第13話 処理
駅前広場の熱が、ようやく手順に押し流され始めていた。
倒れた獣は動かない。
だが人間はまだ動いている。
呻きと泣き声、怒鳴り声が飛び交い、誰かが必死に探し回っている。
駅員が誘導灯で導線を作り、動ける者を駅構内へ流していた。
床に座らされた負傷者の横には、上着やタオルが積まれている。
止血と圧迫と固定。
救急が来るまで――来れば、という前提の応急処置。
警察官は広場の端で端末を操作していた。
口調は丁寧だが、言葉は短い。
現場を片付ける言葉だけが出ていく。
茂はただ立っていた。
槍は下げている。刃先は地面へ向けたまま。
それでも手が離れない。
離した瞬間に、さっきの現実が自分の中へ落ちてきそうだった。
救急車のサイレンが、ようやく近づいてくる。
人の波が割れ、赤色灯が駅前に止まった。
担架が出る。
救急隊員の声が飛ぶ。
「意識ある?」
「呼吸見える?」
泣き声と怒鳴り声が入り混じり、駅前の空気がまた震えた。
茂は視線を逸らした。
しばらくして広場の外から別のエンジン音が入ってきた。
重いディーゼルの音。
小型クレーン付きのユニック車が、ゆっくりと歩道側へ寄せて停まった。
後ろにハイエースが続く。
車体の側面には、真新しい黒文字。
[K市環境回収サービス株式会社]
作業員が二人降りてきた。
反射材の入った作業服。厚手の手袋。ヘルメット。
顔は疲れているのに、動きだけが慣れている。
その後ろからも、もう一人降りてきた。
警察官の一人が手を挙げ、先に近づいた。
「お疲れさまです。回収、お願いします」
作業員が頷く。
「はい。……繁華街で大型は珍しいですね」
倒れた獣を見て言った。
驚きはない。確認だけだ。
後から来た男が、淡々と名乗った。
「お疲れ様です。アジャスターの村上です。現場の貢献割合を確定します」
声に気合いはない。
ただ手順だけが入っている声だった。
男は端末を起動した。
画面の上に、撮影用の枠が出る。
「位置ログ取ります。周辺は触らないでください」
命令じゃない。手順の説明。
倒れた獣を撮る。位置と角度、損傷。
腹部の異常な崩れ。
皮膚の裂け目。
血の溜まり方。
そして肩口に残った矢。
「……矢、刺さってますね」
男が言った。
責める声ではない。事実確認の声。
「跳弾痕もある。器物破損も複数……」
淡々と、続けた。
「現場映像は、駅と周辺の防犯カメラ、それと――」
警察官が短く答える。
「こちらでも把握しています。誤射の関係者は確保します」
村上は端末を忙しなく操作しながら言った。
「今日は、ここで……七件目です」
忙しさの尺度としての数字。
それがこの街の平常だった。
村上の視線が一度だけ茂へ流れる。
槍で止まった。
わずかに目が細くなる。
理解ではない。違和感を見る目。
次に、顔を見る。
「……所持の許可、出てます?」
警察官が答える。
「照会済みです。本人確認も取れてます」
男は頷き、茂へ向き直った。
「じゃあ回収進めます。少し下がってもらえますか」
茂は頷こうとして、遅れた。
首が動かない。
返事の代わりに一歩下がり、握っていた指をほどいた。
ユニックのアウトリガーが降ろされ、地面が少し鳴った。
クレーンのワイヤーが伸びる。
ワイヤーが張られ、肉塊が少しだけ浮いた。
ユニックのブームがわずかに振れ、獣はゆっくりと荷台へ寄せられた。
金属に触れた鈍い音が、駅前に落ちる。
固定具が締められていく。
乾いた音が一定のリズムで続き、現場が「終わる方向」に動き出す。
村上が端末を片手に近づいてきた。
「連絡先、お願いします」
「はい」
茂は端末を受け取った。
画面の光が目に刺さる。
電話番号。
名前。
打ち込むたび、キーが妙に重い。
男は入力を確認して、淡々と言った。
「未登録の方は、精算は弊社経由になります。割合は貢献判定が確定してからです」
「今回は映像が多いんで、AIで同期かけてます。割合はすぐ出ます」
すぐ出ます。
その一言が、妙に現実だった。
男は続ける。
「額が確定したら通知がいきます」
「二次被害があるので、市街地補正は現場では確定しません」
茂は頷いた。
理解したというより、そうするしかない。
男が最後に確認する。
「振込で大丈夫ですか」
茂は一拍遅れて、また頷いた。
「……はい」
男はすぐ作業へ戻った。
用が済んだ、という動きだった。
警察官が茂へ向き直った。
声は丁寧で、必要な言葉だけを選ぶ。
「ありがとうございました……ここからは離れて大丈夫です」
茂は槍を下げたまま歩き出そうとして、足が一瞬だけ遅れた。
駅前にはまだ血の匂いが残っている。
それでも人の波は、少しずつ戻り始めていた。
駅前を離れてからの道は、妙に長かった。
槍はケースに戻しているのに、右手だけがまだ握ったままの形をしている。
指を開こうとしても、開ききらない。
帰り道のコンビニの灯りがやけに白い。
棚の前で人が弁当を迷っている。
誰かがレジで小銭を落として笑っている。
その普通が目に入るたび、さっきの現実だけが遠ざかっていく気がした。
アパートの階段を上がり、鍵を回す。
扉の向こうは暗い。
ユイはまだ帰っていない。
玄関で靴を脱ぎ、ケースを壁に立てた。
ぶつかって小さく鳴る。
その音で、ようやく息が戻った。
胃の奥の空気が抜けて、代わりに渇きが落ちてくる。
スマホが震えた。通知はメール。
差出人:K市環境回収サービス株式会社
件名:【回収精算】買取金額(暫定)のご連絡
本文は短かった。
丁寧な言葉より先に、数字が出てくる。
対象:特大型《400kg級》
駆除報奨金総額:¥800,000(暫定)
(ベース¥300,000+市街地補正¥500,000 ※暫定)
回収・運搬・衛生処理・行政連携手数料:▲¥180,000(見込)
※本案件は複数関与・市街地案件のため、貢献判定確定後に精算額が確定します。
※本案件は複数関与・未登録案件のため、回収・処理費用(控除)は未登録の関与者に按分されます。
※最終成立は、現場照合班の承認後、
K市特定外来害獣管理システムを通じて別途通知されます。
茂は画面を見たまま動けなかった。
喉が乾き、唾を飲む音だけが部屋に落ちる。
数字が示しているのは、さっき自分が刺したものの重さだった。
駅前は終わった。
終わったことにされた。
金も、同じように処理されて届いた。
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