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ある脇役の英雄譚  作者: 小元 数乃
勇者の友人編
10/46

8話

「それにしても『気持ち悪い』は言い過ぎでは?」


「仕方がないだろう。ああでも言わないと、あいつ俺らから離れなかったぞ?」


「大将~。『俺ら』って……。ナチュラルに俺たちも入れんのはやめてくんねーですか?」


「あくまで頼まれたのは旦那ですからね~」


 あくまで予防線を張ってくる悪友二人に、ヴァイルは若干顔をひきつらせ文句を言ってやろうかと口を開きかけたが、


「はぁ、やめだ。せっかくの休みになんでこんな辛気臭い話をしないといけないんだ」


「「ですよね~」」


 そう言いながらアルフォンス、ロベルトは大きく頷きながらカップを傾けた。


 場所は平民街のとある喫茶店。ヴァイルたちは久々にサーシャから出された休暇を消化するために、こうして街に繰り出してきていたのだ。


「で、今日は何するよ?」


「ハイハイ!! 妓楼に行きたいです!!」


「却下。今日は火の曜ですし、商業祭にでも行きましょうか?」


「わかった……ロベルトの意見を採用するか」


「な、なんだと!? このムッツリどもめ!!」


「あはっ♪ 旦那~。すいません。どうやら今日は二人で回ることになりそうです」


「いいぞ~。ぶち殺せ」


「あいあいさ~」


「え、え? ちょ、冗談だよね!? ほんのおちゃめな軽いジョークじゃないなか!! ははは!! やだな~。二人は相変わらず冗談が通じないぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 ロベルトの指先からとんでもない勢いで放出される水を、アルフォンスは必死の形相で回避する。


 ロベルトの攻撃は収束を極めたただの鉄砲水なのだが、その照射される速度が桁違いすぎる。


 ロベルトから照射された水のレーザーは瞬時にアルフォンスが座っていた椅子を貫通。石畳に水のレーザーを同じ大きさの穴を深くうがった。


 アリサがこの場にいれば大いに顔をひきつらせながら『どこのウォーターカッター!?』とつぶやいたことだろう。


「お、おまえ!! こ、これは洒落にならねーですよ!?」


「おやおや? 痛みこそが至上の娯楽と豪語しているあなたがこの程度の痛みも耐えられないとでもおっしゃるつもりですか?」


「物事には限度というものがあるんじゃねーですか!?」


「ふむ、困りましたね~。これではアルが殺せませんし……しかたがない。不本意ですがこのセリフを……ゴホン。『ごちゃごちゃいわずに折檻受けなさい!! この犬っ!!』」


「攻撃受けてもいいかなって思った自分に絶望した!! でも、俺は省みない!! 後悔しない!! 前だけを見る!! どんとこいや、マイハニ~!!」


「うわ……何か叩いてはいけない扉をたたいてしまった気分です」


「はいはい。バカ話はそれくらいにしていくぞ、お前ら」


 何やら上気した感じに頬を染め、大の字になって地面に寝ころび攻撃を受ける準備をするアルフォンスに、ロベルトは顔に縦線を入れて思いっきりドン引きした。


 そんな悪友二人の様子に苦笑を浮かべながら、迷惑そうにこっちを睨みつけていた喫茶店の店主にお代を払ったヴァイルはロベルトの頭をポンとたたき、アルフォンスの頭を無造作にけりとばし、二人に移動を促す。


 そんなときだった、


「ごめ~ん!! まった~!!」


 何やら白いワンピースを着て、白いつば広野帽子というお嬢様装備で身を固めた美少女が、長い黒髪をなびかせながら喫茶店に入ってきた。


「おや? いまどき珍しい清楚系美人!!」


「アル……君はサーシャさんみたいな人が好きなんじゃないの?」


「いや罵られるのはいいけど、やっぱ結婚するならおとなしい子がいいなって思うじゃねーですか!!」


「あなたがそんなノーマルな感性を持っていること自体が意外ですよ……」


「まぁ、確かにいまどきはあんな女は少ないからな~。貴族もうちの警備隊の連中も、傲慢なやつとか女傑なやつが多すぎる」


「ああ……。うちの国は女に幻想を抱くことができねー国だったのですかい」


「いろいろな意味で残念そうな国ですね」


「まったく……女はかくあるべきなんて言うつもりはないが、もう少しおとなしくしてくれてもいいよな? もう男の味方はロベルトだけだな」


「そうですね~」


「僕は男なんですけど?」


 ヴァイルたち三人はそんなことを話しながら、見知らぬ清楚系美人さんの隣を通り過ぎようとした。


 それはそうだ。今まで出会った女のなかで、こんな女の子らしい恰好をしているのは貴族のご令嬢(美容に金をかけているのかソコソコ美人なのが腹立たしい)だけである。つまり、今現在隣に立っているのは貴族関係者。


 自分たちには縁遠い存在だし、不用意に話しかけようものなら面倒なことになると本能的に察知していたからだ。


 だが、


「待ったっつてんでしょうが?」


 どうやらそれは彼らの勘違いだったようで、


「ふんっ!!」


「へっ?」


 突如としてヴァイルの片手を掴んだ少女は、瞬時に片腕の関節を決めヴァイルの足を払った!


「なっ!?」


「「えっ!?」」


 今までヴァイルが投げられるところなど見たことがなかった二人は、あっさりと宙に浮き空中をしばらく遊泳するヴァイルをしばらく呆然と見た後、


「ギャッ!!」


 カエルがつぶれたような悲鳴とともに、ヴァイルが床にたたきつけられるのを見て、ようやく正気を取り戻し警戒態勢に移る。


「な、なんですかいったい!!」


「おいおい……大将投げるとか一体何もんですかい!?」


「なにもんって……」


 少女は目深にかぶっていた白いつば広帽を少しだけあげ、その素顔をさらし、


「「「っ!?」」」


「かごの鳥ちゃんだけど?」


 三人の顔をおおいにひきつらせた。


 そう。彼女の正体は昨日こっぴどくヴァイルに拒絶された、勇者の親友――富阪アリサだった。




…†…†…………†…†…




「そろそろあいつらに会う頃か?」


 執務室で三人分の書類を凄まじい速度で片づけていたサーシャは窓から差し込む太陽の位置を確認して、そうつぶやく。


 その書類の山の隣には、三枚の休暇申請書とともに、王宮から渡されたある少女の懇願が置いてあって、


「まったく……ヴァイルの奴。女に向かって『気持ち悪い』と言うなんて……」


 サーシャ・トルニコフ。城壁警備隊の女傑にして、基本的に弱者の味方。そんな彼女は基本的に女性の味方であり、男に理不尽にしいたげられた女を、全力をもって守る。


 よって、


「万死に値するな」


 にこやかな笑みの下にどす黒い怒りを押し隠しながら、サーシャはアリサから申請されたちょっとした計画書……《ドキドキッ大作戦!! 私だって普通の女の子なんだぞ♪》などというふざけた書類に《承認》のハンコを押したのだった……。




…†…†…………†…†…




 そんな風にサーシャが少々危険な笑みを浮かべているとはつゆ知らず、ヴァイル・ロベルト・アルフォンスの三バカは近くにあった噴水広場のベンチに座り、ドヤァとばかりに胸を張るアリサに三白眼を向けていた。


「で……いったいなんでこんなところにいるんだ?」


「今日はあなたたちも休みなんでしょう? そんな中で修業の面倒を見ろ! なんて言うほど、私は人でなしではないわ!!」


「あれ? 空耳ですかねー? 今信じられない一言を聞いた気がするんですけど?」


「まったく……鏡みてからいえってーんですよ」


 三人掛けのベンチの領土なるに座るロベルトとアルフォンスに、指先に収束した魔力を放ちぶつけるアリサ。


 その魔力は放たれた瞬間紫色に変色し、二人の額を強打した!!


「「ぎゃぁあああああああああああああ!?」」


 得体のしれない痛みを感じ、悲鳴を上げながらベンチから転げ落ちる二人を見てヴァイルは思わず顔を引きつらせる。


「お、おまえ……もう修行とかいらないだろ……」


 そんなヴァイルの言葉を無視して、アリサは説明を続けた。


「でね? 私最近ここに来たばかりじゃない? だったらあなたたちの休みついでに、この町の観光や、この世界についていろいろ実地で説明してもらおうと思ったわけ!!」


「ふ……ふざけんじゃねーですよ。俺たちはこれから男三人のむさくるしい休暇を楽しヘブッ!?」


 今度はアルフォンスに紫色の突風が飛んだ。本当に修行の必要がないくらいの上達っぷりである。


「もちろん……嫌だとは、言わないわよね?」


 そして、トドメとばかりににこやかな――目が全く笑っていない――優雅な笑顔。


 殺気交じりのその笑顔に、ヴァイルは大きくため息をつきながら、表情を一変させる。今までの呆れきった顔ではなく、鋭い……詰問するかのような顔に。


「はぁ……。昨日俺が言った言葉の意味が分かってんのか? 異世界に来て日もないから理解できなかった……なわけねぇよな?」


「当然!! ヘタレで、腰抜けで、小市民なあんたは、私のことが気持ち悪くて怖いんでしょう?」


 アリサはヴァイルの言葉を真っ向から受け止め、





 ヘラッと笑った。


「で? それが? なに?」


「!?」


「理解してもらえないなら理解してもらえるまで根気強くやるのが私の主義よ!! 少なくとも私はただの女の子で、化物でも怪物でもないと分かってもらえるまで……あんたの誤解が解けるまで、私はあんたに付きまとうわ!!」


 自信にあふれたアリサの言葉に、ヴァイルは少しだけ絶句する。


「迷惑だ」


「わかってるわ」

 

「徒労に終わるかもしれねーぞ?」


「知ってる」


「説得ができるまでは地獄の時間だぞ」


「覚悟してるわ」


「……」


――何この男前? とヴァイルは自分の言葉によどみなく答えるアリサに、しばらく額を押さえ、ため息を漏らす。


 そして、まったく……。隊長といいこいつといい……どうしてこうも簡単に、人の心を変えられるんだ? と、あまりに理不尽すぎる、魅力(カリスマ)の暴力に、


「いいぜ……。観光案内ぐらいならしてやるよ」


「やった!!」


 ヴァイルは『これだから主人公は……』と呟きを漏らしながら、笑うのだった。




…†…†…………†…†…




 それからは……それなりに楽しい時間だった。


 今日は火の曜日。平民区の商業祭日。毎週火の曜日には露店が大量に表通りに並び、普段では絶対表で売らない裏の商品が解放される日なのである。


 珍しい掘り出し物をはじめ……この日を狙って作られた屋台料理や、食堂の新メニュー。客寄せのための見世物や、パフォーマンスがあらゆる場所で行われる、ちょっとしたお祭りだ。


「おお!! 何あれ!? 雑技団!? サーカス!?」


「お前の世界にもあるのか?」


「最近噂になっている幻想サーカスですよ。あれ、ほとんどのトリックが天使の国の魔術っていう噂ですけど本当でしょうか?」


「ああ……あのきつい感じの眼をしたお姉さん。いい……」


「って、アルフォンスがなんか変なところにトリップしています!?」


「いつものことだろ?」


「いつものことなの!?」


 屋根と屋根の間に、下からでは見えないほどの細い糸を張り、その上を釣り目の美女が歩くのを、口笛を飛ばす市民たちと一緒に見物したり、


「って……なにいってんの!! もうちょっとまけなさいよ!!」


「勘弁してくだせぇ貴族の御嬢さん!! これ以上下げちまったらおまんまの食い上げだ!!」


「ただのガラス球売っているだけのくせして何言ってんの!!」


「ばかっ!? やめろ!! お前の世界ではどうかしらねーけど、こっちじゃガラスは貴重品なんだよ!!」


「オジサンごめんなさい……。これ買い取らせてもらいますね?」


「親父~。ついでにこれも負けて?」


「アルフォンス~。空気読みましょうね?」


 目を離した隙に露店のおやじに食って掛かっていたアリサを取り押さえたり、


「しょ、勝者……アリサ!!」


「イッェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエイ!! さぁ、次はだれが相手よ!!」


「なぁ、これで何人目だ?」


「えっと……二十二人目ぐらいですね」


「さっきのおっさん……土木業者だぞ。腕力だけなら兵隊より上の」


「ほんと彼女何者なんでしょうね……」


「そんなこといいじゃねーですか!! 見てください大将!! 掛け金がこんなに!!」


「貴様らぁああああ!! ここで何しとるか!!」


「「「「げっ!!」」」」


 隠れ賭博(内容は腕相撲勝負。もちろん違法)で一儲けしていたところ、祭りの管理委員会に見つかりこっぴどく絞られたり……。まぁいろいろだ。


「は~あ。楽しかった!!」


「最後はあんまり楽しくなかったけどな……」


「ああ、俺の金……」


「『悪銭身につかず』ですよ、アルフォンス」


 結局、賭けの儲けは根こそぎ管理委員会に取られてしまい。骨折り損のくたびれもうけに終わった四人は、夕日に染まる大通りに設置されたベンチ二つを占領して休憩を取っていた。


 金が手に入らず大いにへこんだアルフォンスに、アリサは少しだけ苦笑を浮かべて、ベンチから立ち上がる。


「仕方がないわね……。今日はいろいろお世話になったし……何かおごってあげるわよ?」


「「「マジで!?」」」


 途端に食いついてくる三バカに、アリサはややのけぞりながら苦笑を浮かべる。


「え、ええ。で、でもあんた達手に職つけた男が、女におごってもらうこと喜ぶってどうなの?」


「バカ!! 城壁警備隊は隊長だろうが平だろうが薄給なんだよ!!」


「唯一の例外は総隊長ですけど……あの人、自分の給料から僕たち隊長陣の給料を上乗せしているので、彼女自身もそれほど自由にできるお金ないですしね」


「上乗せされてるつっても、所詮は個人の給料。しかもそれの一部を三等分しているせいで、隊長と平の違いなんてスズメの涙程度のもんですし……。平民官職には厳しい国ですぜ」


 ハハハハハ……。と、すすけた笑いを浮かべる三人に、アリサの顔は思わずひきつる。


 どことなく、仕事に疲れたサラリーマンのような空気を感じ取ったからだ。


「そ、そう。苦労しているわね。わかったわ!! 今日は私のおごりでいいからじゃんじゃん食べていいわよ!! 騎士団長から(脅して)軍資金はたっぷりもらったし、お金には余裕があんのよ!!」


 そういって、近くにあった屋台に走っていくアリサ。そんな彼女の背中を見つめるヴァイルに、ニヤニヤと笑みを浮かべたアルフォンスが話しかける。


「で、大将……。どうっすか? 認識変わったんじゃねーですか?」


「まぁなぁ……。というか、あいつが普通のガキだってことは分かっていた」


「ありゃ? じゃぁなんで昨日みたいなこと言っちまったんですか?」


 そりゃぁ……。ヴァイルはそこまで行って口を閉ざす。


 言えるわけがなかった。


 自分が知っている力に、彼女の魔力が似ていたからなどと。


 言えるわけがなかった。自他ともに『化物』とみとめた、不死の怪物と同じ魔力を彼女が持っていたからなどと。


 一応、昨日の深夜に感染魔術を使い、それの詳細を知っているだろう人物にコンタクトをとったのだが、そいつ自身は力の覚醒を促しただけで、彼女があの力に目覚めたのは彼女自身の才能だといっていた。


 だとするなら、


「ん? 旦那。なにか雲行きがあやしいのですが?」


 ヴァイルがそこまで考えたときだった。


 突然ロベルトが不思議そうな顔をして立ち上がり、アリサのもとに走り出したのは。


 なんだ? と思いヴァイルが見て見ると、そこには屋台の商品を片手にあたふたと慌てふためくアリサの姿。そして、そこに到着し苦笑を浮かべながら主人に代金を渡し(そのさい『お嬢ちゃん偉いね~』とでもいわれていたのだろう。主人が商品を一つサービスしてロベルトの頭を撫でていた)、半泣きのアリサを連れてくるロベルトがいた。


「どうしたんだ?」


「……財布すられた」


 ヴァイルの問いに、へこんだ声で答えるアリサに『ああ……』と言わんばかりの表情で、三人が微妙な笑みを浮かべる。


 この祭り……にぎやかなのはいいが軽犯罪が多い。先ほどの違法賭博しかり、裏路地でのカツアゲしかり……アリサがあったスリしかり。


 本来治安を守るべき騎士が王宮から降りてこないので仕方ないといえば仕方ない。


おまけに、祭りの管理委員会としても、無理に騎士を引き出して王宮から変な因縁をつけられ『祭り禁止!!』なんて言われても困るので、こういった軽犯罪に関しては自力でなんとかするしかない。だが、所詮は一般人の対策なので穴も多く、一向にこういった犯罪は減っていないのが現状だ。


 まぁ、祭りの初心者は必ず一回は通る通過儀礼みたいなものなので、三人は無言のままポンポンとアリサの肩をたたき、


「ドンマイ」


「まっ……期待していなかったし」


「騎士団の金だったんですからよかったじゃないですか」


 三者三様の慰めをアリサに与え、さらにアリサをへこませるのだった。




…†…†…………†…†…




 夜の闇に包まれた裏路地の中、だぶついたローブとフードで全身を覆った二人の人影が悠然と歩いている。


 一人は子供のように小柄な男。もう一人は体のメリハリが、大きなローブの下からでもわかる女だった。


 そんな二人が裏路地を歩いていては当然よくないものを呼び寄せるわけで。


「ヘイヘイ御嬢さん……ここを通るなら通行税おいてけや」


「なんなら体で払ってくれてもいいよ? ギャハハハハハハハ!!」


 下品な笑いを浮かべて、いかにも『悪やってます』と言わんばかりの汚らしい恰好をした男二人が、長いナイフをちらつかせながら十字になった裏路地の陰から現れた。


 しかし、先頭を歩いていた女は特に慌てた様子も見せず、フードから唯一の除いた血のように赤い唇を三日月のようにゆがめ、一言。


「じゃまだ虫けら。身の程をわきまえろ」


「ああん? 何言っちゃってんの?」


「痛い目にあいたいのかな~?」


 女の傲慢な言に、男たちは若干腹を立てたようで、今までの下品な笑みをひっこめナイフを構える。


 それなりに訓練された構え。おそらくある程度の修羅場をくぐってきたのだろう。


 だが、


「聞こえなかったのか? 虫けら」


 女にとっては、その程度の経験値は無にも等しかった。


「「えっ?」」


 男たちは、そう声を漏らした後ごとりと首を落としながら絶命。


 首から飛び出す噴水のような血を、女はしばらく見つめた後。


「ふん。『汝は我が血肉』」


 一言、異質な言葉をつぶやき興味もなさそうに再び裏路地を歩きだした。


 女の後ろでは、どういったわけか、男たちから噴き出した血液がまるで獣のように姿を変え完全に血が抜けきった元主の体を跡形もなく食い尽くしている。


「それで? 久しく連絡がなかったお前から緊急報告とは珍しいな。私が伝令手だから連絡は控えたいのではなかったか?」


「……」


 自分が起こしたおぞましい光景に見向きもせず、女は酷薄な笑みを浮かべて自分の肩に話しかける。そこには小さな虫が止まっており、キラキラと大きな複眼を輝かせていた。


「なに? 勇者だと? ふん。バカバカしい。そんなことのために私たちを呼んだのか? 今代の我等が主は無敵無双。不老不死だ。たかだか人間ごときに負けるわけがなかろう」


 女の返事を聞き、虫は残念そうに首を振った後、羽を広げて飛び立った。


 それを見送る彼女の後ろにはオオカミのような形になった血液がするすると近寄り、瞬時に形を崩した後、赤黒い流れとなって彼女のローブの中へと消える。


 それを見ていた男は、ボソリボソリと言葉を紡いだ。


「よろし、かった、のですか、へいか。きゅう、えん、よう、せい、という、ことは、それ、なりに、せっぱ、つま、って、おられ、たの、では?」


「はっ。下らぬことを言うな、ヘイクラス。勇者といっても発展途上の若造に負けるような奴はわれら《四天王》にはおらん。あと、私のことは陛下とは言うな。われらが陛下はただ一人だ」


「もうし、わけ、ありま、せん」


「それに……」


「?」


 ここで暴れたら……復讐心を抑えられなくなっていただろうからな。と、今まで聞いたことがない怒りに満ちた女の言葉に小柄な男は戦慄し、恐怖に固まる。


 自分の主をここまで怒らせる人物とは、いったい何者なのだ!? と、男がそんな風に怯えているとはつゆ知らず、女は裏路地を照らすように雲の隙間から現れた月を睨みつけた。


「こんなところで平兵士をしているとはな……。立場さえなければ殺してやったものを……」


――おのれ、暴君槍め。


 そう呟いた女の瞳は、人では決してありえない金色に染まっていた。




…†…†…………†…†…




 祭りが終わった翌日。


 早朝の城壁警備隊の詰所前にて、一人の少女が所在なさそうに立っていた。


 黒い髪に茶色い瞳。長い髪をポニーテールにまとめたその姿は、もう間違えることもないだろう。富阪アリサだ。


 あの祭りの後、ヴァイルの誤解が解けたかどうか心配だったアリサは、こうして普段より早めに詰所にやってきてヴァイルが出てくるのを待っているのだ。


 気持ちがうわつく。なんだかイライラする。何かをしないと落ち着かない。


 そんな風に、そわそわとアリサが落ち着かない時間をしばらく過ごした時だった。


 やっと詰所の窓から、木製のドアが取り除かれ、中から大きな欠伸をしたヴァイルが顔を出した。


「んぁ?」


「あ……」


 そして、二人は目があい、


「「…………………………」」


 しばらく無言になった後、


「こんな朝早くに来るなんて……暇人なのか? アリサ」


「否定はしないけど、朝あったらまずいうことがあるんじゃないの? 『おはよう』とか『グッモーニーング!!』とか?」


 いつも通りのヴァイルの対応に、アリサはそっとため息をつきながらそう返した。


 その声からは、恐怖はみじんも感じられず、


 いつものように、


「めんどくさいな~。とにかくあがれ。今日は何の勉強するんだ?」


「魔法については大体習得したから、あとは私の属性について知りたいのよ。魔力が紫色にかわる属性って何か知ってる?」


「……いいや。知らないな」


「そうよね~。図書館で調べてもなかったし……いったい何なのかしら? あれ?」


 のんびりと、穏やかな、それでいてどこかだるそうなそんな雰囲気が込められていた。


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