表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕と彼女の猟奇的な日常  作者: nnnkkk


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/28

第8話 審査中

店長は何も言わずに、ただ一度だけ短く頷いた。


茂はレジの横を抜け、バックヤードへ足を踏み入れた。

空気が変わる。

表の店舗の匂いじゃない。段ボールの紙臭と、古着のこもった匂い。ビニールとガムテープのにおいが混ざっている。


バックヤードは広すぎない。

だが、人が腰を落ち着けるだけの余白はある。


壁際に薄い鉄箱が並び、反対側に昼飯用のテーブルが1つ置かれていた。


角に古いノートPC。壁の上の小さなテレビが、音もなく映っている。


茂は自分のロッカーの前に立ち、鍵を差した。扉がわずかに浮く。


中は空に近い。潰れた紙袋の奥に、斜めに差し込まれたケースがあった。


専用キャリングケース。


角の補強は硬く、留め具だけが異様に固い。握った瞬間、指の関節が昨日を思い出した。


茂はケースを引き抜く。ロッカーの縁に当てないよう慎重に角度を選び、音を殺して取り出した。

照明の真下。テーブルの上にケースを寝かせると、影が消えた。


一本目。

二本目。

留め具が外れるたび、乾いた拒絶音が室内に落ちる。

蓋を開けた。


そこにあるのは武器というより、冷徹な「産業機器」だった。


Vespa Systems Interdiction-04


先端に鎮座する、長さ約25センチの440C強化ステンレス鋼。

テフロンコーティングされた刃体は、炭のように鈍い黒を湛えている。

中心を走る血抜き溝は、基部まで一本の影となって貫かれていた。


根元のチタニウム合金製クロスバーは、厚さ10ミリ。

中世の意匠を否定するような横一文字の形状が、獣との間に、絶対的な生存距離を確保するための冷たい機能を主張している。


茂の視線が、刃先へと移る。

鋭利に研ぎ澄まされた切っ先のすぐ後ろ。


テフロンの皮膜を穿つように、四つの細孔――インジェクション・ポートが開いていた。


深く刺す必要はない。

刃先が筋膜の下に入るだけで、そこが死の起点になる。トリガー1つで、高圧ガスに押し出されたV-Gelがここから噴射され、肉体を内側から破裂させる。


それはもはや刺殺ではなく、肉という容器を空洞化させる精密作業だ。


茂は息を止めた。欲が呼吸を拒んだ。

代わりにスマホを取り出し、カメラを起動した。


槍を登録する対象として測る。欲しい物ではない。システムを通過させるための、単なるデータ。


作業台の上で角度を変え光の反射を殺す。

全体像、シリアル刻印、刃先、そして四つのポート。

指先で焦点を合わせシャッターを切った。


短く乾いた電子音が鳴る。


もう一枚。


もう一枚。


無駄に撮らない。必要な情報だけを切り取り、画面の中に収めていく。


最後にケースの中に収まった「携行状態」を撮る。

これが合法的な、持ち運べる道具であることを証明するために。


撮り終えるとスマホの画面を伏せた。

バックヤードの冷たい静寂だけが、そこに残った。


スマホをポケットに戻し、ケースの蓋を閉じた。

留め具が噛み合うたび、硬い金属音が短く、鋭く室内に落ちる。


ケースをロッカーに戻す。

茂はバックヤードを抜け、レジ横の事務机へ向かった。

店長は見ていないふりをしている。それがこの店における「いちばん強い許可」の形だ。


椅子を引き、端末の前に座った。

キーボードは薄く油でくすんでいる。手袋をするほどの手間は惜しみ、指先で軽く擦ってからキーを叩いた。


画面が起動する。店舗管理用の管理者アカウント。

横に貼られた付箋のメモをなぞり、パスワードを入力した。


英数字の短い羅列。セキュリティよりも運用効率を優先した、崩壊しかけている組織の管理だ。


ログイン。

画面が切り替わり、冷徹なフォントのタイトルが躍る。


『特定害獣駆除用具 登録フォーム』


項目は簡潔だ。

申請者。

登録物。

添付書類。


迷いはない。

この画面は何度も見ている。客に売った駆除用具の登録を、いつも茂が代わりに通してきた。


茂はまず『登録物情報』のタブを開いた。


アップロード欄に、スマホから転送したばかりの写真を並べる。

全体、シリアル刻印、刃先、そして四つのインジェクション・ポート。

どれも背景を殺し、反射を潰した、情報のみを伝える写真だ。


進捗バーが走り、数秒でサムネイルが並ぶ。

テフロンコーティングの黒い刃先にある四つの細孔が、デジタル処理されて黒い点として強調された。


次に「申請者情報」。

茂は手入力欄を無視し、『本人確認書類スキャン』を選択した。


財布の奥から、マイナンバーカードを取り出す。

指先が一万円札の感触に触れたがそれを無視した。

今の街で命を繋ぐのは紙幣ではなく、こうした「システムへの適合」だ。


机の上のカードリーダーに差し込む。


認証を終えると、最後に『申請者顔写真』の項目が残った。


インカメラが起動し、画面に自分の顔が映し出された。

寝起きの熱はもうない。ただ、目だけがひどく乾いている。感情が遅れてくるときの目だ。温度がない。


茂は表情を作らず、枠に合わせてシャッターを切った。


『審査所要時間:15分』


画面下部のその一文に、茂の視線が止まった。

十五分。十九歳のフリーターが、害獣を破裂させる兵器の所持を認められるまでの時間だ。


遅いと困る。

早くしないと、手続きよりも先に警報が来る。それがこの世界の理屈だった。


チェックボックスを淡々と埋めていく。


盗難品ではない。


違法改造ではない。


登録情報に虚偽はない。


最後に、送信ボタンにカーソルを合わせた。


――送信。


画面が切り替わり、『審査中』の文字が点滅を始める。


十五分。

この数字が通れば、ケースの中の槍は「凶器」から「職務用品」に変わる。

通らなければ、ただの重い金属の棒だ。


茂は背もたれに体を預け、乾いた音を立てる換気扇を見上げた。

本日もお読みいただきありがとうございます。


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

ページ下部の【ブックマークに追加】と、【☆☆☆☆☆】をタップしての評価をお願いいたします!


明日も21時に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ