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僕と彼女の猟奇的な日常  作者: nnnkkk


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18/29

第17話 下手な戦争

検索欄にカーソルを置いたまま、茂は一拍だけ動きを止めた。


制度は分かった。

金の道筋も分かった。

だが紙の上の話だ。


問題は現実だ。


いまどれだけ死んでいる。

いまどれだけ壊れている。

いま、どれだけの人間が駆除をしていて――その大半がどれだけ素人か。


茂はキーボードを叩いた。


K市 害獣警報 件数

K市 特定外来害獣 被害

駆除従事者 人数


候補が出る。

行政ページ。統計PDF。ニュース。SNSのまとめ。動画。


茂はSNSを先に開いた。

役所の数字より、人間の声のほうが速い。


画面に投稿が縦に流れる。


『また出た。今朝5時、駅の裏。犬じゃなくてでかいの。』

『通知鳴って起きた。うちの地区今月何回目だよ。』

『回収来ねえ。臭い。子どもが吐いた。』

『駆除屋きたけどボウガン外してた。あれで当てれるわけねえ。』

『スリングショットで目狙ってたバカがガラス割って逃げた』

『矢が刺さったまま走り回ってて草じゃねえ』

『草じゃねえよ死ぬわ』


茂は表情を動かさずに読み続けた。


――下手。


外す。

当たらない。

当たっても止まらない。


SNSは現実を飾らない。

正確でもない。

だが傾向だけは嘘をつかない。


茂は検索窓に戻って、次の単語を打った。


ボウガン 命中率

市街地 駆除 飛び道具


動画サイトのリンクが上に来た。

「繁華街の駆除」「害獣」――サムネがどれも似ている。

画面の中心に、矢。弾。石。


そして、遠くから叫ぶ人間。


茂は一つ開いた。


画面の中で獣が走っている。

人間は距離を取っている。

近づけないからだ。

だから矢が飛ぶ。


矢が刺さる。

浅い。

獣が振り払う。走り続ける。

次の矢が遅れて刺さる。

さらに遅れて石が当たる。


獣は止まらない。


コメント欄が荒れている。


『近づけよww』

『無理だろ死ぬわ』

『ボウガン弱すぎ』

『弱いんじゃなくて当てれてない』

『結局近接が正解なんだよな』

『槍のやついたら勝ってた』

『登録駆除屋は銃持ってるから余裕』

『銃は無理 まだ法が追いついてない』

『免許組だけ別ゲー』


茂は「免許組」の文字で指を止めた。


――許可持ち。


害獣が出る前から持っていた連中。

害獣が出てから申請を通した少数派。

呼び方は雑でも、指しているものは一つだ。


銃を持てる人間。


銃はまだ広がっていない。

広がっていないのに、現場にはもういる。


数が少ないから目立つ。

撃てるというだけで、戦い方が変わる。


だから、現場の主役は飛び道具になる。

遠くから撃つ。投げる。刺す。

(ボウガン、スリングショット、投擲具――そういう類だ。)


下手でもそれしかない。


茂は画面を閉じずに、メモ帳に短く書いた。


飛び道具=素人が触れる

近接=死ぬか勝つか

銃=許可持ちだけ


指が止まる。


――登録駆除屋は、どこまで現場にいる?


数字が欲しかった。

SNSじゃなく、行政の数字。


茂はタブを切り替えた。

役所の統計PDFを開くために。


役所のPDFは、開くまでが長かった。


画面の中央で丸い読み込みが回り続け、茂は椅子に深く座り直す。

古いパソコンは、焦らされるのがデフォルトだ。


ようやく白い画面が出た。


[K市 特定外来害獣対応状況 月次報告(9月)]

[※市内配布資料/一般公開版]


茂は一番上の日付を見た。


――今月。


スクロールすると、いきなり表が出てくる。

数字が並んでいる。言い訳も感情もない。

数字だけが、街の傷を露出させる。


[害獣警報(通知)発令件数]

市内合計:4,238件

(前月比:+9.2%)


次。


[駆除成立(市内)]

駆除成立件数:1,476件

(駆除成立率:34.8%/通知件数4,238件に対する比率)

※駆除成立率は、現場照合の成立確認(現認または回収工程照合)により確定した件数を基準とする


次。


[目撃→通報→一次対応]

平均初動:18分

平均収束:62分

回収完了まで:平均11時間(中央値)


――十一時間。


駅前に転がった死体が、夕方まで残る計算。

それでも「中央値」だ。遅い方はもっと遅い。


さらに下へ。


太字の見出しが目に刺さった。


[人的被害(市内)]

死亡:62名

(一般市民 49/登録駆除従事者 7/未登録 4/警察 2)

重傷:168名

軽傷:742名

※死亡には直接致死のほか、逃走時の圧死・転落・二次事故を含む

※警察官の死亡には害獣による直接致死のほか、封鎖・誘導・規制業務中の交通事故、群衆事故、二次災害を含む


茂は、しばらくスクロールを止めた。


六十二。


数字に顔はない。

だが内訳がある。


登録が七。

フリーが四。

警察が二。


――守られている側も死ぬ。


制度の内側にいても、外側にいても、

死ぬ時は同じだ。


次。


[負傷要因(重傷・軽傷含む)]

・害獣による直接負傷:316

・逃走時の転倒・圧迫:219

・誤射(弓弩・投射具・銃器等):87

・器物破損・二次事故:288

・その他:0

・不明/調査中:0


誤射が八十七。


茂は無意識に舌を打った。

外れた矢も、外れた弾も、街の中では同じだ。

当たるのは獣だけじゃない。


[器物破損]

ガラス破損:412件

車両損傷:189件

店舗破損:41件


割れたガラスの数が、街の疲労を見える形にしている。

危険なものが街に増えるほど、街は壊れる。


ページを進めると、太字が出てきた。


[対応主体別(一次対応/駆除成立)]


茂はそこで呼吸を浅くした。


――駆除屋だけじゃない。


表は二段に分かれていた。

現場の役割が違うからだ。


[一次対応(封鎖・誘導・現場安全確保)]

・警察:55%

・登録駆除従事者:20%

・センター直轄(照合班):10%

・自衛隊:5%

・民間・未登録:10%


[駆除成立(最終関与)]

・登録駆除従事者:44%

・未登録:26%

・猟友会員・非加盟猟師:14%

・警察(害獣対応班):9%

・自衛隊(対応部隊):7%


茂は、一次対応のほうを見て頷いた。


警察が多い。

だが「六割超」じゃない。

崩れてる街じゃ、人間を囲う側も足りない。


それでも、まずは線を引く。

避難させる。

それがなければ、獣を倒す以前に事故で人が死ぬ。


駆除成立のほうを見て、さらに納得した。


倒すのは駆除屋。

だがフリーが混ざっている。

制度の外にいるくせに、四分の一以上。


――現場は、制度だけじゃ回らない。


次の太字。


[駆除従事者の稼働状況]


茂は指先を止めた。


[登録駆除従事者《公認駆除屋》]

登録者数:1,086名

当月稼働者:642名

平均出動回数:27.3回/月

出動義務未達成(警告):113名


千人。

だが動いているのは六百。


義務があっても、動かない奴はいる。

守られる代わりに縛られる。

縛られて、擦り減る。


次。


[未登録駆除従事者フリー]

推定関与者数:不明

当月回収案件のうち未登録由来:37%

※推定根拠:回収ログ・目撃証言・命中痕解析


不明。当然だ――名簿も首輪もない。


そして、ページの下に小さく書かれていた。


[※未登録案件は指定回収事業者による回収・処理および精算対象となる]

[※未登録者は直接申請不可]


茂は「精算対象」という字面にだけ、薄く笑った。


対象。

人間じゃなく、死体のほうが先に制度に入る。


申請じゃない。

売るんだ。

死体を丸ごと渡して、金に換える。


次の表。

[兵装別 駆除・排除実績ログ(2026年度・K市暫定統計)]


車両(押し込み・轢き):30%

ボウガン・クロスボウ:27%

公権力供給兵装(警察・自衛隊):17%

銃器(従来制度の許可所持者):11%

罠・固定設備(落下・ワイヤ・電柵等):8%

その他(投擲・スリングショット等):4%

近接武器(刀剣・槍・鈍器):3%


※複合手段の場合、統計上の分類は「主因となった排除手段(致死または決定的無力化)」により単一カテゴリへ計上する(重複計上は行わない)


茂は「罠・固定設備」の行で、視線を止めた。


8。

思ったより多い。


落下。ワイヤ。電柵。

人が「近づけない」状況で、街が勝手に生き延びようとした痕跡。


茂は「その他」を見て、無意識に自分の右手を見た。

昨日、槍を握っていた指。


異物だ。

この街の多数派じゃない。


多くはない。

だが確実に存在している。


ページの最後に、短い文章があった。


[補足:銃器について]

[銃砲所持許可制度(従来制度)は継続運用される]

[従来制度に基づき、既存許可者の所持・更新・運用は継続可能]

[従来制度に基づく新規の所持許可申請も可能]

[ただし市街地等の生活圏における発砲は、自治体の緊急対応手続および警察との現場調整(避難誘導・通行規制等)を要する]

[害獣対応における銃器運用の制度化(講習・弾薬統制・安全装置等)は別制度として準備中]


茂はそれを読み終えてから、ゆっくり息を吐いた。


銃は「害獣対応用に解禁」されてはいない。

だが従来制度の許可枠の中では、最初から存在している。


申請すれば、取れる。――時間はかかる。


だが現場は別だ。

市街地で撃つには手続きが要る。

避難誘導、通行規制、射線の確保。

銃は自由に振り回せる道具じゃない。


だから広がらない。

広がらないのに、既にいる。


免許持ちの持ち込み。

それと、公権力の装備。


結果、主流は飛び道具になる。

矢。石。鉄球。

遠くから当てて、止めるやつだ。


近づける人間が少ない。

近づきたい人間は、もっと少ない。


茂はメモ帳を開き、短く書いた。


槍は少数派

だから勝てる


文字を書いた瞬間、頭の中の現実が少しだけ整った。


茂はタブを閉じなかった。

次に見るべきものは、もう決まっていた。


――基準単価(未登録単価)の表。

――登録単価の表。


差は、数字で確認する。

本日もお読みいただきありがとうございます。


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明日も21時に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします。

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