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ビクトリア・フィールズ


王宮魔法薬師には、与えられたノルマがある。


そのノルマを達成すれば、あとは自由だ。


ノルマは魔法薬師の腕前や魔力量によって振り分けられている。


私はいつものように淡々とノルマをこなした。


上級の治癒ポーション三本、上級の解毒ポーション三本、その他依頼のあった細々とした魔法薬。


全てを揃え、鑑定魔法をかける。


全て等級はSだ。


机に並べた魔法薬を満足気に見つめ、丁寧に封をして提出箱に並べていく。


それを持って立ち上がり、部屋を出て共用スペースにある納品用の棚に収める。


ふと隣を見ると、そこには特級の治癒ポーション十本と身体強化ポーション十本がぎっしりと詰まった箱が置いてあった。


そのどれも、一目見ただけで等級がSだと分かる。


しかも私が作った魔法薬よりも、ひとつひとつの瓶が大きく、聖霊の加護を受けて美しい光を帯びていた。


私の上司、第一研究室室長のエヴァン・アシュフォードが作成した魔法薬だ。


彼は現在この国で、最も腕のある魔法薬師の一人で、私以上に強い加護を持つ。


公爵家の出身ゆえか魔力量が多く、私では難しい特級の魔法薬や、大量生産が可能だ。


私は瓶をじっと見つめた。


こんなに大量の魔法薬を作るだけの魔力さえ私にあれば、聖霊の病の治療薬の研究も捗るのに。


じくりとした胸の痛みを振り払うように、私は踵を返した。


今日は、昨日見つけた計算式の検証をしなくてはならない。



魔法薬の計算式のひとつに、主に聖水の濃度と分量を導き出すものがある。


魔法薬は聖水の濃度によって効果の大小や持続時間、そして副作用が変わる。


最後にかける魔法によってある程度の微調整が効くとはいえ、最初にする計算を疎かにすることはできない。


魔力量の少ない私には、魔法で調節するという力技ができないのだ。


正確な計算で正確な数値を導き出し、極力ロスを減らさなくてはならない。


この計算式は、魔法薬学の祖と呼ばれる伝説的な魔法薬師、ソフィア・ルーナ・ランスターが作り上げたものだ。


北西の隣国、ランスター王国の初代王妃だった人だ。


ランスター王国は、魔法の始まりの国だという。


そして魔法薬が生まれたのもまた、この国だ。


ベルスター王国とランスター王国はもともとひとつの国であり、初代国王は兄弟だった。


何があったかは正確には分かっていないが、ある時国はふたつに分かたれ、兄はノースグラン大陸の北側を統べる大国、ベルスター王国の国王に、弟は北西の小国、ランスター王国の国王そして聖霊神教の最初の神官となった。


両国は古くから同盟を結び、王族間で定期的に婚姻関係を結んでいる。


聖霊神教の総本山、大神殿も兼ねるランスター王国の王城には、魔法や聖霊についての貴重な資料が山のように保管されているらしい。


もしもそれを読むことが出来たら。


聖霊の病の治療薬作りも、進むのではないだろうか。


私はそこまで考えて、頭を振った。


兄弟国とはいえ、他国の、しかも一介の子爵令嬢にそんな貴重な資料が閲覧できるわけがない。


今はただ、自分にできることを。



昨日見つけた計算式は、聖水に対する薬草の分量を計算するものだった。


魔力が豊富な者は、これを疎かにすることが多い。


最後の魔法で、無理やりに調整すればいいと思っているからだ。


私はそれを、再度計算し直した。


最初は別の文字だと思っていた部分を、書き直す。


その結果、使用する薬草の量が大幅に減った。


これでは魔法でどうこうすることは出来ないだろう。


そう思いながら、検証を続ける。


これは身体の麻痺を緩和する魔法薬の計算式だった。


間違った計算式で作った場合、薬草が多すぎて全身の筋肉が脱力し、やがて心臓まで動きが止まってしまう。


結果を手帳に書き付けていると、不意に肩を叩かれた。


振り返ると、見事な金髪が目に入る。


いつの間に部屋に入ってきたのか、そこには侯爵令嬢、ビクトリア・フィールズが立っていた。


私の同期で、魔法学院の魔法薬学科を次席で卒業した人だ。


「何か御用でしょうか、ビクトリア様」


私の言葉に、彼女は器用に片眉を吊り上げた。


そして私の机に納品箱を無造作に置く。


箱の下で、メモが数枚ぐしゃりとなった。


「これ、お願いできるかしら」


王宮魔法薬師に与えられる、ノルマのようだった。


箱に付いている札には、上級の治癒ポーション三本と浄化ポーション三本、医局に納品する消毒薬、麻酔薬、傷薬が五本ずつ、と書かれている。


無言のまま札を見つめる私に、ビクトリアは被せるようにして言った。


「悪いけど、私これから用があるの。どうせ暇でしょう?よろしくね」


「ノルマは自分でこなさなくては意味がありません」


「うるさいわねぇ。偉そうに指図しちゃって、何様のつもりなのかしら。私はフィールズ侯爵家の者として、他にやることが山のようにあるの。部屋にこもって研究ばかりしているようなあなたと一緒にしないでくださる?それに、こんな簡単なノルマ、私がわざわざやるまでもないわよ。じゃ、頼んだから」


ビクトリアは私に反論すら許さず捲し立て、ドレスを翻して去っていった。


「…どうせ王子に付きまとって遊んでるだけじゃない」


私の呟きは宙に溶けて消えていく。


重々しいため息を吐き、私はビクトリアの納品箱を机の下に下ろした。


仕方なしに取り出した瓶は、彼女が自分で用意したのか、無駄に華美で美しい。


やってあげる義理は無いと思いつつも、彼女の父、フィールズ侯爵は王城の人事権を握る宰相だ。


目を付けられたら、たかが田舎の子爵令嬢など小指の先で吹き飛ばされる。


私はもう一度ため息を吐き、まずは上級の治癒ポーションを作り始めることにした。



学生時代、ビクトリアは何かにつけて私に言いがかりを付けることが多かった。


座学、実技、論文、そのどれを取っても、何一つ私に叶わなかったからだ。


そもそも彼女に、難関と言われる魔法薬学科に入学出来るだけの実力はない。


魔力量は申し分ないが、全てが雑だ。


おざなりな計算、雑な薬草加工、力任せな魔法。


街の魔法薬店でも就職を断られることだろう。


実力も無いのに彼女が次席で学院を卒業出来たのは、ひとえに実家の権力の影響だ。


そして唯一、彼女が胸を張って誇る実績。


それは、美容薬の発明だった。


美容薬は一本飲むだけで肌が一歳若返る効果のある薬だ。


平民はともかく、貴族女性がこぞって買い占め、レシピの使用料だけで莫大な金がビクトリアの懐に転がり込んでいる。


昔、不慮の事故で顔に火傷を負い、引きこもりになっていた公爵家の令嬢がこの薬で美しい肌を取り戻し、社交界に出るようになったことで、ビクトリアの魔法薬師としての名声はますます高まった。


そしてその公爵家の令嬢というのが、フィリア・アシュフォード。


そう、第一研究室室長、エヴァンの妹なのだ。


だからビクトリアは、かなり勝手な振る舞いを黙認されている。


しかし私だけは知っている。


ビクトリアが登録している美容薬の大元のレシピ。


それは、私が考えたものだった。


私がまだ、魔法学院の魔法学科に在籍していた時。


戦闘訓練中に火傷を負った友人を治す為に作った火傷の治療薬。


これは傷付いた肌や、古い肌を再生する効能を持っている。


そのレシピが盗まれ、改良すらされずほぼそのまま転用されていたのだ。


こっそりと美容薬を解析した私だけが、その事実を知っている。


しかしそれを告発する気は、私には無い。


レシピの盗用は重罪だが、無認可の魔法薬の作成と使用、そしてレシピの無許可な解析もまた罪に問われるからだ。


私一人なら何とでもなるが、火傷の治療薬を使用した友人まで巻き込むことはできない。


そして私はその薬を絶賛した友人の兄の推薦で、魔法薬学科へ転科した。


魔力量のせいで魔法使いとして伸び悩んでいた私が、魔法薬師として新たな目標を得られたのは、この兄妹のおかげだ。


私は淡々と、ビクトリアの分のノルマをこなした。


査問委員会を誤魔化すために、自分がいつも使っているレシピとは別の方法で、さらには若干の粗を残して完成させる。


エヴァンが確認したらさすがにバレるだろうが、彼は今、変身薬の実験に没頭しているのでいつものノルマ分はまず確認しないだろう。


提出を終え、私は流石に疲労感を覚えた。


魔力が足りなかったので飲んだ、魔力増強剤の副作用だ。


これも改良の余地があると独りごち、部屋に戻ったあとこれ以上邪魔が入らないようにしっかりと鍵をかけた。


そして仮眠用のベッドにダイブする。


すぐさま眠気が襲いかかり、私はゆっくりと目を閉じた。


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