004 素材集めは大変
本日は2話投稿します。
○上野家・台所 上野拳人
「お兄ちゃん。友達と一緒に覚醒者登録をしてきたよ……あれ? また変なの作ってる」
台所で丸薬を作っていると、妹の魔子がやってきた。
いまは食卓テーブルにコーヒーサーバーを三台並べて試行錯誤中だったりする。
魔子がそれをしげしげと眺めている。
「作っているのは、変なものじゃないぞ」
「でもコーヒーじゃないよね、青いし」
「テラノヴァの植物から必要な要素を取り出しているんだよ。原液までは順調に作れたんだが、中の不純物がうまく濾せなくてな。紙のコーヒーフィルターだとだめだわ」
フィルターの目が細かすぎて、全然下に落ちていかない。
「理科の実験で使う濾布じゃ駄目なの?」
「家にあるものでなんとかしようと思ったんだよ」
厚手のガーゼか、年始でもらうてぬぐいでも良かったかもしれない。あとの祭りだが。
「そんなことより、お兄ちゃん。覚醒者の登録が終わったら、ただでゲート潜れるんだよね?」
俺は頷いた。
「ああ、覚醒者はゲート利用は無料だ。これからはテラノヴァに行き放題だぞ」
「ラッキーだね。虹彩登録っていうの? はじめてやったけど、目の写真を撮るだけなんだね」
「虹彩かぁ……あれ、非接触型で個人識別にはかなり優秀だけど、導入コストが高くて日本で使っているのは探索者協会くらいなんだよな」
ゲートの利用料を非覚醒者から請求しているのは、光彩認証のランニングコストがバカ高いからだと言われている。
かといってテラノヴァ経由で密入国してくる者がいるため、セキュリティチェックは疎かにはできない。
当初は定期券のような磁気カードを発行していたが、すぐに偽造されてしまった。
指紋認証に変えたところ、タッチパネルが泥や血で汚れたり、手袋や防具を外す手間で行列ができたりして、効率がよくなかった。
そこで導入されたのが虹彩認証である。これはいまのところ、コスト高以外の不具合が出ていない。
「ふーん。というわけで、お兄ちゃん。友達とテラノヴァ行ってくるね。向こうで食べるお菓子と飲み物をもらっていくから」
「軽久町ゲートから行くのか?」
「うん。どれだけ運動性能が上がったのか、確かめてくる」
「だったら、輝石を見つけたら拾ってきてくれ」
「分かった。いっぱい拾ってくるから期待してて」
妹の魔子は、ナップサックに俺が買い置きしておいた菓子とペットボトルの水を詰め込んで、出かけてしまった。
輝石はテラノヴァのあらゆるところに落ちている。
テラノヴァに漂う輝力が凝り固まったのが輝石であると言われている。
そのため、人があまり歩かないところに行ったりすると、結構落ちている。
逆に、ゲート付近はほとんど残っていない。
この輝石だが、水に漬けるとほんのわずかだけ輝力が溶け出す。
錬金術師はその水でポーションを作るし、料理にも利用する。
輝力を含んだ料理を食べると、それが消化される間だけほんの僅かだが、体内に蓄積された輝力が上がるので人気が高い。
このように輝石の用途は多岐にわたるため、非覚醒者がテラノヴァで輝石探しをするのはよく見かける光景であったりする。
ただし輝石を地球に持ち帰ると徐々に輝力が抜けていき、輝石自体が小さくなる。
また、どこぞのファンタジー小説にあるようなエネルギー資源としての利用はいまのところできていない。
そのため、輝石の買い取りを常時行っている企業や団体は存在していない。
だれでも拾ってこれるので、買い取り価格はあったとしても数百円程度だろう。
「さてさて、増養丸は素材屋で買えるもので作れるけど、増骨丸や増血丸、それに増肉丸は原生魔獣の素材が必要なんだよな。どうしようか」
増養丸は体内に蓄える輝力を増やしてくれる。
覚醒者としての強さは、どれだけ多くの輝力を体内に保持できるかにかかっているので重要だ。
ただ、輝力だけ増やしても身体が丈夫でなければ、思わぬ怪我をすることになる。
前世では、それで何人も死人が出た。
体内に蓄えられる輝力を増やすならば、同時に骨や肉、血管、内臓、皮膚などをまんべんなく強化する必要がある。
それを行えるのが、増骨丸、増血丸、増肉丸だ。
これらをバランス良く摂取していかないと、強化していない箇所……つまり弱いところから怪我をしていく。
そして覚醒者としての力を十全に発揮するには、各種丸薬で上げた能力をちゃんと自分で鍛えていかねばならない。
血管や骨、筋肉が頑強になっても、それはただ丈夫になっただけ。鍛えていなければ何にもならない。
「必要な魔物素材は多いし、採取依頼を出した方がいいかな」
これらの丸薬を作るのに必要なのは、魔物の骨であり、血であり、肉である。
自分で狩れない以上、クランに頼んで取ってきてもらうしかない。
「どうするかな……」
いっそのこと、法院さんに全部任せてしまおうか。
○水無瀬家・リビング 水無瀬夏美
「そうだ。夏美さんの覚醒記念パーティを開催いたしましょう」
「……ぱぁあてぃい?」
両親に言われて、夏美は思わず、そのまま聞き返してしまった。
最後あたりで巻き舌になったが、それだけ衝撃的な話だったのだ。
「それはいいな。人を呼んで、盛大にお披露目しよう」
両親のテンションが高い。反対に夏美の気持ちは急降下だ。
「あのさ……う~ん、パパもママも、そんなこと止めようよ」
両親の考えが、分からない。夏美と相容れないのだ。
もちろん、二人とも善意で言ってくれるのは分かる。
そして夏美が覚醒――つまり、選ばれた人間になったことも、しっかり理解している。
覚醒者の割合は0.4%。人類のほんの一部しかいないのだ。
それに選ばれたというのは、とても喜ばしいことだ。
これまでの記録から、覚醒する最小年齢は十二歳と分かっている。
つまり中学生以上ならば、男女問わずだれでも覚醒する可能性がある。
高齢者が覚醒することもあるし、重病人や大怪我で半身不随の人が覚醒した例もある。
性格的に戦えない人が覚醒することだってある。覚醒は完全にランダムだ。
若く健康で問題なく戦える人でも、将来の夢があったり、仕事が充実していたりすると、戦いの中に身を置かないことだってある。
覚醒者の権利を享受しつつも、さまざまな理由で人類存続に寄与しない人が大勢いるのが現状だ。
そういう人たちは、覚醒を一種のステータスととらえている。
夏美の両親もそういう人種と同じ。だからお披露目などと言い出すのだ。
夏美はため息をついた。
「テラノヴァに入って不壊の塔を攻略するのが覚醒者の役目だよ。パパのお仕事相手の人にお披露目してどうするつもり?」
「夏美さん。そんな危険なことは、他の人に任せればいいのです」
「そうだぞ。おまえは一人娘なんだ。将来はパパの会社を継ぐんだからな」
「私が会社を継ぐ前に、人類の滅亡が来ちゃうわよ」
「大丈夫だ。期限前に大規模な攻勢をかけるのは知っているだろ?」
「そうよ。だから危険なことは止してちょうだい」
「大攻勢って……もう、パパもママも貴族に騙されているんだって。レギオンを持っていても、何十年も派閥争いしかしてないじゃないの!」
「何を言うんだ。世の中は単純じゃないんだ。来たる日まで勢力を保つには、日頃の努力が必要なのだよ」
両親は典型的な上流階級の思考をしているので、夏美が何を言っても通じない。
言い合いをしたところで、いつも平行線。自分が正しいと信じているから、絶対に意見を曲げないのだ。
「とにかく、お披露目はしない!」
ゆえに夏美は、それだけを言って、あとの話は聞かなかった。
○養健病院・病室 四堂誠一
「よう、見舞いに来たぜ?」
ベッドの上で左手書きの練習をしているとき、『星影の盟友』のクランマスター戸田政次さんが現れた。
「戸田さん。あのときは助けていただいて、ありがとうございました」
「いいってことよ……これ、ウチのメンバーからだ」
戸田さんは、巨大なフルーツの詰め合わせを持ってきてくれた。
テーブルがきしむほどの重量があったが、戸田さんは軽々と持っていた。さすが中堅クランのマスターだ。
「わざわざ、すみません」
「いいってことよ。それよりな、少し気になることを耳にしたんだ。一応、知らせておこうと思ってな」
「気になることですか?」
「あのあともう一度、テラノヴァに戻って素材採取をはじめたんだが、途中で深い藪に隠れている変な二人組を発見した。連中はこっちに気づいてなかったし、面倒なことになってもあれだからそこから離れたんだが……」
「何かあったわけですね?」
「その様子じゃ、まだ知らないな。今日発売だ」
戸田さんは大人向けのゴシップ雑誌を俺のベッドの上に放った。
表紙にいくつか見出しが載っていて、俺はその一つに目を奪われた。
――楢橋町ゲート付近にヒュージスパイダー出現!
「たしか俺たちも、楢橋町ゲートからファル遺跡へ向かう途中で襲われた……」
「俺らが見つけたその変な二人組だが、一人は望遠レンズ付きのカメラを首から下げていた」
「えっ? それって……」
「そして襲われたのは、雑誌『覚醒者通信』の記事を見て、ファル遺跡に向かったカップルだ。一人死亡で、一人は重体。助けたのはたまたま近くにいた覚醒者だそうだ。その様子もカメラに収まっている」
戸田さんは「なんか、タイミングが良すぎるんだよ」と言って、雑誌を残したまま去っていった。
普段いるはずのない場所に出現したヒュージ種と、藪の中でカメラを構えて隠れている二人組。
たしかに怪しいと誠一は思った。




