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僕と彼女の猟奇的な日常  作者: nnnkkk


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第26話 足りない

フライパンの音が、一定のリズムで続いていた。

油が跳ね、玉ねぎが焦げる寸前の甘い匂いが部屋に広がる。

換気扇が低く唸っている。


ユイはキッチンに立ったまま、背中だけで料理をしていた。

手際はいい。丁寧というより、無駄がない。

切る。投げる。混ぜる。火力を変える。

客の顔色を見て速度を変えるのと同じだ。


「ねえ、今日さ」


ユイが言う。

返事を待たない。


「野球場の方やばかったらしいよ」


茂はソファに座り、スマホを見ていた。

画面だけが明るい。

親指が、機械みたいに動く。


通知。動画。切り抜き。

現場で撮られた手ブレの映像ほど、価値がある。


【害獣警報 K市】

【例外級】

【ハンター出動】

【撃破】


タイトルが、釣りみたいに並んでいる。

だがコメント欄は釣りじゃない。

怒鳴り声。笑い声。泣き声。罵声。

街が壊れていくとき、言葉は一番早い。


茂は指を止めた。


画面の向こうに、黒い塊が映っていた。

巨大な四つ脚。


大型のレンジに収まる質量じゃない。


狭い道路に車が止められ、規制線の向こうで人が叫んでいる。

街の中心じゃない。野球場の外側、外周道路。

駐車場が広く取られ、視界が抜ける。

規制線を張るには、都合がいい場所だ。


光が走った、乾いた破裂音が、動画越しでも耳に刺さる。


ライフル。

連続。

掃射みたいに、間を詰めて撃っている。


害獣の肩が跳ねた。皮膚が破れて、暗い肉が露出する。

それでも止まらない。

止まらないのに――進めなくなる。


次の瞬間、脚が崩れた。

落ちるというより、土台が抜けたみたいに沈む。

巨体が倒れ、路面が揺れた。


動画の端で誰かが叫んだ。


『やった! ハンター!!』


茂は音量を落とした、興奮の声が、安っぽく聞こえた。


だが、映像は嘘をつかない。

遠い安全圏から、それでいて確実に止めている。


茂はスクロールを止めたまま、もう一度だけ再生した。


銃声の間隔と反動、構えの安定性、弾が当たる位置。


――あれが許される枠。


茂は検索窓を開いた。


K市 猟銃協力隊

ライフル 所持許可

銃 年齢制限

現行制度 銃砲所持許可制度


候補が一気に出た。

行政ページ。PDF。Q&A。

リンクの文字は丁寧すぎて、現実の血に合っていない。


茂は一番上を開いて、必要な行だけ目で抜いた。


要件。

講習。

審査。

保管。

そして――


茂の指が止まった。


「年齢制限」の文字だけが、目に残る。自分の年齢が、まず浮いた。


十九。


画面を閉じる。閉じても、数字は消えない。


ユイが鍋に水を足す音がした。湯気が立ち上り、部屋の匂いがさらに濃くなる。


「ねえ、なに見てんの」


ユイは鍋の蓋をずらしながら言った、声は軽い。

だが料理をする肩が、少しだけ硬い。


茂はスマホを伏せなかった。隠す理由がない。


「……銃」


ユイが一瞬だけ手を止める。


「欲しいの?」


ユイの声は軽い、鍋の火加減を見たまま言った。

興味があるというより、ただ音を返しただけだった。


「……年齢制限あって無理だった」


茂は画面を閉じない、閉じても消えないのはもう知っている。


ユイが、ひと息だけ笑った。


「じゃあ大人になってからだねー」


鍋の蓋が、かちゃ、と鳴る。

湯気が上がって、ユイの横顔が一瞬だけ白く曇った。


「……いらない」


ユイは味見用の小皿を出し、箸で一口すくった。

自分の舌で確認して、少しだけ眉を寄せる。


「……味噌、足りないか」


それだけ言って、また鍋に向き直る。

茂のスマホにも、銃にも、もう興味を戻さなかった。


茂は検索窓を開き直し、別の文字列を打つ。

銃じゃない。

今の自分が使える枠。


ユイの背中越しに、炒め物の音が続く。

生活の音だけが、一定のリズムで鳴っていた。







テーブルの上に、皿が並んだ。

野菜炒め。キャベツと玉ねぎ、もやし。湯気が立っている。

焼いた厚揚げ。

味噌汁の椀。

それと、白い飯。


茂の茶碗だけ、山だった。


ユイは自分の分をよそい終えると、茂の前に皿を置いた。

同じ野菜炒め。

ただし茂の皿には、肉が入っている。

薄切りの豚肉に焦げ目がつき、脂の匂いが立ち上る。


「はい」


短い。

料理を出す動きだけが、慣れている。


茂は箸を取った、いただきますも言わない。

口に運ぶ。


咀嚼。

飲み込む。

次。

淡々と、減っていく。


ユイは向かいに座り、味噌汁をすすった。

目線は皿に落ちている。

だが視界の端で、茂の手が動いているのを見ていた。


早い。

量も多い。


茂の口に入る米の回数が、いつもより多いおかわり前提の速度。


ユイが箸を止めた。


「……なんかさ」


茂は噛んだまま顔を上げない。


「食べる量ふえてない?」


指摘というより、観察。責める温度はない。ただ事実だけ。


茂は一拍置いて、咀嚼を終えた。


「……そう?」


「そうだよ」


ユイは自分の茶碗を見下ろし、茂の山を見た。

また茂が一口、米を入れる。


「前こんな食べなかったじゃん」


茂は箸を止め、少しだけ考えた。言われて初めて考える。


――腹。


減る。

確かに、ここ数日減るのが早い。


今日もそうだ昼を食っても、腹が軽い。気づけば食える。


茂は、自分の腹を内側から見たみたいな感覚になった。

空いている。

胃が鳴く寸前の、嫌な軽さ。


「……腹、減るな」


独り言みたいに言った。


ユイが笑った。


「なにそれ」

「やっと気づいたの?」


笑いは短い。

すぐに味噌汁に戻る。だが、目だけは茂を見ていた。


「バイトいそがしいの?」


ユイの声は軽い。


茂は肉を口に入れた。

脂が舌に残る。旨いというより、必要な感じがする。


「……かも」


「ふーん」


ユイは野菜炒めを一口。

茂の皿の肉にだけ目が行って、すぐ逸らす。


「太ったらやだな」


そう言って、米を食べた。

自分の分を。


茂は返事をしない。

米を掻き込む。山が少しずつ削れていく。


腹は満たされるのに、まだどこか足りない。

底があるのに、届かない。


茂はふと思った。


あの頃、腹が減ること自体が面倒だった。

食うのは生存でしかなかった。


今は違う。

減る。

足りない。

補わないと、身体が落ち着かない。


湯気の向こうで、ユイが箸を置いた。


「……足りる?それ」


茂は茶碗の山を見て、黙って頷いた。

頷いたが、腹の奥はまだ静まらなかった。

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