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僕と彼女の猟奇的な日常  作者: nnnkkk


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26/28

第25話 残り一本 

※本話はR15に調整しています。R18版はミッドナイトノベルズに掲載しています。


【R18】僕と彼女の猟奇的な日常 R18


https://novel18.syosetu.com/n6453lw/


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




残り一本。

それは「あと一回」じゃない。

次を外せば死ぬ、という回数だ。


茂はカートリッジを指で転がした。

軽い。

軽いのに、命より重い。


納期一週間。


一週間。

一本。どうする?


ドアの鍵が回る音。


茂は顔を上げない。

ユイの足音が入ってくる。硬い音が響いた。


「ただいまー」


言い方だけは軽い。

だが玄関で靴を脱ぐ音が、乱暴だった。


ユイが部屋に入ってくる。

薄いトップスの上に、外の匂いを纏ったまま。髪は少しだけ乱れている。巻いた毛先が肩に触れて、ほどけかけている。


「……あー、マジで今日、最悪」


茂は返さない。

ユイは勝手に続ける。


「ちょーロングの客」

「あの、ガチで無理なやつ」

「べろべろ顔舐めてくるの」

「臭い唾液飲まさせるし、違う所におもちゃ入れてくるし」

「挙句の果てに……3回出したいとか言うし!」

「舐めてくれたら立つからって!」

「自分で広げてこっち向けてくるし!」

「ろくに立ちもしないくせに!」

「カチカチにしてからほざけよ!」


ユイは冷蔵庫を開け、勢い良く閉めた。

数歩でソファーにいる茂の肩口に凭れる。肩に顎を乗せる。

体温がじかに刺さる。


「ねえ」


茂の手元を覗き込む。スマホ。ケース。カートリッジ。

ユイはそれを見ても表情を変えない。


「なにそれ」


ユイはそう言いながら、興味がある顔はしない。

代わりに、抱きつく力が少しだけ強くなる。


「今日さ」


ユイが茂の耳元で言う。

吐息が当たる。甘い匂いが近い。あのボトルの匂い。


「めっちゃ疲れた。

帰ってきた瞬間、なんか……茂の顔見たら、安心してさ」


茂は動かない。

ユイの腕が、胸の前で絡む。細い指がシャツの裾を探ってくる。


「ちょっとだけにならないかもだけど」


声が甘い。甘いが、媚びてはいない。

それは「客」には決して見せない、要求の形をした切実な命令だった。

今日一日の汚れを、茂の体温で、その感触で押し流してしまいたいという、彼女なりの生き方。


「……こっち向いて」


茂はカートリッジをテーブルに置いた。


その瞬間、ユイが笑った。


「真面目な顔もすきだよ」


ユイは茂の肩を押して、顔をこちらに向けさせた。

目が合う。

彼女の瞳は強い。極限まで疲弊しているはずなのに、捕食者のような光を失っていない。


「……今は、私」


ユイが言った。


そのまま、茂の視界が少しだけ揺れた。

肩を押され、上体が背もたれから離れる。

空気が変わる。部屋の温度じゃない。ユイが近づくことで、温度の差が消えていく。


茂はソファに寝転んだまま、動かない。

視線だけが、どこにも焦点を結ばないまま止まっている。

だが頭の中では、カートリッジが勝手に整列していた。

指の腹に残る金属の冷たさ。


「……目、真剣」


ユイの声は短い。

それだけで十分だった。

疲れ切った帰宅の匂いと、甘いボトルの匂いが混ざる。


茂は小さく頷いた。

言葉を返すより早い。


ユイはそれを許可と受け取り、視線をゆっくり下へ落とす。


衣擦れ。

ベルトの金具が触れ合う軽い音。


湿度がわずかに変わる。

近づく気配。


ユイの呼吸は荒くない。ただ、どこか急いている。今日一日でまとわりついた何かを、早く剥がしてしまいたいような速度。


茂は無意識に手を伸ばし、ユイの髪に触れた。


だが思考だけは、別の場所に残っている。


――効率。


報奨金は「運」じゃない。

構造だ。

どこで、何を、どう落とすか。

それだけで、同じ一体でも値札が変わる。


小型。中型。大型。大型上位。

まずサイズ分類。


特種指定。

あれは別枠。

当たり外れみたいに混ざる。


小型は手軽だが、割に合わない。

中型は数が多いが、取り合いになる。

大型は手応えがある。だが事故が増える。

大型上位から先は、もう現場が違う。

腕だけじゃなく、情報と場所がいる。


水音が続く。

ユイの喉が小さく鳴り、息を整える間が入る。

茂の体は反応しているが、表情は変わらない。


――市街地補正。


同じ400kgでも、畑なら安い。

住宅地は乗る。

駅前は大きい。

だがそこはうまいだけじゃない。

見られる。残る。混ざる。引かれる。面倒が増える。


茂は目線だけを上げ、天井の角を見る。

頭の中に地図が出る。K市。

線路沿い。ロータリー。幹線道路。団地の外周。工場地帯の縁。橋の下。


おいしいのは、駅前じゃない。


あそこは値札が派手なだけだ。

あれは人と面倒が集まる。

配分が割れる。手続きが重くなる。

時間を取られる。帰れなくなる。


――狙うなら。


住宅密度が高いのに、視界が抜ける場所。

人の導線が減っていて、警察の規制線が張りやすい場所。

つまり、中心の外側。

ロータリーから一段外れた交差点。

団地の駐車場。

ショッピングモール跡の広い平面。

ここなら補正は取れるのに、混戦は避けられる。


喉の奥で、ユイが笑ったような息を出した。

それは機嫌じゃない。安心だ。

茂の体温を確かめている。


茂はスマホを取ろうとして、やめた。

今それをやったら、ユイが壊れる。

ユイは今が欲しいだけだ。今日を洗い流したいだけだ。


茂は指を開き、ソファーの背もたれを撫でた。

その指先で、数字を数える。


――ベース。補正。控除。確定遅れ。回収手数料。


市街地補正が入っても、横取りされたら目減り。

回収を呼んだ瞬間、人が寄ってくるかもしれない。

危険区域指定が入ったら、フリーは弾かれる。

入れたら入れたで、証拠が弱いと配分で削られる。


なのに。


人は街の中心に集まる。

値札がでかいから。

派手だから。

危ないから。


――馬鹿。


茂は内心で吐き捨てて、呼吸を落とす。

そして気付く。

いま、自分の体は別の意味で息が上がっている。


ユイが、一度だけ顔を上げた。

視線が合わない位置から、茂を見上げる。

瞳が強い。まだ光っている。


まるで確認みたいに、ユイが小さく頷いた。

「いい」

そう言っているように見えた。


茂は目を閉じる。

今日の計算を、明日の手順に落とし込む。


――狙い目は、中心じゃない。

それの外側。

補正が取れるのに、現場が割れない場所。


水音が、わずかに変わる。


ユイの呼吸が熱を帯び、距離が近づく気配が濃くなる。

茂の身体が反応し、腰がわずかに浮いた。


その瞬間だけ、思考が途切れる。


ユイの指が、茂の腰骨を掴む。

逃がさない、という意味の力。


止まらない。


近くで繰り返される感触が、確かめるように続く。

触れられるたび、腹の奥が勝手に応じた。


茂は目を閉じた。

考えていたはずの数字が、一瞬だけ霧散する。


茂は低く息を吐いた。

声にならない音が漏れる。

それを聞いて、ユイが満足そうに笑った。


――仕事。金。通知。回収。

そんなものは、いまは少しだけ遠い。


茂は、天井を見たまま、黙って寝転んでいた

本日もお読みいただきありがとうございます。


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

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明日も21時に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします。

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