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僕と彼女の猟奇的な日常  作者: nnnkkk


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第14話 パージ


玄関の灯りを点けても部屋はまだ暗かった。



スマホの画面はもう消えている。

それでも網膜には、数字だけが残っていた。


八十万から手数料が引かれ、残るのは五十五万。


ユイの靴はない。


その事実が安心ではなく空白として落ちてきた。

誰にも見られない、自分だけの空白。

喉が渇いている。水を飲んでも、胃の腑にまで達しないような感覚。


腹の底がまだ熱い。

駅前で槍を叩き込み、肉が爆破した瞬間の感触とは別の、もっと濁った熱が皮膚の内側からせり上がってくる。

シャワーを浴びれば落ちる。

そう信じて服を脱ぎ捨てて浴室へ入った。白いタイルが眩しい。


蛇口を捻るとぬるい水が肩を叩いた。

背中を流れて床に落ちる。

排水の音だけが唯一の正しい物理現象として響く。


茂は目を閉じた。


だが、落ちない。


数字も。


匂いも。


熱も。


理屈ではない場所で、身体だけが勝手に反応を続けている。

抑えようとするほど、逆に締め付けがきつくなる。

息が浅くなり、胸の奥が焼ける。


茂は壁に片手をついた。視線を落とし、短く舌打ちする。

――収まらない。


濡れた手を伸ばす。


浴室に呼吸の音だけが増えていく。

シャワーの水音に紛らせるように、同じ動きを繰り返す。


湯気が視界を白く曇らせる。

耳に届くのは、自分の荒い息だけ。


シャワーの水音の中で、茂は浴室に立ったまま止まれなくなっていた。


不意に、洗面所の引き戸が開く音がした。

ユイが帰ってきた。

ポーチのジッパーが走り、スマホが洗面台に置かれる乾いた音が薄い扉越しに届く。


次の瞬間浴室の戸が躊躇なく開いた。


ユイがそこに立っていた。


覗き込むというより、ただ生活の動線上で当たり前に開けただけの様な顔。

茂は動きを止めようとしたが、身体が言うことを聞かない。

射精に向かう反射が、自意識よりも先に暴走していた。


顔から火が出るような熱が上がる。

ユイは立ち尽くす茂の「状況」を一瞬で把握し、仕事終わりの少し疲れた目を細めた。


「………また?」


茂は何も言えない。返事の代わりに、喉がひくついた。

ユイは軽く笑った。嘲りではない、あまりに無機質で、日常的な笑いだ。


「――元気すぎ」


それから、面倒そうな素振りも見せず、まるで店でのルーチンをこなすような淡々とした口調で、こう続けた。


「手、止まんないなら――私がやろっか?」


声は軽かった。だが、その響きの下には、仕事帰りの疲労と、それ以上に茂の「異変」を察知したユイの直感が混じっていた。


茂は息を呑んだ。顔が熱くて、視線を上げられない。

「……ごめん」


やっと出たのは、情けないほどか細い謝罪だった。


「なにに?」


ユイは短く笑った


彼女は茂の目の前で、シャツのボタンを上から順に外していく。薄い生地が床に落ち、湯気の向こうに白い肩が現れた。


続いてタイトなスカートのジッパーを下ろす。腰を揺らして布を脱ぎ捨てると、黒いレースだけが残る。


ユイはためらいなく最後の布も外した。


湯気の中に立つ彼女の肌を、シャワーのぬるい水が静かに伝う。白さが、さらに際立つ。


茂の横に立ち、視線が一度だけ絡む。


強い目だ。眠そうに見えるのに、茂の内側の熱を正確に測っている。


「………ほんとに、子どもみたい」


ユイは茂の頬に触れ、濡れた髪を払う。

そのまま肩から胸へ、ゆっくりとなぞった。


腹を過ぎ、指が止まる。


硬い。

力を込めているわけではないのに、逃げ場のない張り。


奥から伝わる体温。


「……熱い」


確かめるように、もう一度触れる。


「大丈夫」


ユイは背中から腕を回し、その強張りをほどくように抱き寄せた。


「こっち向いて。そんなに恥ずかしがらなくていいよ」


その言葉が、茂の内側を揺らす。


ユイの指は迷いなく、正確だった。


茂は壁に頭を預け、低く息を吐く。


駅前で引いたトリガの衝撃が、脳裏をかすめる。

肉を断ち、崩れ落ちた重み。

その残像が、今の柔らかな感触と交錯する。


「……っ」


背が反り、肺の奥の空気が一気に抜けた。


身体に溜まっていた熱が、ようやく外へ逃げる。


快楽というより、過剰な熱の解放だった。


終わったあと、茂は力なく膝をつきかけたが、ユイがその肩をしっかりと支えていた。

ユイは何も言わず、シャワーを弱めた。それから、茂の背中を優しく撫でる。


「……よし。落ち着いた?」


茂は頷くことしかできなかった。身体を支配していたあの不気味な熱は、静かな余熱へと変わっていた。


ユイは浴室を出る間際、びしょ濡れになった髪をかき上げ、笑い混じりに言った。


「出てきたら、髪拭いてあげる。風邪ひくよ」

本日もお読みいただきありがとうございます。


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、

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明日も21時に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします。

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