エヴァン・アシュフォード
翌朝、早めに就寝したお陰でスッキリと目覚めた私は、軽い足取りで出勤した。
記録版に魔力を通し、出勤時間を記録する。
振り分けられたノルマを確認していると、背後に気配がした。
振り返ると、スラリと背の高い、ボロボロの白衣姿の男の姿がある。
青みがかった黒髪に、クリアブルーの瞳。
整った顔立ちだが隈が酷く、青ざめた白い肌。
あまりの有様に、思わず一歩後ずさった。
「お、おはようございます、アシュフォード室長…」
「………おはよう、ランベルト研究員。………昨日の、魔法薬は、見事だった」
「あの…私、昨日はお休みを頂いていまして…」
「あぁ…一昨日だったか…?とにかく、見事だった。流石だ…」
「あ、ありがとうございます…」
ぼんやりとした様子のエヴァンは、一体何日寝ていないのだろう。
家柄も顔も良い社交界でも人気の高い貴公子がこんなにもボロボロになっているなんて令嬢たちが知ったら、一体どんな反応をするのだろうか。
「では、仕事に入りますので…失礼致します」
「うん…がんばれよ」
「はい」
どの魔法薬のことかな、と頭の片隅で思いつつ、自分の分の納品箱を持ち、廊下を進む。
背後でエヴァンがよろけて壁に頭をぶつけていたが、いつもの事なので振り返らなかった。
自分の部屋に入ると、私はしっかりと鍵をかけた。
またビクトリアに邪魔され、ノルマを押し付けられたらたまったものではない。
鍵をかけると、部屋には自動で防音魔法がかかるようになっている。
集中して研究が出来るように、そして盗用を予防する為に。
あっという間にノルマを仕上げた私は、納品箱を持って一度部屋を出た。
棚に納品箱を置き、ビクトリアに見つからないようにさっさと部屋に戻る。
扉に鍵を差し込み、首を傾げた。
先程閉め忘れたのだろうか、鍵が開いている。
不在にしたのは5分程度だ。
問題はないだろう。
私は深く考えず、入室した後で再度しっかりと鍵をかけた。
手記を取り出し、最初のページを開く。
いつもと同じ、慣れた作業だ。
解読をし直す。
メモをする。
他の資料と見比べる。
そして最後に、彼の言葉を噛み締める。
『私が間違っていた。全ての答えは始まりの───にある』
「…何が間違っていたの?貴方は最後に、一体何を残そうとしたの…?」
手記の主、クロード・フォーゲルに想いを馳せる。
ベルスター王国の王家の血を引く彼は生前、魔法薬学の祖、ソフィア・ルーナ・ランスターが残した数多くの論文を解析し、古代語で書かれたそれを現代語に翻訳した。
しかしそれはあまり知られていない。
何故ならば、ソフィアの論文は既に彼女の娘によって全て翻訳され、一般的に公式として広く知れ渡っているのだ。
クロードが改めて翻訳した論文は、公式に登録されたそれとは違う箇所がいくつもあり、学会では全く相手にされなかった。
私は一度検証したことがある。
クロードが再翻訳した方法は、確かに理にかなっていた。
しかし希少な素材や複雑な手順のせいで、効果は高いが平民では手が出ない、貴族でも躊躇するレベルの馬鹿みたいに高額な魔法薬が出来上がった。
平均よりもかなり高い王宮魔法薬師の五年分の給料が吹き飛び、私はしばらく、かなりひもじい思いをした。
ソフィアの論文を翻訳した彼女の娘は、それを分かっていて敢えて別の言葉に訳したのではないだろうか。
そこまで考えて、私はふとクロードの論文が今どうなっているのか気になった。
現在この国に公式に保管されているクロードの文献は、手記と以前私が検証したことのある論文の二つのみ。
その他の論文は、相手にされることも公式に採用されることもなく、フォーゲル公爵家の衰退とともに失われたとされている。
私は手記を閉じると、ゆっくりと立ち上がった。
考えていても仕方がない。
まずは行動しなくては。




