001 星間闘争のはじまり
タイトルの「不壊」は「ふえ」と読みます。「ふかい」は誤読となります。
小説によく出てくる『決して壊れない剣』は、不壊属性と読みます。
およそ七十年前。
すべての人類が、天から降りてきた声を聞いた。
――これより星間闘争をはじめる
睡眠中の人は目を覚まし、仕事中、運転中、喧嘩中、裁判中、あらゆる作業をしている人たちが手を止め、天の声に耳を傾けた。
――闘争は公平になるよう調整した
闘争とは? 公平とは? そして何を調整した? さまざまな疑問が、人々の頭の中に浮かんだ。
すると突然、詳細なイメージ――戦いのルール、期間、勝敗条件が頭の中に流れ込んできた。
その瞬間、すべての人類が闘争と公平の意味を理解した。
闘争とは、別の星に住む存在との戦うこと。まさに星間闘争。
公平とは、闘争をはじめるにあたり、総合的な戦力を同じにすること。
将棋とチェスの間で、戦いは成立しない。駒もルールも違うからだ。
それを対戦できるよう完璧に調整して、完全に互角にした上で戦いが始まる。
これらは、人種、性別、年齢、個人が持っている知識量に関係なく等しく理解できたという。
それどころか、目や耳が不自由な者でも、しっかりと意味を認識できたのである。
「俺たちは、異星人と戦わされるのか!」
「負けたら地球は、ブラックホールに飲み込まれるの!?」
「人類すべての運命がかかっているじゃないか!」
人々は、大いに混乱した。
この日、人類は種の存亡を賭けて、異星人と戦うことが決まってしまった。
ルールは単純にして明快。
星間闘争は、地球と敵性惑星以外の第三の惑星で行われる。
地球からゲートでその惑星へ赴き、相手が守る晶石を破壊すればいい。
ただそれだけである。
晶石は必ず、『不壊の塔』の中にある。
定められた期間が終了するまでに、相手より多くの晶石を破壊すれば勝利となる。
ルールは単純だが、実行は難しい。
敵は人類が守る晶石を破壊しにやってくるし、人類が壊すべき晶石は相手が守っている。
つまりこれは、晶石の破壊と防衛を目的とした一種のゲームなのである。
そして公平という言葉の意味。
「力が……力が沸いてくる。なんだこれは?」
人類の中に、特異な能力に目覚めた者が出現した。覚醒者の誕生である。
覚醒者は例外なく、二つの啓示を聞いた。
・白晶石の残り五〇〇個、赤晶石の残り五〇〇個
・期間の残り八二年一四七日
人類は白晶石を防衛し、赤晶石を破壊する。
敵はその逆。
あと八二年と五ヶ月のうちに、相手が守る五〇〇個の赤晶石を破壊すれば人類が勝利する。
もし期限内にどちらの陣営も晶石を破壊しきれなかった場合、最終的に多くの晶石を壊した側が勝利する。覚醒者はそのことを理解した。
突然、地球のさまざまな場所にゲートが出現した。
人々はすぐゲートを潜り、その先にあるものを確かめた。
ゲートの先には別世界があった。
平坦な砂地、なだらかな草原、深い森、ゴツゴツとした岩山がそこにあった。
ゲートの先を探索していく中で、高さにして四十メートルほどの人工物――不壊の塔を見つけることができた。
その塔の最上階に、白く輝く三メートルほどもあるクリスタル――白晶石が確認できた。
すでにゲームは始まっている。
人類はこの惑星に、第二の地球の名を冠して『テラノヴァ』と名付けた。
地球と敵性勢力の中間にあるこの惑星で、人類は否が応でも戦わなくてはならない。
覚醒者が聞いた啓示を信じるなら、中間惑星テラノヴァにある不壊の塔は全部で千個。
人類が協力して、その中にある五〇〇個の白晶石を守り、敵が守る五〇〇個の赤晶石を破壊する戦いが幕を開けた。
それから七十年後……
○テラノヴァ・ファル遺跡近郊 上野拳人
俺は今日、親友の四堂誠一を誘って、ファル遺跡に向かった。
先日購入した雑誌『覚醒者通信』に、その遺跡のことがカラー写真とともに載っていたからだ。
雑誌には、遺跡は深い藪を越えた先にあるため、訪れる人が少ないと紹介されていた。
都合が良いことに、ファル遺跡は楢橋町ゲートから歩いていける場所にあった。
楢橋町ゲートならば、俺が住む駆久町からも近い。
だから俺は「遺跡があるらしいから遺跡探検しようぜ」と、軽い気持ちで誠一を誘ったのだ。
だがまさか行きの途中で、テラノヴァに棲息している原生魔獣ヒュージパイソンに遭遇するとは思わなかった。
ヒュージ種の魔獣は強い。覚醒してまだ一、二年の俺たちでは絶望的な相手だ。
「ここはオレが食い止める。ケントは逃げろ!」
誠一が俺に向かって叫んだ。
「セイ、何を言ってるんだ」
「ここにいたら、二人とも死ぬ。早く行け!」
誠一は鎌首をもたげるヒュージパイソンの前に立ち、自らの身体で俺を隠した。
たしかに周囲の藪に紛れれば、俺だけなら逃げ切れるかもしれない。
だがそれは、親友をここに置いていくことに等しい。
「ふざけんな! 生き残るならお前の方だろ。セイこそ逃げろよ」
情けないことに、震えた声しか出なかった。
俺が怖がっているのを誠一に悟られたと思う。
「聞け! オレがコイツと戦う。その隙にケントは走って逃げろ。決して振り返るなよ!」
誠一の声は決意に満ちていた。
こいつはいつだって格好いい。男の俺が惚れ惚れするくらい、顔も心も男前だ。
誠一は幼なじみにして、最大のライバル。そして親友。憧れの存在。
いつでも俺のヒーローだ。
だからこそ俺は、誠一を押しのけた。
足が震えて腕に力が入らず、腰だって引けていたが、なんとかヒュージパイソンと誠一の間に身体を割り込ませることができた。
「ここには俺が誘ったんだ。残るんだったら、俺が残る!」
内心で「よし」と叫んだ。今度は、声が震えていなかった。
テラノヴァに棲む原生魔獣は、身体の大きさによって強さがまったく違う。
目の前のパイソンがそうだ。
ミドル種ならばともかくヒュージ種では、どうあがいても俺たちが勝てる相手ではない。
だが、一人が食われている間だったら、もう一人は逃げ切ることができる。
問題は、どちらが犠牲になるかだ。
俺は震える手で剣を構えた。
この先、地球に必要なのは、俺ではなく誠一だ。
高スペックのこいつなら、人類を勝利に導いてくれる。だからこれが正解なのだ。
――シャァ
ヒュージパイソンが動いた。
ヒュージパイソンの巨大な顎が迫り、俺は剣で防御を……急に襟元が引っ張られた。
そこからはスローモーションだった。
ヒュージパイソンの牙が、俺と入れ替わった誠一の右腕を咬み千切った。その光景を俺は……呆然と眺めていた。
俺の世界から色と音が消えた。
親友の右腕が宙を舞って、そして……。
○養健病院・廊下 上野拳人
「このたびは、危ないところを助けていただき、ありがとうございました」
俺は深々と頭を下げた。
あのとき、戦闘音を聞きつけてやってきたクラン『星影の盟友』に、俺と誠一は助けられた。
彼らは熟練した覚醒者たちだった。
覚醒者たちは強かった。
まず、藪の中からの奇襲。そして連携の取れた連続攻撃。
機先を制した彼らは、終始有利に戦いを進めた。
ヒュージパイソンは不利を悟って撤退したのだ。
肘から先を失った誠一は、彼らのクランメンバーによってすぐさま病院に運び込まれた。
「もう少し早く駆けつけられれば良かったんだが……」
「いえ。あのままでは、俺たちの命はありませんでした。本当にありがとうございました」
「同じ覚醒者なんだ。助け合うのは当然だろ」
クランマスターの戸田政次さんは、そう言って俺の肩をポンポンと叩いた。
この人の台詞も、男前だ。
戸田さんたちは採取依頼であそこに来ていたらしく、俺たちの無事を確認するとまたゲートに戻っていった。
去っていく戸田さんに、俺はもう一度深く頭を下げた。
〇
「あそこはまだゲート付近だし、ヒュージ種以上の魔獣は本来排除済みなんだよな。今回は運が悪かったか」
病室に入った俺を見た誠一が、そんなことを言った。
誠一は俺と同じく覚醒者。片腕を失ったくらいでは死なない。
だが、これから先、片腕だけで探索を続けるのは難しい。
「セイ……ごめん。俺が遺跡に行くなんて言い出さなければ」
「オレの運が悪かったんだって。視界が悪い藪の中を音も立てずに近寄って来たんだぞ。だれだって防げないさ」
あくまで運が悪かったのだと、誠一は言う。
だが俺を庇ったりしなければ、誠一は腕を失うことはなかった。
人としての度量の大きさ、覚醒者のスペック、どれをとっても俺より誠一の方が上だ。
あの場で腕を失うならば、俺の方がよかった。
「……セイ」
「夏休みはあと半分か。学校が始まるまでに、左手で字を書く練習しておかないとな」
忙しい夏休みになりそうだと、誠一は笑った。
いまは高二の夏休み。誠一は、残りの人生を片腕で過ごすことになる。
そんなことはさせない。させたくない。だから俺は……。
「セイ、また来る」
「おう。今度くるとき、新商品のアイスを買ってきてくれ」
明るい調子で言う誠一に「必ずまた来るから」と言って、俺は病室を出た。
テラノヴァのあの藪の中で、俺はもしかしたら『別の覚醒』をしたのかもしれない。
「たしか素材屋が駅前にあったよな。いくら持ってたっけ……」
駅に向かって走る俺の胸は、先ほどからざわついている。
もし俺の思い違いでなければ、この世界の運命が変わる。
サイフの中身を思い出しつつ、俺は走る速度を上げた。
○上野家・台所 上野拳人
「おい、魔子。台所に来い!」
「お兄ちゃん。帰ってきた早々、どうしたの?」
リビングでテレビを見ながら足を投げ出していた妹を俺は手招きした。
「いいから来い。台所で作業するから、手伝ってくれ。来たら覚醒者にしてやる」
「なにその無茶な報酬。神様じゃないんだから、お兄ちゃんがわたしを覚醒者にできるわけないでしょ」
「いいから来い。この草を茹でてからペースト状になるまでミキサーにかけろ。茹でている間に、こっちの実の皮を剥いてくれ」
「んーっと、これは紫月草かな。こっちはポルダーの実……袋入りってことは、お兄ちゃんこれ、わざわざ素材屋で買ってきたの?」
妹の魔子が怪訝そうに俺を見てくる。
「そうだよ。あそこで売ってる素材ってさ、料理や錬金術に使えるって聞いていたけど、意外に高いのな。万札がとん……んんっ、つなぎは小麦粉を水で溶けばいいか……ハチミツは家にあったっけ?」
「ふうん。無駄遣いしたんだ。……ハチミツなら戸棚にあるけど、いつのかは知らないよ」
「腐るもんじゃないし、粘度の調整だからそれでいい。ラジアの実を搾るのは……俺がやるか」
「ねえ、お兄ちゃん。何するの? 急に料理に目覚めちゃった感じ?」
「あとで説明してやる。いいからやれ。時間勝負だぞ」
「あ~もう! あとで絶対に説明してよね」
魔子がしぶしぶと、鍋に水を入れて火をかけた。
俺は、先ほどテラノヴァで拾った輝石を手に持った。
五センチメートルほどの青い結晶の玉だ。輝石としては標準サイズ。
手で握って念じると、輝石はパラパラと青い燐光を保持したまま粉になった。
「やっぱり……成功だ」
できるとは思ったが、やはり成功してしまった。
テーブルの上にあるのは、『輝石の粉』だ。変換率は二割ほどで、思ったより少ない。
だがこれで、俺が先ほどからずっと抱いていた違和感が確信に変わった。
心臓がバクバクいっている。やはり、白昼夢ではなかったのだ。
時間が経つにつれて鮮明になっていく、俺のもう一つの記憶。
どうやら俺は、別の世界の記憶を保持しているらしい。
星間闘争に参加し、敵との戦いの中で死んだ人間の記憶。
なぜかその記憶を保持したまま、俺は日本人として転生していた。
誠一がヒュージパイソンに襲われ、大怪我をしたあの瞬間。
俺はそのことを思い出した。
それと同時に、前世で使えた『輝石を粉にして丸薬を作る能力』が今世でも使える気がしてならなかった。
まさかそんなはずは……と思ったが、前世で何万回と繰り返した通りにやってみると……。
結果はご覧の通り。
かつて俺が使っていた『丸薬作成』の特殊能力は、違和感なくこの身体にも馴染んでいた。
もっとも熟練度がリセットされたのか、変換率がすこぶる悪い。
それでもこのキラキラと青く光る粉は本物だ。
「これがあれば、セイの腕もきっと……きっと……」
感動する俺の背後で、妹が「めんどい、めんどい、皮むきめんどい」と、ぶーたれていた。
拙作をお読みいただき、ありがとうございます。もぎすずです。
本作品は転生モノです。
ただし日本人が異世界に転生したのではなく、異世界人が日本に転生した物語となっています。
せっかく現代の日本人に転生したものの、地球は星間闘争によってあと12年で滅ぶ瀬戸際まで来ています。
そんな状況の中で、主人公がどのように生きていくのかを楽しんでもらえたらと思います。
本日は3話投稿しますのでよろしくお願いします。




