009 お屋敷訪問
○法院家・客室 上野拳人
法院さんから、頼んでいたものが届いたと連絡が来たので、いつものファミリーレストランで会おうとしたら「あの場で心臓を確認してもらうのは少々……」と言われてしまった。
たしかに家族連れで賑わうレストランで、原生魔獣の心臓を確認する勇気は俺にもなかった。
猿の魔獣の心臓を小さい子供が見たら泣き出すだろう。通報されかねない。
というわけで、場所をどこにしようかと悩んでいたら、「自宅にご招待します」と言われた。
住所を聞いたら、球団を所有しているIT社長の家の近くだった。
「これがギアギランの心臓です。冷蔵と冷凍のものが二個ずつあります」
「確認するね」
高級住宅の客室で取りだしたのが心臓という狂気。
ミスマッチしすぎて、猟奇的な感じがする。
「どうですか?」
「……うん。問題ないと思う。よく四個も手に入ったね」
「棲息地は調べがつきましたので、クラン総出で向かいました。六人小隊で散って、半日で仕留めた数だと聞いています」
「そうなんだ……」
そうなんだ……という感想しかでてこない。そんな簡単にたくさん見つかる魔獣ではないはずだけど。
クラン総出で行ったのは、本気の現れか。
「それじゃ、こっちも渡しておこうか。覚醒丸と増養丸、それにこれが電話で話した持久丸ね」
「ありがとうございます。持久丸は、こちらで効果を検証させていただきます」
代わりにもらったのは、紙袋に入った札束。お札の束と書いて札束。
チラッと中身をみたら、帯封のついた束が束になっていた。束束だ。
「前も言ったけど、これらはポーションと違って永続的な効果を発揮する分、上昇幅はわずかだから」
「毎日摂取すれば、それなりの上昇値になるんですよね」
「まあ、そうだね」
前世と同じく今世でも、丸薬を作り続ける人生になるのだろうか。
俺は、必要な素材が書かれた紙を法院さんに渡した。
「これは?」
「怪力丸と俊敏丸に使う素材。それなりに入手難易度が高いものも含まれているから」
「分かりました。クランマスターに聞いて、揃えられそうなものを確認しておきます」
入手難易度は高いけど、クラン総出で向かったら、あっさり揃えてしまいそうなところが怖い。
ちなみにこのあと、「兄がそろそろ帰ってきますので一緒に夕食でも」と誘われたのですぐに帰った。
○上野家・台所 上野拳人
「……冷凍庫がいっぱいだ」
受け取ったギアギランの心臓は、全部で四つ。
肘から先を治すのに必要な回復丸は、五個から七個ほどで足りる。
ギアギランの心臓は、一つもあれば十分おつりがくる。
残りの心臓を冷凍することにしたのだが、我が家の冷凍庫だとギリギリ。
そしてこれから先、魔獣の素材を手に入れるたび、家の冷凍庫にしまうのはいろいろと問題がある。
「専用の冷凍庫を買って、俺の部屋に置くか」
世の中には、家庭用の小型冷凍庫が売っている。蛇を飼っている人は、餌の冷凍マウス専用の冷凍庫を持っているとも聞いた。
家族が間違って食べてしまわないように、そうするかな。
母なんか、ビニールの中にある凍った心臓を発見したら驚くだろうし。
とりあえず、冷蔵庫の扉に「冷凍庫の中にあるビニール袋は絶対に開けないこと」と書いた紙を貼っておいた。
〇
「……よし、完成だ」
失った血肉を回復してくれる回復丸が完成した。
ギアギランの心臓、テラノヴァに自生している植物素材、そしてつなぎの小麦粉。それらがちょうど三分の一ずつ使うと回復丸ができる。
肉団子というより、ねりものに近い食感になっていると思う。
「よし、明日の面会時間に届けるか」
できあがった回復丸を野菜庫にしまい、こちらも「キケン! 絶対に食べないように」と書いた紙を貼っておいた。
夜、冷凍庫が使えないと母親に怒られたので、さっそく自分用の冷凍庫と冷蔵庫を通販で注文した。
○高平家・書斎 高平健司
書斎の扉がノックされ、高平健司はマホガニーの机から顔を上げた。
「円堂様が、いらっしゃいました」
扉の外から家宰の声が聞こえた。
「入ってもらえ。それと、ここにはだれも近寄らせないように」
「かしこまりました」という声とともに扉が開き、顔に大きな傷を持つ偉丈夫が入ってきた。
レギオン『黒色隊』の代表である円堂氷夜だ。
氷夜は平民ながら、四十六歳の若さでレギオンのトップにまで上り詰めた戦闘狂と世間では言われている。ただし、見た目は二十代。覚醒のなせるわざだ。
「敵対してると思ってたんだがな……どういう風の吹き回しだい?」
氷夜の声には、やや面白がる響きがあった。
貴族である高平健司もまた、レギオン『常勝不敗』の代表。
今宵ここに、レギオンの代表が二人、揃ったことになる。
貴族系と非貴族系のレギオンということで、これまで一度も個人的な交流を持ったことがなかった。
それどころか、他人の目のないところでやりあったことは何度もある。
今回、「内密に話したいことがある」と連絡を受けた氷夜は、訝しみつつもその招待を受けたのである。
「父から後継者の指名を受けた」
「へぇ? そりゃ、おめっとっさん?」
健司の父、高平雅司は覚醒者で、星間戦争初期の頃、人類に多大な貢献をしたということで貴族に列せられた一人である。
雅司には七人の子がいるが、健司を除いて覚醒した者は出なかった。
「父は七十七歳だ。ギリギリまで待ったのだろうが、眼鏡にかなう者は私しか出なかった」
「おい、おめえの自慢話を聞くために呼ばれたんか?」
「もちろんそんな訳ない。では本題にいこう。管理連が動いた……と言えば分かるか?」
星間戦争管理連合、通称『管理連』。
二百以上の国家の代表からなる、中間惑星テラノヴァで活動するための一切を管理する団体の名称である。
管理連の主な活動は、地球が星間戦争に勝ち残る道を模索し、より効率的な勝利をもたらすこととなっている。
テラノヴァでまだ耐性のついていない兵器使用には殊の外うるさく、さらに星間戦争に消極的な国家に対して容赦なく介入してくるという特徴をもっている。
「日本はずっと、なんの進展もなかったしな。消極的過ぎたか?」
健司は頷いた。
「加えてレギオン同士で鞘当てを繰り返したからだろう」
「んなもん、ちぃーっとばかしやりあって、覚醒者の死人が出たくらいだろ」
「レギオン全体で十四人の覚醒者が死んだ。管理連はそれを重く見たわけだ」
健司の言葉に、氷夜は首を何度も横に振った。
「まったく、面倒な話だな。……で、俺を呼んだ理由は? まさかこれから仲良くしましょうって言い出すんじゃねえだろうな」
「貴様に平和を求めるほど日和ってはいない。スケープゴートを用意した。ようは我が国が所有するクランが、積極的に塔の攻略を進めればいいわけだ」
「そりゃそうだが、どこが引き受ける? 使用を許可された兵器だけじゃ、絶対に無理だぞ」
不壊の塔を攻略するのは命がけだ。入念な準備もいる。
非覚醒者に武器を持たせて連れていっても意味はない。
敵に強力なダメージを与えられる兵器は、管理連が厳しく制限していて使えないからだ。
新武器は、そのときはよくても、耐性をつけられてしまえば、今後その兵器での戦闘は意味をなさなくなってしまう。
「塔を攻略する場合、ウェアラブルカメラでの撮影が義務付けられているからな」
「ドローンでの空中撮影もだぜ。誤魔化しはできねえよ。そんな状況で、どうやって攻略するんだ?」
「いくつかのクランを使う」
「おいおい、それだけじゃ成功しな……失敗が前提か? 覚醒者を失うぞ」
「だからいいのだ。それだけ日本が本気で攻略しているアピールになる」
氷夜は一瞬だけ目を細めたが、とくに何も言わなかった。健司は続ける。
「次の『十七人会』で提案するから、やり方は任せてほしい。問題は普段敵対しているレギオン『黒色隊』だが……」
「ハイハイ、分かったよ。反対しなきゃいいんだな」
「それで構わない。すでに過半数の根回しが済んでいる」
「そうかい。それで、どこに詰め腹を切らせるんだ?」
「バタフシャーン公国に置いてある日本のクランだ。不壊の塔を攻略させて全滅してもらう」
「そいつは豪勢な花火だな」
「尊い犠牲となるのだ。連中も本望のはずだ」
健司は満足げにそう言った。本気でそう思っているような口ぶりだ。
氷夜はじっと健司の表情を窺った。
「……まあいい。もしそれがブラフで、何か含みがあったら容赦しねえぜ」
「安心しろ。今回はあくまで面倒な管理連対策であって、おまえたちに思うところはない。そもそも我々は、来たる日の大攻勢のために戦力を温存すべきなのだ」
続けて健司は「馬鹿な連中には、それが分からないのだからな」とまじめな顔で言った。
氷夜はそれに対して、何も答えなかった。




