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僕と彼女の猟奇的な日常  作者: nnnkkk


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第3話 欲しい

リサイクルショップの朝は妙に忙しい。


忙しいと言っても客が多いわけじゃない。


品物が変わっただけだ。


平和ならゲーム機、景気が良けりゃブランドバッグ。崩れてきたら防護具と刃物が増える。


棚は嘘をつかない。この店の棚は、町の空気をそのまま写す鏡だ。


駅前の雑居ビル二階。階段を上がると、両開きのガラスドアに「買取」の札が貼ってある。


以前はスマホと腕時計の店だった。


今は防刃ベストがよく動く。


「念のため」の道具は箱単位で消え、ヘルメットは工事用と外出用の二種類に分かれた。


この9ヶ月で冗談と現実の区別が薄くなった。


害獣が出る。警報が鳴る。

外出が減り、物流が滞る。代わりの「生存道具」が棚に並ぶ。


そういう変化が雪のように静かに積もった。


俺はタイムカードを押した。

「おはようございます」


店長は顔を上げずに手だけ振った。


愛想を振りまく余裕すら、世の中の摩耗と一緒に削り取られたのだろう。


午前中、客は少ないくせに落ち着かない時間が続く。


皆、視線が忙しい。

入口と窓の向こうから届く音、その方向を確かめてから外へ出る――それがK市の日常だった。


危険は害獣だけじゃない。

状況が悪ければ、まともな顔をした泥棒も出る。


世界が派手に終わるわけじゃない。


ただみんなの表情が少しずつ擦り切れていくだけだ。


昼前、ガラスドアが軋んだ。


俺は立ち上がる。店長も同じだ。

昼前に入ってくる客は、だいたいが面倒な持ち込みだと相場が決まっている。


入ってきたのは、見覚えのある男だった。


頬に古い裂傷の痕。目つきが悪い。

最近はこういう、表情の作り方を忘れたような顔が増えた。


男は挨拶もなく、作業台に細長いケースを置いた。

釣竿ケースに見えるが、角の補強と留め具の硬さが違う。中身が「高価な製品」である証拠だ。


店長が眉を上げる。

「……釣りでも始めたか」


男は返さず留め具を外した。

カチ、カチと乾いた金属音が響く。


緩衝材の仕切りから現れたのは、二分割された黒いシャフト。

艶のないカーボンコンポジットが光を吸い込んでいる。


刃体が見えた瞬間、店長が顔をしかめた。


「……刃物か」


槍だった。

武器というより、精密機器の佇まい。


男は槍を作業台に寝かせた。

「売りたいんだ。急ぎで」


店長は槍を見ただけで首を振る。

「知らねえ。ていうか関わりたくねえ。高い物は面倒なんだ。うちの店はそれを寝かせておく余裕はねえんだよ」


男は槍を軽く持ち上げ角度を変えた。

俺の目が勝手に細くなる。


鋭利に研ぎ澄まされた切っ先のすぐ後ろ。

テフロンの皮膜を穿つように点穴のような四つの細孔――


「うちは武器屋じゃねえ」


店長が突き放した瞬間、男は槍を作業台に寝かせた。

そのまま、指を離す。


俺の口が勝手に動いた。

シャフトに刻まれた文字が、目に入っていた。


「……Interdiction?」

日本に?


声が漏れた。これを知っている、と言ったのと同じだ。

視線が、店長から俺に移る。


俺は作業台の縁から、そっと持ち上げた。

重心を確かめる。軽い。硬い。

クロスバーの位置がいい。刺して止める。刺して距離を保つ。


合理的すぎて、目眩がする。

必要かどうかじゃない。

こういうのは、触れた瞬間に欲しくなる。

病気だ。


「知ってるの?」

「……名前だけ」

「おい、茂。やめろ」


店長が睨むが、男は俺を見ている。

「君、買う?」

「……買える金額ですか?」

「現金で(百万)


安い。安すぎる。


今のドルなら定価が円で二百八十万、しかも流通が死にかけている今、次があるかわからない。

売り手が今日中に現金を必要としている、事故物件に近い数字だ。


「V-Gelは?」

「無し」


V-Gelはこの槍の「中身」だ。

体内で反応して破壊を起こす膨張反応ジェル。

刃は入口に過ぎない。


一本で一回。

それが無いなら、この槍はただの高いカーボン棒だ。


俺は黙った。

欲しい。


でもV-Gelがないなら意味がない。

意味はない。

それでも、これは欲しい。

他のどれでも代わりにならない。


「店でやるなって言ってるだろ!」


店長が机を軽く叩いた。

男は肩をすくめ、槍をケースに収め始めた。帰り支度が早い。


その時、男が少しだけトーンを変えた。


「……三本だけ付ける」

「え」

「V-Gel。三本だ。いま持ってる分を全部付ける」


一本五万。三本で十五万。

込みで(百万)なら、半値以下。壊れた価格だ。


店長が吐き捨てる。

「………そのうち、この店も武器屋になりそうだな」


男は何も言わず、俺の方へ名刺を差し出した。

坂口。三和通商。

「現金以外は受け付けないから」


それだけ言って、目の前から消えた。


ドアが閉まる音がして、店内に薄い沈黙が戻る。

俺の手の中には番号だけが残った。


百。V-Gel三本。

欲しい。


必要じゃない。でも欲しい。

欲しい物が手に入るかどうかは、結局、金次第だ。


「……面倒だけは持ち込むなよ」


店長が、俺を見ずに言った。

最後までお読みいただきありがとうございます!


本作はすでに最終話まで執筆済みです。

途中で更新停止することは絶対にありませんので、毎日安心してお楽しみいただけます。


「彼らの行く末を見届けたい」と思っていただけましたら、ぜひページ一番下からの【ブックマーク】と【★評価】で応援していただけると、大変励みになります!


明日から21時に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします。

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