007 提案
○ファミリーレストラン・シーグル店内 上野拳人
法院静香さんから、先日の件で連絡がきたので、前回と同じファミリーレストランで会うことにした。
俺がお願いした素材は、ギアギランの心臓。
テラノヴァの原生魔獣は強力なものが多く、俺一人で狩りに行くことは難しい。
法院さんの家が所有するクランを動かす依頼料として、覚醒丸を申し出たのだが……。
「依頼料は無料でいいです。それとお金は払います。あのお団子を専売契約させてください!」
法院さんがドンッとテーブルを叩き、コーヒーカップが揺れた。まだ覚醒者の力を制御しきれていないようだ。
「覚醒丸を俺の代わりに市場に流すってこと?」
法院さんは首を横に振った。
「いえ、私たちのクランメンバーを増やすために使います。そして時期が来たら、クランをレギオンまで昇格させたいと考えています」
「つまり情報をオープンにしないで、自分たちだけで使いたいってことだよね」
「都合のいい話だとは思っています。ですが私たちは、戦うためにあれを使いたいのです。もしあれが……」
俺は、法院さんの言葉を手で遮った。
「覚醒丸の存在が一般に知られると、権力を持った老人や、金を持った病人に優先される?」
法院さんは頷いた。
「間違いなく権力者の総取りです。そのあとは六大レギオンが独占すると思います。もっとも、そこまで多くのお団子が作れるのか分かりませんが」
「素材は手に入りやすいものだけだけど、輝力の関係で、一日で作成できる個数に制限があるから」
正確には俺が輝石を粉にできる量に左右される。そしていまの俺では、熟練度が足らないらしく、あまり役に立たない。
「一日に作成できる個数は、どのくらいでしょう?」
「俺が輝力を使い果たすまで……いまの輝力は九級だから、日に二十個から二十五個が限界だと思う」
「一日およそ十人分ですか。思ったより多いです」
「それはよかった。俺も覚醒丸をどう使うか悩んでいたんだ。少なくともいまの社会じゃ公にできない。貴族が独占するだろうし、俺の身柄は……どうなるんだろうな。せっせと覚醒丸を作っても、老人の延命にしか使われないんじゃ、切なすぎる」
「はい。日本の貴族は腐っています。そして国民は騙されています」
法院さんは、夏美と同じような思考だ。魂妹だけのことはある。
「法院さんのクランは、そうではないと?」
「私たちのクランは、バタフシャーン公国の要請を受けて、不壊の塔を防衛しています」
大攻勢に備えて攻撃をためらっている人類と違って、敵は好きなときに塔へ攻め込んでくる。戦いはいつも受け身だ。
防衛する側は、さぞ精神を削られることだろう。
「塔の防衛か……詳しいことは分からないけど、日本の十七人会との関係は?」
「最悪に近いとだけ」
俺は笑った。
日本には、国が認めたレギオンが九つある。六大レギオンとあと三つだ。
巨大なクラン、もしくは複数のクランが集まってレギオンが結成されるが、国家公認のレギオンになると多くの優遇が受けられる。
その優遇のひとつが、国家の運営に直接口を出せることだ。
いま国の舵取りは、レギオンから九人、経済界から三人、政治家から五人が選出される『十七人会』が握っている。
きたる大攻勢のために戦力温存政策を採っているのは、この十七人会の決定だ。
この決定、はっきり言って愚策だと俺は思っている。国民はそれを支持しているのが頭の痛いところ。
日々の安寧のため、不都合な事実に目を瞑っているとさえ言える。
「覚醒者を増やして、敵の不壊の塔を落とす?」
法院さんは頷いた。
「バタフシャーン公国にいる父は賛成してくれました。国内にいる兄ももちろん賛成です」
法院さんの目力が強い。本気でそう思っているようだ。
前世の話をしよう。
俺は、最終決戦の途中で死んだ。
前世は地球ほど進んだ文明を持っていなかった。日本の室町時代か戦国時代くらいだろうか。
敵は、日露戦争時代くらいには、科学技術が進んでいたと思う。
飛行機は飛んでこなかったが、鉄の戦車は存在した。
文明の差を覆すためだろう。覚醒者の数は、俺たちの方が圧倒的に多かった。
覚醒者の物量で押すことが十分可能だったため、最初の数十年はかなり有利に進めることができた。
だが、人命を軽視したツケが次代、次々代にやってきた。
世界人口が少なくなったのだ。新生児の数が減れば、覚醒する者の数も減る。
「多く死にすぎた」
そう思ったときにはもう、遅かった。
物量という手段のとれなくなった俺たちは、徐々に負け越すようになっていった。
そして残り十年を切ったとき、残っている不壊の塔の数が逆転してしまった。
最後は覚醒者、非覚醒者問わず、戦いに駆り出された。
あれはないと思う。
俺は最終決戦の途中で命を落としたが、あの星間闘争に勝利できたとは思えない。
だから今世は勝利したい。人類の勝利に貢献したい。そう思っている。
だが、目の前の法院さんは、信用できるのか。
人類を勝利に導く気が、本当にあるのか。
だから俺は、彼女にこう問うた。
「キミは何を目指して、どこに向かおうとしているのかな?」
法院さんは居住まいを正し、一度だけ深呼吸したあと、俺をまっすぐ見てこう言った。
「他が人類の勝利を諦めたとしても、私は諦めません。だれかが命を惜しんだとしても、私は命を賭して戦います。勝利のためにテラノヴァへ向かうことを、私はまったく厭いません」
「……うん、分かった。俺と同じ気持ちだ。専属契約を結ぼう。そしてともに戦ってくれるかな?」
俺がそう聞くと、法院さんは破顔した。
そして互いに、固い握手を交わした。
専属契約といっても、俺は法院静香さんとしかしない。
個人対個人の契約だ。
それが吉と出るか凶と出るかは、いまはまだ分からない。
〇
「それでさ、覚醒丸を食べて覚醒した場合、思っていなかった効果が出たんだ」
「なにかの不具合でしょうか?」
「いや、なぜか知らないけど、七級で覚醒したらしい」
「………………はい?」
通常、覚醒してすぐ体内の輝力を測ると、一桁が表示される。
個人差があるが、輝力はだいたい5bf(brilliant force)から7bfが一般的だ。そして30bfまでが最低ランクの十級である。
31bfから100bfまでが九級、101bfから240bfまでが八級となる。
テラノヴァで一年活動した俺は、数ヶ月前に測ったとき、37bfが表示されて九級になった。
いまのようにテラノヴァで探索を続ければ、あと一、二年で八級に上がれると思う。
五級まで、早い人でも十年かかる。
にもかかわらず、覚醒丸を使った妹は、いきなり252bfを出して七級になってしまった。
本人は驚いたらしいが、検査をした職員がもっと驚いただろう。
四年くらい前に覚醒していて、それを隠していたのだろうと思われたらしい。
「だから法院さんも安易に輝力を測りに行くと、大変なことになると思う」
「……そうでしたか。たしかに聞いていた覚醒と少し違う……どうも強すぎるように感じていたのですが、そういうことだったのですね」
覚醒してすぐ輝力を計っても意味がないため、法院さんはまだ計測していなかったようだ。
それなら測定器を一台購入すると、法院さんは言った。
輝力の測定器は高いだろうにと思ったが、彼女の家は超金持ちだった。
「ただ、いまの状態はかなり不自然なんだ。本来は何年もかけて身体が頑丈になっていくのに、輝力だけが高い状態になっている」
これは明らかに歪だ。
「そういえばそうですわね。七級といえば普通の人の六、七倍の力が出ると思います。……もしかして身体の強度はそのままですか?」
「うん。覚醒丸はあくまで、体内に輝力を溜める器を作るものだから。皮膚や筋肉、内臓や骨、そして血液やリンパ液などを強化しないと、全力を出したとき、身体が壊れる」
「それは困りますわね」
「増血丸、増肉丸、増骨丸を摂取すれば、いま言ったことは防げる。ただし、作るには魔獣の素材が必要になる」
「どの魔獣が必要なのか言ってください。すぐに狩りに行かせます」
「それと体内に保有できる輝力を増やす増養丸。失った手足を生やせる回復丸もあったほうがいい。つまりいたずらに覚醒者だけ増やしても、アンバランスで使えない覚醒者ばかり増えてしまう」
覚醒者が増えれば増えるほど、必要なこれらの丸薬が増えていく。
俺の輝力は有限だから、一日に増やせる覚醒者は予想よりかなり少なくなる。
「必要な素材は、こちらですべて揃えます。あとなにか必要でしょうか」
「覚醒者を増やしてクランの戦力を教えてくれ。もしかしたら……一年後には塔を落とせるかもしれない」
一年後に塔を落とす。
俺は勝算のある話をしたつもりだったが、法院さんはものすごく不審そうな目を向けてきた。




