら、ヴァイルは昨日悪法書に頼まれた旅支度に必要な物品を買い集めていく。
一応門番が本職のヴァイルは、門を通って入都する商人のほとんどを入都料も取らずに素通りさせている。仕事をさぼっていたり、あまりに法外すぎる税の重さに取る気を失っていたりと……理由は様々ではあるがとにかくそれなりの便宜を図っていた。
今回はそれが生きていたのか行く先々で商人たちがヴァイルに笑いかけ、商品を格安で譲ってくれる。
――やっぱ仁徳っていうものは積んでおくもんだな……。と内心でガッツポーズをしながら旅行支度をかき集めるヴァイルに、突如人ごみから飛び出してきた何かが飛びついてきた!
「!?」
――まさか四天王!?
ざっ……。と、顔から血の気をひかせながら、なんとか飛びついてきた何かを振り払い槍を掴み取ったヴァイル。
だが、ヴァイルにふり払われたそれの正体を見て彼は思わず三白眼になりながら槍から手を放した。
「……何やってんだアリサ?」
「なにって……手伝ってあげようと思ってきたんじゃない!!」
イタタタタ。とヴァイルから振り落とされた際に思いっきり叩きつけられてしまったのか、尻餅をつきながらそううめくアリサにヴァイルはため息をつきながら手を差し伸べる。
「あんまり悪趣味なまねはするな……。心臓が止まるかと思ったぞ!!」
「うっさいわね。ちょっと驚かそうとしただけじゃない!!」
頬を膨らませながら羽織っていたマントのフードをかぶりなおし、顔を隠すアリサ。どうやら四天王に見つからないように一応の変装はしてきたらしい。
「それにしてもお前がおれを手伝いにね……。明日は雨かな? 槍の……」
「しッつれいなこと言わないでよね!! 私だってあんたを四天王なんて厄介ごとに巻き込んだことを悪く思っているんだから!!」
「王宮の厄介ごとには遠慮なく巻き込んだくせにな……」
「……」
冷や汗をダラダラ流しならアリサは目をそらす。フードに隠れていて表情はまともに見えないが、フードが横を向いたので、なんとなくそんな感じだろうとヴァイルはあたりをつけた。
「はぁ~。まぁ気にするな。お前に言いくるめられた時から、もうそういった類のことはあきらめているから」
「そう? じゃあ、昨日王宮にガサ入れした時に見つけちゃった厄介ごとに関しても面倒見てくれるとうれしいな♪」
「……調子に乗るな」
「イタイイタイイタイ!?」
フードの上からグリグリと、両手の拳を使って挟み込むようにアリサの頭を圧迫するヴァイル。アリサはそれに悲鳴を上げて何とか逃げようともがき苦しむが結構な力が加えられているらしく、結局ヴァイルがお仕置きをやめるまで逃げ切ることはできなかった。
「うぅ……。ほんの軽いジョークだったのに……」
「黙れ。お前のジョークは心臓に悪すぎるんだよ……」
――実際に厄介ごとは見つけてそうなだしな……。
ヴァイルのつぶやきを聞いて再び横を向くフード。どうやら当たりだったらしい……。
「まったくお前は……」
「えへっ♡」
「はぁ……」
それで誤魔化せたつもりなのか? とばかりにため息をつくヴァイルに、アリサはフードのなかで若干頬を膨らませたような空気を見せた後、
「ところでヴァイル……どうしてあんた魔族と戦わないの?」
「……」
昨日ヴァイルに無視された疑問を再びぶつけてきた。
「……」
――こいつ……手伝いに来たとかは方便で俺の秘密を探りに来たのか?
おおざっぱに見えて意外と慎重とアリサの性格を評価していたヴァイルは、思わずそう思いながらフードに隠れたアリサの表情をうかがう。だが、どうやら今回は単純な好奇心だったらしく、アリサはフードから好奇の瞳を覗かせながらじっとヴァイルを見ていた。
――だが、だからと言って教えてやれることでもないけど……。
ヴァイルはアリサの頭をフード越しにぐしゃぐしゃと撫でながらその返事を返す。
「うわっ!? ちょ、髪!!」
「いろいろと厄介な事情があるんだよ、アリサ……。まぁ俺のトラウマにかかわることだからあんま聞かないでくれると助かる」
「……髪無茶苦茶にしたのは貸しだからね」
短い付き合いとはいえそれなりに相手のことを理解できる時間はすごしてきた。これは本当に聞いてはいけないのだと悟ったアリサは、それだけ言うとその質問の答えを求めることはなかった。
まぁ、代わりとばかりに次の質問をぶつけてきたが……。
「でさ、昨日の話では私をはじめに襲った焔の蛇に関して何にも言わなかったけど、あれも四天王の仕業なの?」
「ああ……あれは」
――答えるべきか誤魔化すべきか……。ヴァイルは少し迷いながら気まずそうに頬をかく。
心当たりはある……。というか、心当たりしなしかない。とはいえあいつが何の理由もなく巻き込まれただけのこいつを攻撃するとは思えないし……。
ヴァイルはしばらく考え込んだが、
「まぁいいや」
最後にはいろいろ諦めたのか、どうせこいつはもうすぐここからいなくなるわけだし? とばかりに秘密をばらす。
「あれはうちの騎士団副団長の仕業だな……」
「ふぇ!?」
驚きにフードの中で目を見開くアリサに、ヴァイルは苦笑交じりに肩をすくめる。
「あいつは俺と同じライセンス持ちを師事したやつでな。リッチモンドの魔術を使えるんだよ」
「な! 聞いてないわよ、そんなこと!!」
「言ってないしな」
アリサがゲシゲシと脛をけってくるのでヴァイルは「痛いな、コラ」といってデコピンで反撃する。
「で、なんで私がその人に狙われないといけないのよ?」
「さぁ?」
「さぁって……」
「いや本気でわからないんだよ。ガキの頃は一緒の師匠を師事したからそれなりに仲良かったけど、今や俺はしがない門番。あっちは国家防衛主力(笑)の第二位だ。接点もそんなにないし、俺が王宮に上がったのなんかお前たちが召喚された時が始めただぞ?」
まぁ、その分城壁にちょくちょく顔をだしには来ていたがそれは言わなくてもいいだろ。とばかりに、ヴァイルは話から省く。
「今のあいつがどんな奴になったのか俺は知らない……。何を考えてお前を襲ったのかもわからない。すまんな……」
「……はぁ。まぁいいわ。そういうことなら。案外離れ離れになった幼馴染なんてそんなもんだしね」
自分のセリフで何かを思い出しているのか若干さびしそうな顔をしながら、アリサは質問を切り上げた。
いったい何を思い出したのかは気になったが、ヴァイルが質問することはなかった。
そんなヴァイルの態度を知ってか知らずか、アリサは突然商店が並ぶ通りを走りだし、ヴァイルから少し離れた後、のんびり歩いているヴァイルを振り返る。
「ほら、さっさと来なさい!! 明日には出発なんだからきびきび動く!!」
「はいはい……」
ヴァイルは苦笑交じりにそう返し、今まで買った商品が入っている皮袋を持ち直し、待ってくれているアリサに向かって若干ペースを上げた足取りで近づいていった。