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006 正常性バイアス

 七十年前に突然はじまった星間闘争。

 もしこのとき、人類が即座に動いていたなら、それ以降の戦いは大きく違ったものになっていただろう。


『一人の生命は全地球よりも重い』という言葉が現れてから、ちょうど十年が経っていた。

 当時、先進国では過度なヒューマニズムが社会全体に蔓延していたのである。


 命を大切にしようという理念は、星間闘争の相手でもある敵にも向けられた。

「話せばわかり合える」という希望的観測のもと、赤晶石を破壊しなかったのである。


 闘争よりも対話によって問題を解決しよう。

 共存しよう、共栄しようと差し伸ばした人類側の手は、破壊の刃によって振り払われた。


 人類側がどれほど対話を試みようとも、ただの一度たりとも成功しなかったのである。

「同じ天を戴くことはできない」と悟るまでの数年間で、多くの白晶石が破壊されてしまった。


 結局人類は、星間闘争がはじまった最初期に、多くのアドバンテージを失ってしまったのである。


 星間闘争が終了した瞬間、負けた側の星がブラックホールに飲み込まれて消滅するのはすでに知られている。

 にもかかわらず、人類はいまだ民族的、宗教的な対立から抜け出せず、一丸となって事に当たれていない。


 日本も同様である。

 人類全体の危機に対して、その認識はあまりに甘い。


 多くの国民が、「大丈夫」「まだなんとかなる」「今日と同じ日が明日も続く」と信じている。


 力を持ち、率先して敵と戦わねばならないはずの貴族が優雅に暮らし、地球の存亡より権力闘争や派閥競争に明け暮れているのだから、その下の者たちだって推して知るべしである。




○上野家・自室 上野拳人


 ベッドの上で座禅を組んで『瞑想』すること三時間。

「やはり増養丸で輝力(きりょく)が上がっているな」


 瞑想は、今世で俺が覚醒してから得た特殊能力だ。

 体力や輝力を通常より早く回復させる効果がある。


 しょぼい能力かと思うかもしれないが、二時間も瞑想すれば、八時間睡眠したのと同じくらい疲れが取れる。

 加えて、瞑想中は睡眠時と同じくらいの速さで輝力が回復する。これが地味に嬉しいのだ。


 輝力は、覚醒者として行動するのに必須の能力であるし、睡眠をとらないとなかなか回復しない。

 瞑想でそれが回復できるのだから、普通の覚醒者の何倍も多く活動できる。


 そしてこの瞑想だが、テラノヴァで行うと、さらに短い時間で回復する。

 テラノヴァの大気には輝力が含まれており、瞑想時にそれを吸収しているからだ。


 そして先日、俺が作った増養(ぞうよう)丸。

 これは自分が保有できる輝力の総量を永続的に上げる丸薬だ。


 瞑想の効果は吸収と回復で、増養丸は輝力アップ。

 これらを同時に行ったら、どうなるか興味があった。

 

 実験してみたところ、思った以上の効果が得られた。

 俺が予想した以上に、輝力を蓄えられたのである。


 負荷をかけたトレーニングをすると筋肉が肥大するように、増養丸と瞑想の組み合わせが思わぬシナジーを生み出したのだろう。

「これを続ければ、簡単に位階が上がるかも?」


 増養丸と瞑想がシナジーをおこしたことは確認できた。

 ただ、輝力の上昇には限界があるかもしれないし、途中から効率が悪くなる可能性だってある。


「今度、覚醒者協会に行って、輝力を計ってくるか」

 俺が覚醒して一年と少し。標準程度だった輝力が大幅に上がれば、それだけ多くの丸薬を作ることができる。


 今後を考えれば、率先して輝力アップをはかっていくべきなのだ。




○喫茶店・夢々(むむ) 上野魔子


「モモちゃん、やばいよね」

「うん。ちょーやばい」


 魔子は、百瀬(ももせ)香奈(かな)の両手を握りしめると、香奈の方からも握り返してきた。

「どうしよう」

「わたしだって、どうなっているか分からないの」


 二人はつい先ほど、覚醒者協会で輝力(きりょく)を測定した。

 香奈が記念に一緒に測定しようと言いだし、魔子も同意したのだ。


 ちなみに、覚醒したてで輝力を測定する意味はない。

 普通の人は輝力を身体に蓄えることができないため、覚醒した時点ではほとんど保持していないからだ。


 覚醒者にはまず十級が与えられて、「体内の輝力が増えれば級位も上がるから頑張って」と送り出されるのが普通である。

 年間五十日から百日くらいテラノヴァで活動すれば輝力もそれなりに増え、一年も経てば九級に上がれる。


 そこからは努力次第だが、一、二年頑張ると八級。さらに二、三年で七級になる。

 普通の覚醒者は、そのくらいのペースで級位を上げていく。


 ちなみに魔子の兄である拳人は九級だ。


 覚醒しても、まったくテラノヴァに行かない人はずっと十級のままか、九級止まりだと学校で習う。

 つまり二人は、本当に記念で測りにいっただけなのだ。


 頭と胸、そして手足に電極のついたコードを繋げて数分。

 そろそろ終わりかなと魔子が思っていたら、白衣を着た計測員がしきりに首を捻っていた。


 なにか問題でもあったかとドキドキしていると……。


「計測値206bf、七級です。覚醒日は……ええっ、一昨日(おととい)!?」

 計測器の故障かと、何度も計り直しすることになった。


 どうやら魔子の輝力は、七級相当らしい。

(あのお団子のせい……?)


 計測員がざわついている中、「しゅ、主任、こちらも七級です!」と聞こえた。

 見たら、となりの寝台に、引きつった顔の香奈がいた。


「なんということだ!?」

 二人して別室に連れて行かれて、長いお話がはじまったのである。


「怖かったよね」

「怖かった~。だって、いつ覚醒したのか、しつこく聞いてくるんだもん」


 魔子と香奈の覚醒日は同じ。

 そのことから、実は何年も前に覚醒していたのではと疑われたのである。


 海外で何年もテラノヴァで活動していたんだよね、そうだよねとしきりに聞いてきた。


 香奈が「はい、そうです。すみません」と言ったら、計測員の人があからさまにホッとした顔をしていたので、魔子も「実はわたしもそうなんです」と話に乗っておいた。


 海外に行った経験どころか、パスポートも持っていないのだが、そこまでは調べないだろう。


「モモちゃんが涙声で『だからもう、それでいいでしょ! ほかに何が知りたいんですか』と叫んだら大人しくなったよね」

「もうあれしか手が残ってないなと思ったんだもん」


 香奈はおっとりした外見をしているが、精神は結構タフだったりする。

 どうすれば一番いいか瞬時に考え、実行に移すことができる。


 結局十二歳で覚醒して、海外でテラノヴァに入り浸ったということで落ち着いた。

 ちなみに、覚醒して二日で七級相当の輝力を持っていることは絶対にありえないらしい。


「どういうことなのかな?」

「分かんない。お兄ちゃんに聞いてみるけど……たぶん、お兄ちゃんも分かってないと思う」


 あのお団子を食べて覚醒すると十級から八級までを飛び越えていっきに七級になるなんて、いくら兄でも知っていたら教えてくれるはずだ。


「このあと何かあっても、わたしたちは知らないで押し通そうよ」

「そうだね。実際、知らないわけだし」


 しかし兄が作ったお団子。

 あれが一番謎なのだ。




◯バタフシャーン公国・レイジューン市 日野川(ひのかわ)(あずさ)


 バタフシャーン公国は建国以来、日本との結びつきが強く、塔の防衛任務も日本のクランが担っている。

 現在、公国に派遣されている日本のクランは四つ。


 塔の防衛は、公国所属のクランを加えた五つのクランでローテーションを組んで行われている。

 これは公国の国土が狭く、国内に存在するゲートも少ないため、割り当てられた塔が二つしかないことによる。


 クラン『青の栖』はレイジューン市に事務所を構える中堅クランで、クランマスターの日野川梓はまだ四十五歳。

 もっとも、覚醒者は外見年齢と実年齢が一致しないことが多く、彼女も見た目は二十五歳ほどにしか見えない。


「悪いけど、休暇は取り消し。全員に伝えてちょうだい」

 日野川の言葉に、サブクランマスターの(ひいらぎ)光三(みつぞう)が渋い顔をした。


「塔の防衛でもお願いされたのですかい? それ以外なら、反発も出ますぜ」

 柊は『青の栖』のご意見番であり、まず異を唱えるのが自分の役目だと心得ている。


 日野川は壁のホワイトボードに目を向けた。

 現在のローテーションでは、塔の防衛は他のクランが担当している。


『青の栖』は五日間の休暇を終えたあと、テラノヴァでの鍛錬が予定されていた。

「法院家から緊急依頼よ。最優先で、原生魔獣の素材を採ってきてほしいですって」


「……ふむ、最優先ですか。日本で何かありましたかな」

「分からないわ。でも、これまで法院家が理由もなく無茶を言ってきたことなんてあった?」


「ありません。……あそこは、とても理解のある後ろ盾ですからな」

『青の栖』は法院家の所有だが、クランの経理は独立採算制。会社でいえば子会社か分社のような扱いになる。


「そんな法院家が、理由も告げずに最優先で素材を取ってこいなんて……よほどのことが起きていると見るべきね」

「……承知しました。クラン総出で当たりましょう。休暇返上には特別ボーナスでも付けますか」


「そうね。その方が角が立たないわ。それで、肝心の素材だけど――ギアギランという原生魔獣らしいの。知っている?」

 日野川が尋ねると、柊は首を横に振った。


「まあ、知らん魔獣でも、皆で行けば問題なく狩れるでしょう。すぐ準備させます」

 そう言い残し、柊は事務室を出ていった。


 一人残った日野川は、法院家から届いた依頼文を思い返す。

「でもあの依頼……最後の一文が引っかかるのよね」


 依頼文の末尾には、こう記されていた。


――今後も継続して、同様の依頼を行う可能性有り


 覚醒者歴が長い柊すら知らない原生魔獣の採取依頼。

 日野川も気になって先に調べたが、ギアギランの素材がこれまで何か使われた形跡はない。


 そんなものをピンポイントで欲しがるような何かが日本で起きている?

 日野川は、その理由をいくら考えても分からなかった。



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― 新着の感想 ―
少女の泣き顔(偽)で追及をやめてよいのか計測員たち。 どこもかしこも生存闘争してる意識薄そう……。
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