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ある脇役の英雄譚  作者: 小元 数乃
勇者の友人編
12/46

10話

 微戦闘シーン?

「む~ん……簡易ランタンもってくるべきだったかしら? でも隠密行動中に光源使うなんてもってのほかだし……」


 井戸の横穴の中に入ったアリサは、暗い暗い闇の中を手探り状態で進んでいく。正直けつまづいたり前後左右の感覚を失いかけたりかなりして、進むのがかなり遅い。その間にも正体不明の轟音が聞こえてくるので、あまり落ち着くこともできない。


――どんな拷問よ、これ……。


 内心で、ここに入ったのは失敗だったか? と考えながら、アリサはそれでも進むことをやめない。


 いまさら引き下がるのも悔しかったし引き返すのも億劫だというのが、いま彼女が歩を進めている理由である。


 そんなとき、暗闇の中に一筋の光が現れた。


「あ!? 出口!?」


 視線の先に現れた小さな小さな光の点。それが外からの光だと本能的に察知した彼女は、まるで誘蛾灯に誘われる昆虫のようにその光に向かって、一目散に駆け出した。


 洞窟は先に進むごとにどんどんと小さくなり、最後にはアリサでさえも這って進まなくてはならないくらいの狭さになる。だが、光はどんどんと近づいてきており出口に近づいていることを示してくれていた。


 そして、


「ゴ~ル!!」


 歓喜の声を上げながら、小さな穴からアリサが出たら、そこには……


「食い散らかせ……ブラッド・ウルフ!!」


 地下に広がる無数の本棚が置かれた巨大空間にて、とんでもない速さでメイド服の少女に襲い掛かる、血色のオオカミ数十匹と、


「世界の木を育てる神代の水源・来たれ」


 それを黒い分厚い本を片手に、虚空から濁流を召喚しながら迎撃するメイド服という明らかに彼女が求めていた魔法バトルものを繰り広げる二人の魔法使いたちがいた……。


「え……どこのファンタジー?」


 穴から体を引きずりだす際に、手についたこの空間の光源だと思われるヒカリゴケを払落し、アリサは思わずそうツッコミを入れた。


 なぜならヴァイルは言ったから。彼女の魔法の師匠は力強くこういったから。


『お前が求めるようなド派手な魔法戦闘なんてできるわけがないだろう……』と。


 しかし現実は違う。現にいま目の前で小説のごとき魔法戦闘が行われている。


「ヴァ……ヴァイルの奴、私のこと騙したわねぇえええええええええええ!!」


 アリサが思わずそう叫んでしまうのも仕方のないことだ。しかし、今の状況でそれは致命的な失敗となった。


「なっ!?」


「一般人……」


「ん?」


 突如発生したアリサの叫び声に、決闘を行っている人間たちが気づかないはずないのだから……。


「あ!?」


 自分の考えなしの失敗に、思わず冷や汗を流すアリサ。そして、それによって若干固まった彼女に向かって、血色のオオカミとメイドさんの視線はしばらく固定された後、


「ふん」


「危ないです。逃げてください」


 血色のオオカミはアリサに襲い掛かり、メイドさんは瞬時にアリサの前へと移動。襲い掛かってくる狼たちを、手から発生させた水の盾で防ぎ弾き飛ばした。


「え? え? え? なに? 私けっこうお邪魔だった!?」


「当たり前です。あれを相手取って、一般人をかばいながら戦う余裕はありません」


「仮にも天使の国の魔法書を持つ女が弱者が言うようなセリフを吐くな。興が覚めるだろうが」


 あまり感情の読み取れない無表情のまま、声だけに鬱陶しそうな雰囲気を込めて喋るメイドに暗闇の中から響き渡る艶のある声が話しかける。


 そして、その声の主は暗闇の中から姿を現しやたらカラフルな髪や瞳を持つこの国ですら見かけなかった金色の瞳と、禍々しい血色の軽鎧を着こんだメリハリがついた体をアリサとメイドにさらした。


「御初にお目にかかる勇者の友人殿。突然のご無礼をお許しいただきたい。しかし、我々は敵同士なのだから、文句は言わないでいただきたいな。どこまで行ったところで我々は相容れない存在なのだから」


 金色の瞳を、血色のショートヘアの前髪をかきあげることによってさらしながら、腰に長大な双剣を下げた美少女は妖艶にほほ笑む。


「魔王軍の末席に名を連ねさせてもらっている――四天王《鮮血の剣》メルティ・ブラッドリンクだ。短い付き合いだと思うが……まぁ、よろしく頼む」


 そして、自分と同い年ぐらいの少女が発した自己紹介は、アリサに思わず顔をひきつらせて『あ……これ詰んだ』と思わせるに十分なものだった……。




…†…†…………†…†…




 血色のオオカミが信じられないスピードで、盾の展開されていない左右からメイドとアリサを肉薄する。


 オオカミの速度にアリサは全く反応できなかった。それだけでこのオオカミを操る四天王の技量がけた違いなことがうかがえた。だが、


「盾!!」


 メイドは即座に反応を返し、いつのまにか周囲に浮かせていた水滴を操作。圧倒的な速度をもって左右に一枚ずつ、正面に展開している水の盾と同じものを作り上げた!!


「ぎゃん!?」


 その盾にぶつかって悲鳴を上げる血色のオオカミに、四天王メルティは口笛を鳴らしながら笑みを浮かべる。


「なるほどなるほど……かなり固い盾のようだ」


「盾だけとは思わない方がよろしいですよ?」

 

 四天王の凶悪な笑みを向けられながらも、メイドは至って平然とした表情でそう言いながら、


「内包するは万物の母! その魂の重さにおいて悪童を罰せよ!!」


 盾に使わなかった水滴をとんでもない速度で飛ばす。


 なにか嫌な予感を感じ取ったのかメルティは即座にその場から飛びのき、受け身をとりながら地面を転がった。


 そして、水滴が、メルティが今までたっていた地面に直撃した瞬間、


 ゴッ!!


 と、とんでもない轟音を上げて地面を粉砕した!


「な、何よあの水滴!?」


「重水魔法です……。天使の国の魔法の一つですよ」


――いやいや! そんなこと言われても理解できないから!! 天使の国ってあの!? と、アリサがそんな風に慌てふためく中、二人の戦い互角のまま続いていた。


 血色のオオカミはメイドさんの水の鉄壁を破れず、メイドさんの水滴の弾丸は素早く動くメルティをとらえることができない。


 そう……勝負は互角に見えた。が、


「くっ!?」


 ザクッっという、鈍い音がアリサの耳に届くと同時にその拮抗は破られた。


「め、メイドさん!?」


 突然メイドが右腕を抑えうずくまり、水の盾がぐらぐらと不安定に揺れ始める。


「ど、どうしたのよ!?」


「や、やっぱり四天王相手に一人をかばいながらで戦うのは無理がありましたか……」


 慌てて駆け寄ったアリサは、無表情でありながらも額に玉のような汗をかきながらそうつぶやいたメイドの右腕からとんでもない量の血が流れ出ていることに気づいた。


「なっ!? め、メイドさん、大丈夫!?」


「大丈夫じゃないでしょう?」


 慌てて自分の服の袖を破り取り、メイドの腕の傷に巻きつけ止血しようとするアリサの言葉に、


「邪魔だ」


「!?」


 不安定になっていた水の盾を、いつの間にか腰から引き抜いていた血色の双剣で引き裂いた、四天王メルティが答えた。

 

「どうして……いったいどうやって水の盾を抜いたんですか」


 痛みのあまりダラダラと脂汗を流すメイドは、それでも無表情のままメルティへと問いかけた。そんなメイドの様子に感心しているのか、メルティは凶悪な笑みを浮かべながらメイドの腕から零れ落ちた血痕の一つを指さす。


「どうやって? 簡単なことだが? ぶつかってもはじかれるなら、液体にして混ぜ込んでしまえばいい。私はオオカミを構成する一部の血液を液体に戻し、お前の水に混入し浸透させた。あとはお前の近くに来た時に、水の中から血液を再び取出し小さな針にしてお前を刺した。それだけのことだ」


「っ!?」


 メルティの言葉と同時に、その血痕から小さな血色の針が生成されふわふわと宙を漂い始めた。


「能力は……限定的な血液操作!」


「鮮血……そう名乗ったはずだが?」


 不敵な笑みを浮かべてそう答えるメルティに、メイドは初めて顔をゆがめ絶望の色を浮かべた。


 勝てない……。おそらくそう悟ってしまったのだろう。メイドは思わず本を手から離してしまい、本はそのまま地面へと落ち、ゴツっという重たい音を立てて倒れる。


 勝負は決した。そう思われた。だが、


「っとぉ!!」


「!?」


 メイドの傍らで彼女の腕の止血をしていたアリサが、瞬時に右手に魔力をため薙ぎ払うかのように振るった。


 地下室に積もっていた細かいほこりを巻き上げ吹き荒れる紫色の突風! それによってメルティの視界は一瞬だけ奪われてしまい、二人と魔法書の姿を見失ってしまった!


「チッ!!」


 思わず舌打ちを漏らしながら、メルティは血色の剣をふるいマントの裾から大量の血液を放出。それはまるで無数の触手のように広範囲ののびた後、メルティの視界を奪っている埃たちをなぎ払うかのように高速回転した。


 それによってふたたび戻った視界には、もうすでにアリサ達の姿はなく、一部濡れてドロドロになってしまった地下の巨大空間と、申し訳なさそうにうなだれる血色のオオカミだけが残った。




…†…†…………†…†…




「助かりました……感謝します」


「そんなことはいいけど一体なんなのよ、あれ!! 四天王ってまさか魔王の四天王とかじゃないわよね!?」


「……? それ以外に四天王がいるので?」


「なんでこんなところにいるのよ!?」


 狭い地下通路を必死に這って抜け出したアリサとメイドは、何とか立ち上がれる空間になった地下通路を走りながらそう言いあった。


 アリサがほこりを巻き上げたあと、アリサは素早くへたり込んだメイドの襟首を掴み取り、先ほど自分が出てきた穴へと放り込んだのだ。


 正直埃がふり払われるまでに自分たちが穴の中に隠れられるかどうかはかなりの賭けだったのだが、賭けは何とか成功したようで、いまのところ四天王からの追撃は見られない。入口が小さすぎることも、四天王にアリサたちの逃走経路を割り出させないことに一役かっているようだ。

 そんな風に何とか窮地を脱出したアリサとメイドは、今度はメイドが持ってきていた簡易ランタンの光を頼りに地下通路をとんでもない速さで走り抜けていた。

 アリサは蛇から逃げ切った時のような速さで走り、メイドは自分の足元に小さな水の通路を作って滑るように走っている。


「彼女がいる原因はおそらくこの本です」


「本?」


 助かったというのに無表情のまま顔を微動だに動かさないメイドを若干気味悪く感じながら、アリサはメイドが差し出してきた黒い本を見据える。


 上等な黒く染色された正体不明の鱗模様を持つ皮の表紙のふちに、金色の糸で細かい装飾を施した、明らかに手間をかけて作られた逸品と思われる黒い本。


 そして、その本は、


「久しぶりだな。異世界のお嬢さん……」


「あぁああああああああああああ!? あんときの黒い本!!」


 アリサがこの世界に渡ってくるときに変な力をアリサに与えた、あのしゃべる黒い本だった。


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