第44話 未登録介入
現場は、すでに荒れていた。
住宅地の端の小さな公園と、古いアパートの間。
舗装は割れ、植え込みは踏み潰されている。
登録駆除従事者が二人。
一人は立っている、もう一人は地面に座り込んでいた。
血は出ていない。
少し離れた位置に、もう一人いた。
武器を下げたまま、動けずに立ち尽くしている。
中型の鳥――に見える。
体幹は厚い。
胸骨が前に張り出し、首と脚だけが異様に長い。
二足で立っている。
羽は退化している。
肩に瘤のような名残があるだけだ。
代わりに、脚の筋肉だけが異常に発達している。
一歩、地面が沈む。
跳ねない。
体重を落とすように、上から叩きつけてくる歩き方だ。
頭は小さく首の可動域が広い。
前後ではなく、斜めに振れる。
細く硬い嘴は突くための形をしている。
嘴は仕留めるための部位。
脚は潰すための部位。
速くはないだが、止まらない。
一人目の登録が前に出る。
距離を取ろうとして、遅れた。
脚が上がる、振り下ろしではない。
体重ごと、斜めに落ちる。
衝撃。
音が潰れる。
身体が弾かれ、転がる、骨が折れたかは分からない。
だが、立てる位置じゃない。
残った登録が踏み込む。
前に出るしかない距離。
退けない角度、背後には逃げ切れない一般人。
判断は早い、だが装備が足りない。
一発。
表皮で止まる。
二発目の前に、獣が体を振る。
質量が横に流れ、肩で何かが弾ける音。
登録が倒れる。
受け身は取っている。
だが、起き上がるまでの一拍が長すぎる。
獣は迷わない。頭を低く差し込み、押すのではなく体重ごと覆い被さってくる。
地面と質量で、空間を潰しに来る。
その外側で、茂は止まっていた。
距離と角度、獣の向き。
登録の位置。
横からなら、刺せる。
リスクを無視すれば。
だが、条件が揃わない。
無駄撃ちになるかもしれない。
茂は出ない。
振り下ろされた脚が登録の胴を捉え、逃げ場のない重量がそのまま覆い被さった。
鈍い衝突音。
肺の空気が押し出される。
骨が折れたかは分からない。
だが、戦線からは外れた。
そこで、獣の動きが止まった。
餌だと判断した。
注意が下を向き、重心が前に落ちる。
首が低くなる。
――今だ。
茂は即座に側方へ移動したが、まだ間合いには入っていない。
踏み込んでさらに距離を詰める。
――獣が、顔を上げた。
首がしなり嘴が、こちらを向く。
茂は指を動かした。
雷光、瞬間的な白。
害獣の視界が潰れ動きが止まる。
一歩だけ踏み込み、最短距離で腹に刺突を通す。
ためはない。
刃が入る、想定深度。
トリガ。
内部で、圧が立つ。
支えが裂ける。
獣が崩れる。
今度は、完全に。
地面が鳴り、動きが止まった。
茂は槍を抜き、距離を取る。
視線は獣に残さない。
登録を見る。
動かない。
胸の動きが、すぐには分からない。
一拍遅れて、浅い吸気音。
――死んではいない。
サイレンが近い。
規制線は、すぐ来る。
呻き声。
地面に伏せた登録が、わずかに動いた。
――生きている。
だが、声は出ない。
その横で、もう一人の登録が立っていた。
息は荒いが、足は動いている。
茂の方を見る。
視線が絡んだまま外れない。
現場の熱が、ようやく引き始めていた。
人の声は戻ってきているが、距離がある。
近づこうとする気配はない。
誰も、中央には踏み込まない。
茂はアパートの影に立っていた。
槍はもうケースに収めてある、肩の重さが戻り、呼吸も落ち着いていた。
倒れている二人を見る。一人は座らされ、もう一人は横になっている。
どちらも生きている。
それ以上、確認する必要はなかった。
サイレンが止まる。
一台。
少し遅れて、もう一台。
ドアの開く音。
足音が二つ、舗装を踏む。
警官の視線が流れ、現場の配置と対象の動きを一息で拾っていく。
それから、人を見る。
最初に視線が来たのは、茂だった。
武器を持たないまま立ち、血の外側にいる。
警官は近づかない。
距離を保ったまま、声を出す。
「現場に関わりましたか」
事実確認だけの声だった。
「はい」
茂は短く答える。
警官は反応を示さず、ただ無言で状況の観察を続けた。
視線を切り、登録のほうを見る。
別の警官がしゃがみ込み、状態を確認している。
「登録。負傷あり。意識あり」
無線に流れる言葉は、それだけだ。
茂のほうには戻ってこない。
警官の視線が周囲を巡り、公園の端と割れた舗装をなぞり、最後に獣で止まった。
判断がまだ、置かれている顔だった。
「……」
何かを言いかけて、やめる。
今は聞く段階じゃない。
そういう間だった。
警官は無線を切り、
現場を離れずに立ったままになる。
管理は、まだされていない。
茂はそれを理解する、ここは通過点だ。
風が吹き、誰かの携帯が鳴る。
茂は、もう一度だけ現場を見て、視線を切った。
現場は、静かに分割されていった。
人の線。
物の線。
近づいていい場所と、そうでない場所。
警察は指示を出していない。
ただ立ち位置が変わるだけで、空気が整理されていく。
倒れていた二人は、間隔を空けて座らされていた。
一人は壁にもたれ、もう一人は地面に近い位置。
どちらも話していない。
立っていた一人は、その少し外にいる。
肩で息をしているが、足は安定している。
視線は、時々、茂のほうへ流れる。
茂は見ない。
見る必要がない。
警官が無線で短くやり取りをしている。
内容は聞こえない。
名前も出ない。
「救急、向かってます」
それだけが、はっきり届いた。
毛布が掛けられ、水が渡され、処置だけが感情を挟まず進んでいく。
登録かどうかは、まだ口にされない。
だが扱いは、もう分かれていた。
座らされる側。
立たされる側。
茂は、後者だ。
誰も話しかけない。拘束もない。ただ行動だけが見えない線で囲われている。
言葉は出ない。
今は、出せない。
警察の視線があり制度の段階が、まだ浅い。
ここで何か言えば、感情として処理される。
それを、双方が分かっている。
サイレンが遠ざかる。
代わりに、救急の音が近づく。
茂は、一歩だけ下がった。
位置をずらすだけの動き。
誰も止めない。
現場は、まだ茂のものだ。
だが、長くはない。
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