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発見


魔法局の資料庫は地下にある。


担当職員の魔法によって、常に最適な保管温度が保たれている。


入室記録に記入し、魔導ランタンを手に中に入った。


奥の方の机を確保し、備え付けの魔導板を手にする。


魔導板は手に持った人間の魔力を使用し、登録されている資料が何処にあるのかを案内してくれる。


私は早速クロード・フォーゲルの名前を検索した。


ヒットしたのは、やはり二件のみ。


手記と、論文一件だ。


手記は複製魔法で作ったものを既に持っている。


私は少し迷い、論文をもう一度確認することにした。


棚の番号をメモし、ランタンを持って立ち上がる。


利用頻度の低い奥の方は、経費節減の為に暗いのだ。


数分歩き回り、私は目的の論文を手にした。


席に戻り、ゆっくりと論文を開く。


保護魔法で燃えることすら無いとはいえ、思わず慎重になった。


中には、既に見慣れたクロードの相変わらずの癖字が並んでいる。


『ソフィア・ルーナ・ランスターによる上級治癒ポーションの製作手順の再翻訳───クロード・フォーゲル』


私はひとつ瞬きをし、論文にのめり込んだ。


一度読み、二度読み。


三度読む頃、私はふと気がついた。


論文のページの一枚をじっくりと観察する。


ほんの少し、保護魔法がかかっていない箇所がある。


魔法のかけ方にも色々あり、現在資料に使われている保護魔法は資料全体の時間を凍結するものだ。


しかし昔は、ページ一枚一枚に防護結界をコーティングする手法がとられていた。


手作業でこれをするのは、途方もない労力がかかる。


多少の粗も、無理からぬことだろう。


こういった箇所を見つけたら、職員に報告するのも利用者の義務だ。


私は詳しい状態をメモするため、魔導ランタンを紙に近づけた。


柔らかな光が紙面を照らす。


すると。


防護結界が欠け、本来の紙が露出している部分が淡く光った。


心臓がどきりと跳ねる。


思わず遠のけたランタンを、再度寄せた。


薄らと、数字が浮かび上がっている。


これは、ページ数を記したものだろう。


しかしなぜ、隠されているのだろうか。


ランタンの光に反応したように思ったが、手を近づけると数字はよりハッキリとする。


これは、魔力に反応しているのだ。


魔力に反応して、文字が浮き出るインク。


それがこの論文に使用されている。


私は食い入るように、浮かび上がった数字を見つめた。


防護結界は、外からの干渉を弾く。


今回この結界の欠けを見つけなかったら。


よく確認しようと、ランタンを近づけなかったら。


ドキドキと逸る胸を抑え、私は考えた。


この論文の全てを確認したい。


防護結界に守られ時間を止めた、クロード・フォーゲルが書き記した当時の状態を。


結界が欠けているとなれば、それは補修対象だ。


しかしそれは、私の専門外。


補修方法も分からない。


法を犯して結界を解除し、確認しようか。


いや、無理だ。


結界の扱いは専門的で、難しい。


論文を破損させる訳にはいかない。


私の魔力では、そもそも足りない。


そっと唇を噛んだ。


その時。


背後で、誰かが立ち止まった。


「難しい顔をして、どうした」


聞きなれた声に、勢いよく振り返る。


「室長…」


シャワーでも浴びたのか、今朝見た時よりはしっかりとした姿で、エヴァン・アシュフォードが立っていた。


思わず論文のことを口にしそうになり、かつて先輩に笑われたことを思い出した。


迷うように黙り、俯いたままの私を、エヴァンは首を傾げて見つめていた。


そしてふと、クリアブルーの瞳が机に置かれた論文に移る。


「クロード・フォーゲルの論文か」


論文は開かれたままで、そこにタイトルや著者は書かれていない。


つまりエヴァンは、一目見ただけでこの論文が何なのかを理解したのだ。


エヴァンはこの論文を、誰にも相手にされず、歴史に埋もれたこれを、読んだことがある。


「この論文…読んだことがあるんですか?」


「ああ。実に興味深い論文だった。いろいろと謎の多い人物だったようだな」


「…意外です。室長がこのような論文に目を通されているなんて」


「そうか?まあ…彼が私の遠い祖先でなければ、読む事もなかったかもしれないな」


私は驚いて目を見開いた。


「クロードが室長の祖先…!?フォーゲル公爵家とアシュフォード公爵家には、繋がりがあるんですか!?」


あまりの勢いに、エヴァンが仰け反る。


私に押された椅子がガタリと音を立てた。


「落ち着け落ち着け。そうだな…フォーゲル公爵家は衰退し直系の子孫は途絶えているが、アシュフォード公爵家の縁者に当たる。かつてのフォーゲル公爵家の領地や館も引き継いでいるんだ」


クロードとエヴァンは、血縁者。


ならば、もしかしたら。


全てを打ち明けたら、信じてくれるかもしれない。


私は覚悟を決めた。


エヴァンの瞳をじっと見つめ、口を開く。


「室長。ご相談したいことが、あります」


私の真剣な様子にエヴァンは一瞬驚き、頷いた。


「わかった。場所を変えよう」


その後、私達はクロードの論文を持ってエヴァンの部屋に移動した。


エヴァンがしっかりと部屋の鍵をかける。


防音魔法が発動したことを確認し、私の方を振り返った。


「未婚の男女が二人きりで密室に入るのは不味いから、これを渡しておく」


差し出されたのは、一枚の魔法契約書だった。


内容はシンプルだ。


エヴァン・アシュフォードはアリーシャ・ランベルトに対しいかなる危害も加えない。


しっかりとエヴァンの署名があり、私も同じくサインをする。


「ありがとうございます」


鞄に書類を仕舞い、私は論文を取り出した。


一呼吸おき、本題に入る。


最初から最後まで、エヴァンは真剣に私の話に聞き入った。


母のこと、聖霊の病のこと、そしてクロードの論文のこと。


彼の妹に関する美容薬の件は、話さなかった。


今回の件には、関係がないから。


全てを話し終わった時、エヴァンはなるほど、と呟いて何かを考えるように沈黙した。


ドキドキと心臓が音を立てる。


エヴァンは、私の話を信じてくれるだろうか。


暫くして、エヴァンが口を開く。


「聖霊の病については、私も何度か治療薬を作ろうとした事がある。なんの糸口も見い出せず、諦めてしまったが…。そうか。君は、諦めなかったんだな」


エヴァンの言葉に、じんわりと涙が浮かんだ。


エヴァンは困ったように笑い、涙目で鼻をすする私にハンカチを差し出した。


薄い水色で、黒い糸で家紋の刺繍が入っている。


涙を拭いている私をしばらく眺めていたエヴァンは、おもむろに机の上の論文を手に取った。


紙をめくる音と、鼻をすする音が部屋に響く。


「…すみません、落ち着きました…」


「いや、大丈夫だ。しかし、よく気付いたな。魔力に反応して浮き出るインクか…存在は知っていたが、クロードの時代にもあったとは」


「はい、そうなんです。結界の影響で全て確認できませんが、もしかしたら他に隠されている記述があるのかもしれません」


「結界を剥がす必要がある、か…。これは私も専門外だ。結界魔法師に依頼する必要があるが…」


幾重にもかけられ、強固に固定された保護のための防護結界は、剥がす為の儀式に希少な素材を要する。


しかもこの魔法ははるか昔の術式だ。


現代の結界魔法師で、これを扱える者は数少ない。


「魔法局に在籍している結界魔法師でいうと、おそらくナルサス老師にしか扱えないだろう。しかし老師は今、南東の端にあるカンジャスの街で遺跡の調査に同行していて不在だ。飛竜でも借りられれば一週間程の距離だが…この件で使用許可は下りないだろうな」


飛竜は王族と、純王族に数えられる公爵家、国を守る魔法騎士団にのみ使用が許可されている、現代で最も早い移動手段だ。


エヴァンも使用できる立場にあるが、重要度の高い論文ならいざ知れず、長い間見向きもされなかったクロードの論文の為に許可は期待できない。


「そもそもこの結界を剥がす許可も必要だろうな。数日時間を貰えるか」


「はい。勿論です。よろしくお願いします」


私は静かに頭を下げた。


顔を上げる頃、私は胸の内であるひとつの決意を固めていた。



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