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僕と彼女の猟奇的な日常  作者: nnnkkk


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第1話 名前

最初は動物だった。


そう呼ぶのが一番早い。

誰かがそう言うと、全員がそれに乗れる。

だから最初の動画のコメント欄は、動物で埋まった。


「熊」

「鹿だろ」

「猿じゃね?」

「ゴリラみたいだった」

「猪だって」

「犬」

「いや角あった」

「二足で立ったの見えた」


言葉だけが増える。

映像は短く、距離がありブレている。

誰も確かめに行けない。


駅前には、倒れた人間と血と、距離を取る声だけがあった。

次の動画は高速道路だった。

止まった車列の間を、黒い四つ脚が走る。

次は住宅地の公園。次は線路脇。次は工業地帯の裏。

港の倉庫街。

河川敷。


それでも人は動物と呼び続けた。


次の動画が来る。


種類が違う。

動きが違う。

大きさが違う。

角があるものもいる。前脚が妙に長いものもいる。群れで走るものもいる。

同じ「動物」という箱に放り込めるほど、同じじゃない。


しかも、出る場所が読めない。

山でもない。

川でもない。

住宅地でも駅前でも、関係なく出る。


混ざっていく映像の中に、別の国の画面が入り始める。

言語が違う。道路標識が違う。建物の形が違う。

でも、路肩を横切る黒い影は同じだった。


「海外でも出てる」


誰かが拾って拡散する。次の誰かが翻訳する。


昼になる前に、もう「どこで起きたか」を追えなくなった。

同時に起きすぎた。


通報が増える。救急要請が増える。警察無線が埋まる。

それでも社会はいつも通りの顔をしようとして、いつも通りの時間に出勤しようとして――途中で折れた。


駅が止まった、人が道路に溢れた。

救急車が動けなくなった。


救急車は走った。

ただ、渋滞を抜けられない車も多かった。

搬送先が見つからず、無線だけが長くなる。


昼過ぎ、会見が開かれた。


首相の顔は固く、官房長官の声は乾いている。

質問が飛び、記者は叫んだ。

だが答えは増えなかった。


――現在、確認中です。

――関係機関と連携し、調査中です。

――危険な動物の目撃情報があるため、不要不急の外出は控えてください。


政府は断定しない。


その日の終わりにはもう分かってしまう。

動物という言葉は、現実逃避に近い整理だった。

最初に壊れたのは、その思い込みだった。


侵入経路が分からない。


映像はある。痕跡もある。死体もある。

だが「出てきた瞬間」だけが、どこにもない。

監視カメラの死角でも、偶然でも済まない量になった。


どこから来たのか分からない。

ただ現れる。減らない。


どこかから出てくるのに、出入り口だけが映らない。


それを人はゲートと呼び始めた。


ゲートは見えない。検知できない。固定でもない。

塞げない。警戒もできない。


警戒できないから、警報はいつも遅れた。


――大型害獣の出現が確認されました。付近の住民は屋内退避してください。


通知はあとに来る。

誰かが襲われ、誰かが通報した後で初めて鳴る。

人はそれを、遅い通知だと笑った。


政府もまた、言葉を必要とした。


正体不明の生物、と書けば社会が割れる。

怪物と呼べば、止まるものが増える。

だから国は理解できる囲いを作った。


害獣。


熊と同じ枠。

イノシシや鹿と同じ枠。

法律が扱えるのは、その程度の名前だけだった。


行政文書には書かれる。


大型害獣。

危険。

接近禁止。

夜間外出を控えること。


ゲートから出た獣は、害獣にされた。


その瞬間から、死は災害ではなく、帳簿の上では事故に並べられた。


また警報が鳴る。

また一つ、地図に危険区域が増える。


人間はまだ平常のふりを続けている。


コンビニは開けた。レジは動いた。パンは並べ直され、値札が貼り替えられる。


会社は出社を求めた。学校は登校をやめきれなかった。定刻に電車が来ないだけで、人は苛立ち、怒鳴り、舌打ちをした。まだ「いつも通り」に戻せると信じていた。


スマホは震える。

害獣警報に目撃通知と注意喚起。

指が画面を滑り、読まずに閉じる人間が増える。


交差点で誰かが言う。

「昨日も出たらしい」

「どこで?」

「知らん」


危険区域の地図だけが増えていく。塗られた色が、街を食う。なのに、朝は来る。腹は減る。仕事の通知も来る。


平常のふりは、勇気じゃない。ただの癖だ。

癖で社会をつなぎ止めている間に、街のどこかでまた一つ、黒い影が走っていた。

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