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僕と彼女の猟奇的な日常  作者: nnnkkk


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第27話 二本目

茂はカートリッジを指先で転がした。


軽くはない。金属の芯を感じる確かな重量。

だが問題は質量ではなかった。この一本が持つ意味だけが、物理感覚とは別の重さで指先に張り付く。


命より重い。


納期一週間。


一週間。

一本。


どうする。


金が欲しい。理由は単純なはずだった。


何のため?

家賃?ユイが払う。

食費?ユイが払う。

欲しい物?ユイの金で買える。


――なのに。


金が欲しい。それも、金そのものが欲しい。


金額を見たときの感覚が、妙に鋭い。

まだ二回しか至近で見てないのに、害獣が「値札」に見えかける瞬間がある。

倒せば報奨金になる。数字になれば、世界が少しだけ静かになる。


なぜそこまで拘るのか茂自身、分からない。


別に夢があるわけでもない。

守りたいものがあるわけでもない。

誰かに認められたいとも、たぶん思っていない。


――本当に?


自分で問い返して、答えが出ない。

出ないままでも、手だけは止まらない。


やらないと駄目な気がする。

やらないと、身体が落ち着かない。

ただ生きているだけの状態に、戻れない。


茂はスマホを開き、動画を漁った。

現場の切り抜き。「例外級」「撃破」「回収」

釣りみたいなタイトルが並ぶ。


矢が飛び交う。スリングショットが石を投げる。

距離が詰まらない。誰も近づけない。


止めに入ろうと半歩出た瞬間、別方向から矢が刺さる。

当たっているのは、あの塊だけじゃない。

射線が重なり、空間そのものが危険になっている。


これが、統制の薄い現場の空気だ。

飛び道具が多い場所は、近接が入り込む余地がない。


駅前で茂が槍を刺せたのは、たまたまだ。

距離が潰れて、射線が一瞬だけ途切れた。

そいつの動きと、人の位置と、逃げ場の形が偶然噛んだ。

ただそれだけで、間合いが開いた。


だがそんな事は、常にあるわけじゃない。

ここにはない。


茂はスマホを伏せた。

一瞬、部屋が静かになる。


そして、気づく。


槍しかない。


槍が折れたら終わり。

槍を落としたら終わり。

刺し損ねて、間合いが詰まったら終わり。


「……ないな」


独り言が落ちた。


観測班の装備が頭に浮かぶ。

スプレー。

ライト。

あとは、硬い棒みたいなやつ。

殴るためじゃなく、制圧するための形。


茂は立ち上がった。

部屋にいると、思考が同じところを回る。

回れば回るほど、一本が重くなる。


「……買うか」


槍じゃない。

二本目の手札。折れても終わらないやつ。


茂は上着を取った。

鍵。スマホそして黒いケース。


外は明るい。

通知が鳴っていない時間帯の街は、逆に不気味だった。

何も起きていない、じゃない。

起きても、もう驚かなくなっただけだ。


一番近い店を思い出す、元は釣り道具のチェーン店だった建物。

看板の枠だけ残っている魚のマークを剥がした跡が白い。


今は――害獣のイラスト。


入口の自動ドアが開く冷気と一緒に、ビニールと樹脂の匂いが出てきた。


棚。


壁一面のパッケージ。

スプレー。

ライト。

グローブ。

ゴーグル。

簡易防刃ベスト。




茂は中に入って、まず目線だけで全体をなぞった。

武器屋じゃない。だが、ここにあるのは全部武器の手前だ。


ライトの棚が、壁一面に並んでいた。

黒い筒。

角ばった握り。

マグライト型。

トンファー型。

パッケージの文言だけが変わっている。


茂はトンファー型を一本、手に取った。

重い。

重さが、安心に近い。


だが――すぐに戻した。


殴るための形だ。

殴れる距離に入った時点で、もう遅い。


欲しいのは武器じゃない、害獣の動きを止める道具。

一瞬で距離を作る道具。


棚の上段に、見慣れた企業ロゴがあった。

旭日電装。

車のヘッドライトで名の通った会社だ。


パッケージの質感が、他と違う。

ポリマーと金属の複合材、薄いのに硬い。

電装の会社が本気で作った匂いがする。


製品名。

高照度閃光デバイス――「雷光」


茂は箱の裏を見たスペック表が無駄に細かい。

光束。照射角。耐衝撃。防水。

そして目に刺さる一文。


ランダムパルス、ストロボ周期は不規則。



箱の横に、透明な樹脂ケースが付いていた。

見本機。

盗難防止のワイヤーで棚に固定されている。


茂はケースからそれを抜き、握った。

軽い。

だが握りは落ちないスイッチの位置がいい。片手で迷わず押せる。


試しに押す。


視界が爆ぜた。

旭日電装が誇る「雷光」瞬間最大二万ルーメンの暴力的な白。


網膜に焼き付く連続した閃光は、脳の処理速度を強制的に追い越していく。

点滅の周期が読めない。

慣れようとした瞬間に、次が来る。思考の予測を、光が潰す。


コンパクト。

この明るさのわりに、異様に小さい。


これなら、殴らなくていい。


茂はライトを握り直した。

グリップは滑らない。片手でも落ちない。

スイッチの位置が、戦う手の形で作られている。


先端はギザギザだった。ギアみたいなベゼル。

飾りじゃない。

押し当てれば皮膚を裂く。

運が悪ければ――目に入る。


茂はそこまでを、淡々と確認した。

刺すための道具じゃないが、刺せる形は残してある。


「……いいかも」


短く言って、見本機を戻した。



その横から、影が差した。


「それ、僕の一押しなんです」


振り向くと、店員が立っていた。

制服はあるが、元の釣具チェーンの名残りみたいに簡素だった。

名札の下に「害獣対策アドバイザー」とだけ書いてある。


「旭日電装のフラッグシップですね。雷光」


言い方だけは丁寧だが、声は淡々としている。

売るというより、現場の情報を口にしている感じだった。


「瞬間最大二万ルーメン。ランダムパルス搭載。脳に慣れを作らせないやつです」


茂は返さない、箱の角だけを指で撫でる。


店員は茂が買うか迷うかを見て、続けた。


「ただ、長時間は無理です。熱で落ちます」

「ブーストは一分前後。そこからは自動で下がります」


まるで注意事項というより、現実だった。


「……いくらですか?」


茂が言った。


店員は電卓を指で叩く。


「定価は十二万八千です」

「今、キャンペーンで二割引き。十万二千四百」


数字が、口から出るだけで重かった。


「小さい割に高いですね」


店員が小さく笑う。だが笑いは薄い。


「小さいのに二万ルーメン出すんで、値段もそれなりに」



茂は黙って、箱を持ち上げた。

軽い。

軽いのに、値段が重い。


一秒の視界。

一分の猶予。


それが買えるなら、安い。

……のか?


本日もお読みいただきありがとうございます。


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

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明日も21時に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします。

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