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ある脇役の英雄譚  作者: 小元 数乃
勇者の友人編
13/46

11話

 コンコンコンコン。


 南門警備隊詰所。そこに夜警として宿泊していたヴァイルは、突然裏口から聞こえてきたノック音に、舟をこぎ始めていた頭を跳ね上げ覚醒する。


 眠りかけていた頭を無理やり覚醒させたためか若干の頭痛と苛立ちを感じる。


――こんな夜中に……何だ、一体。


 ヴァイルは苛立ち交じりに座っていた椅子から立ち上がり、ノック音がいまだに響き続ける詰所の扉に歩み寄った。


「はいはい……。今開けますよ~。御用はいったいなんですか~」


 一応ヴァイルは公僕だ。あの腐れ切った王家の下についているとはいえ民に仕える以上はどんな状況でも民には丁寧な対応をすること。サーシャにそう教えられたヴァイルは内心を埋め尽くす苛立ちを押し殺すのに苦労しながら、できるだけ柔らかい声音でドアの向こうで待っているだろう人物に語りかける。


 そして、


「いったい何の御用ですか? 盗賊ですか? 強盗ですか?」


 とりあえず用件を聞こうと、ドアを開けながら外を見たヴァイルの視界に、


「やっ!!」


夕方不穏な発言をして帰って行った勇者の友人が待っていて……。


「帰れ」


 アリサの顔が見えた瞬間ヴァイルはそう言い捨てるととんでもない勢いでドアを閉めようとした。


 しかし、アリサもこの行動くらいは予想していたのか即座にドアの隙間に足を突っ込みドアが完全に閉められるのを阻止する!


「ちっ」


「舌打ち!? というかひどくない、女の子がこんな時間に尋ねてきてんだからなんか緊急事態だっていうのは分かりきっているでしょう!?」


「どうせお前が王宮で起こした厄介ごとから逃げてきたからしばらくかくまえっていうんだろう? 御免こうむる。一般人Aに何を求めてやってきてんだよお前は」


「もうそれ脇役ですらないモブでしょうが!!」


 詰所の前でキャンキャン喚きあう二人に閉口したのかどうかは知らないが、アリサの後ろで待機していたメイドは無表情のままため息一つ。


 そして、あくまでドアを閉めようとギリギリと、ドアの間に挟まれているアリサの足を砕かんばかりに取っ手を引っ張るヴァイルの頭を、扉の隙間から突っ込んだ手でわしづかみにする。


「てっ!?」


 まさかアリサに援軍がいたとは思わなかったのか、ヴァイルは突然登場したその手に息をのんだ。


「な、なんだ!?」


「……」


「え? ちょ、メイドさん?」


 この行動にはアリサも驚いたらしく、目を丸くしながらその光景を見ていた。そして、


「イダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!? ちょ、お、お前まさか悪法書(ハムラビ)のところの!?」


「お久しぶりですヴァイル様。少々かくまっていただきたく参上した次第……」


「え、え?」


 自分の頭を鷲掴みにした手にグッと力が入り、ギリギリと圧迫してくるのを感じたヴァイルは、その手の持ち主が誰なのか悟ったらしく悲鳴を上げながらドアを開ける。


 その光景に満足したのか、メイドはドアが完全に開くのを待ってアイアンクローを解いた後、スカートの端をつまみ優雅に一礼をした。


 明らかに知り合い同士の話し合いの光景。そんな彼らの会話にアリサは目を白黒させながら二人を交互に見つめる。


「いたたたたた……。手加減しろよ、このバカ力。それで、あんたが来たってことはまさかばれたのか?」


「はい。それもばれたのは四天王だったらしく……」


「はぁ~。さようなら俺の平穏な日々……。話がややこしくなりそうだな……。まぁ、とりあえずは入れや」


「かたじけないです」


 ぺこりと頭を下げてヴァイルに招かれるまま詰所に入るメイドさん。そこでようやく現実の光景に頭がついてきたのか、アリサはあわててヴァイルへと抗議した。


「ちょ、これはいったいどういうことよ!! この人と知り合いって何!? あとこの人あんたが言っていた魔法とは違う系統の魔法を使っていたんだけど!!」


「ああ……。そういえばお前がいたな……」


「何この扱いの差!?」


「で、こいつまさか巻き込まれたの?」


「はい。私たちの脱出経路が見つかったらしく……」


「だから言ったろうが……。人が落ちても、居場所が見つかっても危険だから井戸の封鎖ぐらいはしておけって」


「これは完全に私のミスですから返す言葉もないです……」


「無表情のまま反省されても、誠意が冗談みたいに伝わってこないし……」


「仕様ですので」


「仕様ですか……」


「こういうキャラですので」


「言っちゃいけないこと言っちゃったよこの人……」


「何楽しそうに雑談してんのよ!! 私も混ぜなさい!!」


「そしてお前は話の趣旨がずれていることに気付こう……」


――もう、お前らほんとに疲れる……。脇役にも対応できる薄いキャラづけになってから出直してくんない? なんてことを二人に聞こえないようにつぶやきながら、ヴァイルは仕方なくアリサも詰所に放り込み、厳重に裏口に鍵をかける。そして……


「で……なにがあった?」


 ひとまず安全な場所に入れたことにホッと一息ついている二人に向かって、鋭い視線を投げかけた。




…†…†…………†…†…




「炎の蛇に……血液でできた狼。四天王ね……」


 詰所内に設置された椅子に座り、ヴァイルが話を聞きながら入れてくれたコーヒーに舌鼓を打ちながら、アリサは今日城で起こったことを説明した。


 炎の蛇に襲われたこと。それから逃げるために城から飛び降りたら井戸の中にホールインワンしてしまったこと。


 その井戸の中に隠し通路があり、そこを通って出た先でこのメイドさんと血色のオオカミが戦っていたこと。


 そして、このメイドさんが持っている黒い本が、彼女がこの世界に来たときに彼女に異能を授けた本だということを……。


「でさ……この人たちいったい誰なの?」


「誰と問われるとちょっと答えにくいな……。まぁ、強いてあげるなら俺の知り合いでごまかせたりはするんだが……」


「あんたがどういう対応を取りたいのかはよくわかったわ。明言しておくわね。可及的速やかに、できるだけ詳しく、この人たちとあんたの関係と、この人たちの正体を話しなさい!!」


 あくまでシラを切ろうとするヴァイルの発言に業を煮やしたのか、アリサは額に青筋を浮かべながらヴァイルの服の襟をつかみガックンガックン揺らしてくる。


「ちょちょ、目が回るからやめろ!」


『そんなことをせずとも、我等の正体くらいは明かしてやろう……。今回ばかりは、御嬢さんは我等のいざこざに巻き込まれたようだしな』


 頭をガクガク振られ悲鳴を上げるヴァイルに苦笑を浮かべながら、メイドの手に収まった黒い本が声を上げた。


「黙りなさい、摩訶不思議黒魔法書!! 私はあんたのことも、そんなに信頼しているわけではないのよ!!」


『そこはかとなくバカにされた……』


「お気を確かにMaster……」


 メイドの腕から飛び出し部屋の隅でいじける様子を見せる魔導書に、メイドは初めて怒りのこもった視線をアリサに飛ばしつつも発音のいい呼び名を出しながら、魔導書を慰めに行く。


「で……。なんなのあれ!? まさか神様のたぐいだ!! というわけではないでしょうね!!」


「神様ね……。それに準じる存在ではあるがこっちの世界の主神である《光の女神》とはまた別種の奴だな。この前話した天使の国は覚えているか?」


「天国のこと?」


「初めから説明しなおさないといけないとか、なんの冗談だ?」


 ヴァイルは額に青筋を浮かべて襟首をつかんでいるアリサの手をギリギリと握りしめていく。


「いたたたたたたたた!? ゴメンゴメンゴメン! 冗談冗談冗談!! た、たしか魔法・科学・軍事力そのすべてが謎に包まれている不思議王国でしょ? でも、その技術力の高さだけは間違いなく《科学の国》《勇王の国》……そしてここ《魔法の国》をはるかに上回っているって……」


『我はそこから流れ出てきた魔法書なのだよ。名を《悪法書(ハムラビ)》。天使の国……リッチモンド衆王国において、魔力の選別・覚醒と基礎魔法の教導をしておる』


「……あれで基礎?」


 言いたいことはよくわかるといった様子でヴァイルは大きく頷いた。この世界の常識に照らし合わせれば、このメイドやヴァイルが使っている天使の国の魔法はあまりに規格外すぎるからだ。


 悪法書(ハムラビ)の魔法書としての効果は、魔法使いとしての資質の覚醒。そしてその魔力の基礎運用法の自動刷り込み。この本を持った者は、あらゆる訓練をすっ飛ばして魔力の制御をおこなえるようになる。おまけに即座に魔法を使いこなすことができる基礎運用法すら教えてもらえる。


 だが、この本は天使の国の技術によって作られた本。基礎運用法の水準がこの世界の常識と最初から異なっている。あまりに違いすぎる格の差に、ヴァイルはリッチモンドの魔法のことを《魔術》と違う呼称で呼んでいるくらいだ。


 ヴァイルがアリサに教えた収束、波濤といったものはリッチモンドでは初歩。幼児でも使っている人間がいるくらいだそうだ。


 悪法書(ハムラビ)がさしている基礎とはすなわち、アリサを襲った《蛇》や、メイドがオオカミを迎撃した《盾》といった限定的な形状に魔力を固体化する方法。その形は十人十色らしく、個人個人によって魔力を固体化させることができる形状が違うらしい。


 だが、ただの固体化と侮ってはいけない。魔力の固体化さえ行えれば、《形状・武器》の適性がある人物は魔力のある限り武器を作り出すことが可能だし、《形状・生物》に適正があれば自分の代わりに戦ってくれる従順な兵隊が出来上がる。


 それが一体どれほどの脅威か、今日の四天王戦でアリサは身をもって教えられた。


「でも魔法は収束と波濤しか系統がないって……」


「うちではまだ見つかっていないというだけだ。それにリッチモンドは、あまりに進みすぎた技術を外の国に隠さないといけないという掟がある」


『『技術は万人に使われてこそ技術たりえる』という意見もあるため、一応外に出すことも行っているが……それはかなりの特例だ。12人いる技術提供許可証(ライセンス)持ちと師弟関係になって特殊技術を教えてもらうか、リッチモンドに忍び込んで何か適当な品物を盗んで自国に持ち帰り解析することでしかリッチモンドの技術を知る方法はない。もっとも、後者はやばいものを引き当てたとき国ごとつぶされて秘密を隠蔽されてしまう可能性があるのでめったのことではやってはいけないがな……』


――何そのやばい国は……。


 冷や汗を流しながらそう呟くアリサに苦笑を浮かべながら、ヴァイルはようやく入れ終えた自分のコーヒーを持って空いていた椅子に座る。


「俺はそのライセンス持ちにガキの頃に魔法を教わったんだ。だからこいつともある程度の交流がある」


『我を作った魔法使いがちょうどこいつが師事しておったライセンス持ちでな……。こいつが王都に騎士になろうとして上京してきたときはいろいろと便宜を図ってやったのだ。まぁ、いまは落ちぶれてしまってココの門番だが……』


「悪かったな」


 そんな風に言い合いをしながら笑いあう悪法書(ハムラビ)とヴァイル。


 それは見ているだけで彼らの仲がとてもいいことがわかる光景で……。


 アリサは少しだけ頬を膨らませた。


「なんだ、アリサ? 不満そうだな?」


「こんな便利なものがあるんだったら教えてくれてもよかったんじゃない?」


――けっこう信頼し合えていると思っていたのに……。言外にそう言ってすねるようにそっぽを向くアリサに、ヴァイルは大きくため息をつきながらコーヒーを飲み干した。


「さっき教えただろう? リッチモンドは技術を隠匿している。俺も師匠から《よほどのことがない限りこの技術を他人に教えてはいけない》と釘を刺されてから免許皆伝をもらったんだ。悪法書(ハムラビ)が厄介ごと持ってこなかったらお前の前でこんな話はしなかった」


「裏を返せば……この秘密を漏らしてでも理解してもらわないと今回の厄介ごとは危険だということです」


 メイドのその一言によって、アリサはハッとした様子でヴァイルを見つめる。


 先ほどまで悪法書(ハムラビ)と笑いあっていたヴァイル。しかしその目は全く笑っておらず先ほどからこの詰所に侵入できそうな場所をじっと見つめながら敵の襲撃を警戒している。


 つまり悪法書(ハムラビ)は、何も知らない(便宜上は)門番すら巻き込んででも敵が手に入れに来る可能性があるほどの重要物だということ。


 しかも、魔王最強の配下と思われる四天王が直々に、だ……。


「そんなに危ないの、この本は?」


「危ないなんてものじゃない。この本の能力はいってみれば魔法使いの量産だ。この本さえ手に入ってしまえば、お前が言うところのインスタント感覚で魔法使いを増産できる」


『我の協力がなければおぬしに与えたような特殊能力を与えることはできんが、強制的に使っわれても魔法基礎ぐらいなら勝手の覚えさせてしまう……。我はそのために作られた本だしな。魔法は覚えるだけでかなりの脅威となろう。魔族はそれを欲している』


 その言葉を聞いて、アリサはようやく事の重大さに気づいた。


 あの鋭すぎる四天王の攻撃を、平然とうけ切った水の盾。それを魔族が手に入れてしまい、インスタント感覚で量産して来たら、


「この国は絶対に勝てない。いや、ほかの国も魔族に勝てる可能性は一気に下がる。そうなれば……」


 魔族がこの世界を征服する日は、明日になるかもしれない……。


 ヴァイルが最後に漏らした言葉を聞き、アリサは思わず息をのんだ。


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