第9話 承認
点滅していた『審査中』の文字が不意に消えた。
画面が一度だけ白く明滅し次の瞬間、冷徹なまでの緑色が横に伸びる。
『承認』
茂は瞬きをせずその二文字を凝視した。画面右上にシステム通知が並ぶ。
『登録完了』
『照会連携:個人番号』
『許可番号発行』
表示された許可番号は、視認性を拒絶する長さだった。
茂にとって番号そのものは飾りだ。この世界で生き残るのは、中央サーバーでの照会が一致するデータだけだ。
茂はメールソフトを更新した。一拍の遅延。
受信箱に滑り込んできた一件の通知。
件名:『特定害獣駆除用具 登録許可通知』
添付されたPDFを開くと、無機質なフォーマットの中に許可番号と登録内容が記されていた。
そして、最も重要な一文に視線を落とす。
『本許可は個人番号による照会で有効性が確認されます』
茂はそこで初めて、肺に溜まっていた熱い空気を吐き出した。
紙は要る。
けれど、紙はもはや証明ではない。
真の証明は、向こう側のデータにのみ集約されている。
静かに、印刷ボタンを押した。
プリンターが乾いた音を立てて、一枚のA4用紙を排紙トレイに滑り込ませた。
茂はまだ熱を帯びている紙を手に取り、記載内容を確認する。
そこには『特定害獣駆除用具』という事務的な名称と、自らの氏名、そしてVespa Systems / Interdiction-04のシリアルが、公的なフォントで整然と並んでいた。
紙を折り整え、財布の奥――マイナンバーカードの裏側に添えるように差し込んだ。
照会で許可はわかる。だが、この街では照会端末も通信も、いつでもあるとは限らない。インクの跡は、最後まで手元に残る。
椅子を戻しバックヤードへ向かった。
ロッカー室の空気は相変わらず湿った埃の匂いがする。
自分のロッカーを開け、奥に斜めに差し込んであったキャリングケースを引き出した。
重量が腕に沈む。
昨日、共有駐車場で男から受け取った時のそれは、ただの「得体の知れない負債」だった。
だが今はシステムに適合し、法に承認された、茂の「正当な権利」だ。
ケースのハンドルを持ち、事務室を抜けて売り場へと戻る。
レジの奥では、店長が相変わらず気だるそうに帳簿を叩いていた。茂がケースを提げて出てくると、店長は一度だけ手を止めた。
「……通ったか」
「はい。通りました」
「そうか」
店長はそれ以上何も言わなかった。引き止めるわけでも、祝福するわけでもない。
ただ、「面倒だけは持ち込むな」と釘を刺した昨夜の言葉が、その沈黙の裏に張り付いている。
茂が武器を持とうが、この店での仕事が変わるわけではない。明後日になれば、またいつも通りシフトに入り、入ってきたものを、伝票と一緒に回すだけだ。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
「ああ、気をつけろよ」
店長は茂を見ずに、また帳簿に視線を戻した。
ガラスドアを抜け、階段を下りる。誰もいない階段に、靴音だけが響いた。
雑居ビルを出ると、冷えた空気が肺を突いた。駅前広場には、まだ人が溢れている。
皆、足早に歩きながらも、意識の半分を常に「外側の音」に向けている。遠くのサイレン、不自然な振動、誰かの叫び声。
茂はケースのハンドルを握り直した。
握りが浅い。重さがぶれる。指に力を足して、手の中で位置を決める。
硬いシェルの内側に、テフロン加工された黒い刃と、四つのインジェクション・ポートが静かに収まっている。内ポケットには、一発五万円のV-Gelが三本。
スマホが一度、短く震えた。
『警報:K市中央区。大型害獣の目撃情報。付近の住民は――』
周囲の歩調が一気に速くなる。
悲鳴はない。
何人かはスマホを握ったまま立ち止まり、何人かは店の軒先へ逃げ込み、何人かは走る。静かな波のように、人の流れだけが変わった。
茂だけは、その流れに逆らった。
彼は音のする方向――駅前広場の北側を見据え、一歩を踏み出す。
ユイに黙って金を奪ったことも、嘘をついてバイト先に来たことも、今は一旦、思考の隅に追いやる。
あるのは認可されたばかりの権利と、獲物までの距離を測る冷徹な計算だけだ。
肺いっぱいに空気を吸い込み、吐き出した。
その余韻が消える前に、彼は歩き始めた。
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