第29話 収まる
ホームセンターの袋は軽かった。
中身は軽いのに、選ぶ時間だけが長い。
茂はアパートに戻ると、靴を脱いでそのまま床に置いた。
ユイの気配はない。
音がない部屋は、逆に落ち着く。
テーブルの上に袋を置く。
中から出したのは、日用品の顔をしたものばかりだった。
黒い束――トーマス&ベッツのタイラップ。
銀のロール――ゴリラテープ。
それだけで、現場の匂いがする。
黒いケースを開いた。
槍を引き出す。
分割された継ぎ目で一度止まり、噛み合わせを確かめる。
回す。
締める。
止まる。
金属の感触が、手に残る。
これだけは嘘をつかない。
次に、雷光。
箱から出すと、小ささがいっそう際立った。
小さいのに――持つと重い。
重さが、機械の重さだ。
槍を床に寝かせ、ライトを当てる位置を探った。
先端寄り。
だが、刃先ではない。
塞いだら終わる。
カートリッジを入れる場所。
その邪魔にならないところ。
そこだけは外せない。
ライトを当て、角度を変え、もう一度当てる。
数ミリずらす。
握ったときの指の位置を想像して、さらにずらす。
――ここ。
決めると、すぐテープを引いた。
ゴリラテープ。
粘りが強い。
手に絡む。
一周。
もう一周。
それだけで、ズレが消える。
くっつく音が、部屋に小さく響いた。
次にタイラップ。
トーマス&ベッツ。
指で引いていくと、規則的な歯が噛んで、締まっていく。
戻らない。
締めるほど、戻れなくなる。
一本。
二本。
角度が逃げないように、位置を変えてもう一本。
余った端を切り落とした。
切り口が尖る。
指先で撫でて、引っかかりがないことだけ確認する。
ライトは槍に固定された。
部屋の中で見ると、妙に現実味がなかった。
道具のはずなのに、形だけが戦いに寄っていく。
息を吐き、次を出す。
リモートスイッチ。
エンドキャップについた細いコード。
この一本が、命の順番を変える。
コードを槍に沿わせた。
段のあるあたりに当てる。
長さが足りない。
引っ張られる。
そこではない。
握りの少し前。
前の手の指が届く場所。
だが、それは理想じゃない。
コードが決める。
余らなくて、張りすぎない所。
何度も当て直し、結局、コードの都合で落ち着く場所を選んだ。
握りの少し前。
そこなら届く、引っかからない。
またテープ。
またタイラップ。
スイッチの台座を槍に沿わせて固定する。
コードを数点で押さえ、浮かないように締める。
引っ張ってもズレない。
手を滑らせても引っかからない。
茂は槍を持ち上げた。
重心が移動し、穂先側へわずかな重量が加わった。
悪くない。
握る。
構える。
スイッチの位置に指を置く。
押す。
白い光が、壁を殴った。
一瞬の閃光。
部屋の形が変わる。
消える。
押す。
消える。
押す。
また爆ぜる。
――これなら。
槍を下ろした。
余計な感情は出ない。
ただ、順番が増えただけだ。
折れても終わらない順番が。
黒いケースを開く。
スポンジの匂いが、少しだけ遅れて出てきた。
型抜きのスポンジが下に2層。
上は普通の凹凸スポンジ。
それだけの素材なのに、切り抜いてあるだけで道具になる。
槍を横に置いた。
ライトが付いたままの出っ張り、コード。
スイッチの台座。
そのままでは収まらない。
当たり前だ。
元のケースは、槍だけを入れる形で作られている。
ここに付け足した分だけ、形が変わった。
スポンジを指で押した。
柔らかい。
なのに、芯がある。
カッターを出す。
刃を伸ばす音が、部屋の中で小さく響いた。
まず、ライトの出っ張り。
位置を合わせる。
槍をそっと置いて、スポンジの沈みで当たりを取る。
一度持ち上げる。
うっすら残った跡。
その輪郭だけで、切る場所が分かる。
茂は刃を入れた。
スポンジが裂ける音はしない。
ただ、刃が沈む。
抵抗が、途中でふっと抜ける。
狙うのは真っ直ぐな軌道、必要な深さ、そして角度。
ライトが当たる部分だけ、少し深くする。
押し込まれた時に、テープが剥がれないように。
タイラップが擦れないように。
次に、コード。
コードを指で撫でた。
細い。
細いのに、これが切れたら終わる。
スポンジに浅い溝を作る。
押さえつけない。
逃がす。
溝は細くていい。
ただ、浮かない程度。
曲がり角に角を作らない。
引っかかる部分を残さない。
スイッチの台座の分も、少しだけ削る。
スポンジを抉りすぎない。
抉ればガタが出る。
一度刃を止めた。
スポンジの切れ端を指で摘んで捨てる。
床に黒い粒が落ちる。
もう一度、槍を置く。
沈む。
止まる。
まだ少し浮いている。
フタが閉まらない高さだ。
茂はまた刃を入れた。
数ミリ。
たったそれだけ。
もう一度置く。
沈む。
止まる。
ライトの出っ張りが、スポンジに飲まれる。
コードが溝に収まる。
スイッチが逃げる。
ケースのフタをゆっくり下ろした。
途中で抵抗が来る。
押す。
スポンジが圧縮される。
最後に、閉まる音。
カチ、と小さな金属音。
茂は手を離した。
中の形が変わった。
それだけで、もう違う物になった。
カッターの刃を戻し、道具箱に入れた。
切れ端の粒を手で払う。
それで終わりだった。
作業は、ただ作業のまま。
怖さも、達成感もない。
ただ、収まった。
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