002 敗北しつつある人類
○上野家・台所 上野拳人
人類はいま、星間闘争のまっただ中にある。
白晶石を防衛し、赤晶石を破壊する活動を七十年もの間、続けている。
ただし表面上は、平和そのもの。
闘争の地である中間惑星テラノヴァへはゲートでしか行くことができず、仕様によって相手側のゲートはどうやっても潜ることができない。
つまり、敵が地球にやってくることは絶対にないし、人類が敵の惑星に行くこともできない。
そのため、覚醒していない一般人は、人類の存続がかかった戦いが行われているという意識が薄い。
学校で星間闘争や、中間惑星テラノヴァについての授業はあるが、そこで詰め込まれるのは知識のみ。
「覚醒してぇ」などと叫ぶ生徒はいても、実際に命をかけて戦える覚醒者は存外少ない。
「……よし完成。どうだ、魔子!」
「お兄ちゃん。これ、青く光る団子だよね? それをドヤ顔で言われても……」
妹の魔子が、ジト目で俺を見てくる。
「そんなはずないだろ。これは『覚醒丸』だ。お前の体重だと二個だな。ほれ、食ってみろ」
「青光りする団子って、ありえなくない? 青は食欲を減退させるんだよ」
「黙って食え。食って十五分待てば、お前も覚醒者だ」
「はいはい、そういう設定ね……あっ、ちゃんと甘い」
「粘度と味の調整に、蜂蜜を入れたからな」
妹は咀嚼しながら、「まったりとして、それでいて」と謎な感想を口にしている。
妹は覚醒者ではない。だが、これを食べると……。
「おっ、お……お兄ちゃん! 啓示がっ! 啓示が聞こえた。わたし、覚醒者になっちゃった……」
「そうだろ。これはそういう丸薬だからな」
「えっ、本物!? これ、本当に覚醒者になれるお団子だったの?」
妹が驚くのも無理はない。
統計によると、覚醒者は人口の0.4%しかいない。
新生児が250人生まれれば、どこかでだれかが一人、覚醒する計算だ。
おそらくこれは、星間闘争を仕掛けた超越者の意思が介在している。
星間闘争の開始前に、『公平』になるよう決められた仕様の一つだと思う。
敵対する両勢力が同じ条件でスタートさせるための措置なのだろう。
その後、科学技術が大いに発展して大量破壊兵器が発明されたり、逆に覚醒者が大量に死亡したときも、覚醒者が誕生する比率は変わらなかった。
人が覚醒する割合は、七十年前から少しも変わっていない。
毎年集計している統計が、すべてを物語っているのだ。
つまり星間闘争がはじまってしまえば、あとはそこからどれだけ努力したかによって、自勢力が有利にも不利にもなるのである。
ではこの覚醒丸については、どう考えればいいだろうか。
『丸薬作成』は、俺の特殊能力である。
特殊能力なのだから、超越者の定めた仕様の一部である。
バグやチートではなく、覚醒丸によって覚醒者を増やすのは想定の範囲内なのだと思う。前世では、同じ特殊能力を持つ者が何人もいたし。
「無事に覚醒してよかった。素材代に一万円以上もかかったからな」
「すごいよ、お兄ちゃん。……あっ、この余ったお団子。少しもらっていいかな? 友達にあげたいんだけど」
「いいけど、密封しないと数日しか持たないぞ。密封しても半月くらいだな」
「チャック付きのビニール袋に入れれば、少しは長持ちするよね」
「おう……けど、覚醒丸のことは言いふらすなよ。どう考えても、需要を満たす分は作れないから」
「……そっか。じゃ、友達一人だけに渡すことにする。けど、お兄ちゃんの特殊能力って『瞑想』だったよね? もう一つ、目覚めた感じ?」
「そんな感じだ」
魔子は「ふうん」と声を発して、「じゃ、二個もらっていくね」と、覚醒丸をビニール袋に入れると、いそいそと台所を出ていった。
〇
「……しかし、『まったく同じ世界』なんだな」
前世を思い出して、驚いたことが一つある。
人類が中間惑星テラノヴァと呼んでいるあの星のことだ。
前世でもそこが星間闘争の舞台だった。
当時俺たちは、いまとは逆で赤晶石を守って白晶石を破壊する側だった。
俺が物心ついた頃はもう、星間闘争の最終局面にきていて、敗北の半歩手前だった。
十代の頃から必死に努力し、覚醒者となってからも鍛錬と実戦、情報収集に余念がなかった。
だからこそ分かった。
テラノヴァにある不壊の塔の位置や各種遺跡、山や湖などがすべて同じだとすぐに気づけたのだ。
前世の大規模戦で破壊された遺跡、焼け野原となった草原、丘を切り崩し陣地を構築した平地は綺麗なままだ。
これが何を意味するのか。
「超越者は同じ惑星をいくつも複製して、星間闘争の舞台にしているってことだよな」
相手は神、もしくはそれに類する者だ。動植物を含めた惑星すべてを複製できても不思議ではない。
だがこれは朗報だ。
前世で頭に叩き込んだ塔の位置、遺跡の中身、動植物、原生魔獣の情報を存分に活用できるのだから。
「セイの腕は『回復丸』で治る。それを作るには、原生魔獣ギアギランの心臓が必要……だけど」
俺は素材屋でギアギランの心臓を探した。だが置いてなかった。
聞いたら、仕入れたこともないらしい。
ならばと、ネット上にある素材マーケットをスマートフォンで覗いたが、こちらでも出品された形跡はなかった。
さらにネットで検索したが、『ギアギランの心臓』を何かに活用したという報告はどこにもなかった。
これまでの七十年間で、ただの一度も素材として使われたことがないのだろう。
「確実に手に入れるには、クランに採取依頼を出すしかないけど……」
依頼費は時価だ。そして依頼を出すならコネが必要。
手元にある覚醒丸は五個。
これを売って依頼費を稼ぐこともできるが……。
――プルルルル
スマートフォンが鳴った。メッセージではなく電話だ。
誠一の彼女、水無瀬夏美からだった。
「もしもし……」
『拳人くん? 夏美よ。誠一から聞いたけど、大変だったね』
「セイに会ったのか?」
『うん。さっき顔を見に病院に行ったよ。元気そうだった。……で、きっと拳人くんの方が落ち込んでいると思って電話したんだけど、やっぱり暗い声してる』
誠一と夏美が付き合い始めて、そろそろ一年になる。
俺に彼女はいないせいで、よくこの三人で出歩いたりする。
カップルに挟まれるのは遠慮したいが、二人ともまったく気にしないのか、よく俺を誘ってくるのだ。
夏美はショートカットの元気系美少女で、勇者然とした誠一とお似合いだと俺は思っている。
いまも夏美は、彼氏である誠一より俺の精神を心配してくれている。
「俺のせいでセイが大怪我をしたんだぞ。そりゃ落ち込むよ」
『運がなかったって誠一が言っているのは本心だと思う。だからあまり気にしない方がいいよ』
「二人揃って、俺を慰めるなよ」
『罪悪感で悩んでいるんでしょ? 大丈夫、誠一は弱くないから。だれがなんと言おうと、私が支えるから』
夏美の声は明るい。
俺と誠一は小学生の頃からの腐れ縁で、夏美とは高校で知り合った。
そのわりに夏美は、誠一だけでなく俺のこともよく分かっているようだ。
「ありがとうな、夏美。気を遣ってくれて……ん、そういえば」
『どうしたの?』
「前に中学まで澄麗学園に通ってたって言ってたよな」
『うんそう。幼稚園から中学まで澄麗だけど……?』
澄麗学園は貴族の息女が通うことで有名で、とくに幼稚園から入るのは難しいと言われている。
ただの大金持ちレベルだと門前払いをくらい、生粋のお坊ちゃまやお嬢様しか通えないのだとか。
送迎時には高級車が入り乱れるとか、テロや誘拐対策に覚醒者を雇っているのは有名な話。
そもそも入園パンフレットがないらしい。卒園者の推薦がなければ、入園までたどり着けないのだ。
そんな『貴族位持ち』や『超金持ち』が通うところに、夏美は幼稚園から中学卒業まで通っていた。
そしてなぜか「私さ、貴族や金持ちとは、ソリが合わないのよね」と、普通の県立高校に進学した変わり者だ。
「たとえばだけど……そこそこのクランに話を通せる人とかいるか? 夏美が信頼できるってのが大前提で」
『ん~っと、六大レギオンの関係者ってこと?』
「いや、クランを持っていればいい。信頼できるかが大事なんだ」
『そういう話なら、一人だけいるかな。私の魂妹なんだけど』
「……魂妹?」
なんだそれは。
『魂で繋がった姉妹。血の繋がりはないけど、それ以上の絆で結ばれた姉妹って感じかな。澄麗で魂兄、魂弟、魂姉、魂妹を名乗ったら、絶対に裏切れないくらい強い絆で結ばれているって思っていいわよ。だから滅多なことでは魂の繋がりを求めないし、受けないのだけど』
「夏美には、それがいるってことか」
擬似的かつ強固に繋がった兄弟姉妹のことらしい。「桃園の誓い」や「ソウルブラザー」みたいなものか。
『その子の家がクランを所有しているわ。けど、どうしたの急に?』
「必要な素材があって、採取依頼を出したいんだ」
『料理? それとも錬金術に目覚めたの? どちらにしろ、クランを動かすのは大変だと思うけど』
「それは分かってる。その魂妹って、覚醒者だったりする?」
『ううん。少なくとも、夏休みに入る前までは覚醒者ではなかったわ』
「家がクランを所有しているなら、覚醒者になっていた方がいいよな」
『そりゃそうでしょ。覚醒者は身体能力は段違いだし、病気にもかかりにくい。それに寿命が延びる。あと……かなり長い間、若いままでいられるしね』
「だったら、なんとかなるかもしれない。詳しい事情は会ってから話す。一度その子と会えないかな?」
『いいけど、簡単な説明くらいしてほしいな』
「セイの腕を完璧に治したい。そのために必要な素材を調達したいんだ」
電話口で息を呑む気配がした。
『それで信頼できる……分かったわ。すぐに手配する。詳しい話はそのときお願いね』
「おう」
『絶対だよ』
そう言って、夏美からの電話は切れた。




