手記
作りたい薬がある、と言った時、先輩は大笑いして言った。
そんな薬、できるわけが無い、と。
長い長い歴史を持つベルスター王国の記録に、その薬の記録はない。
この国と、隣のランスター王国でのみごく稀に発生する、聖霊の病と呼ばれる奇病。
発症すると、体が徐々に聖霊石に変わっていき、やがて全身が結晶化する。
その治療薬を作ろうと何人もの魔法薬師が人生を捧げたが、結局誰一人完成させることが出来ずに散っていった。
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私は研究室の自分の部屋に入り、椅子に座って静かに息を吐いた。
目を閉じると、薄い青緑の、透き通った結晶が頭に浮かぶ。
うっすらと微笑みを浮かべた、母だった者の成れの果て。
私が母と何かをした記憶は、実はあまりない。
小さい頃の私はお転婆で、兄たちに付いて外で遊び回るばかりだった。
むしろ、お淑やかなひとつ上の姉の方が、母と過ごした時間が長かったのではないだろうか。
もっと母の傍にいれば良かった。
後悔しても、もう遅い。
重くなった気持ちを振り払い、私は取り出した資料を開いた。
それは、はるか昔の研究員の手記だった。
彼は王家傍流の出身であり、自分自身が聖霊の病を発症した。
手記には、迫り来る死に対する恐怖と絶望、それから病を治そうとした試行錯誤の結果が乱雑に記されている。
もともと癖字が酷く読むには時間がかかるし、最後の方の筆跡は乱れすぎていて解読ができない。
しかし私は、この記録が最も治療薬の開発に近いと感じている。
だから私は今日も、この手記に最初から目を通す。
何度も、何度も。
既に内容を覚えていようとも。
何十と書き連ねられた計算式、何百ものレシピ。
それら全て、解読を間違えていないか目を皿のようにして確認する。
今日もひとつ、計算式の中に別の文字とも読み取れるものがあったので、それをメモする。
明日、検証しよう。
そばに置いたマグカップを取り、すっかり冷えたお茶を流し込む。
気付けば日は落ち、魔導灯が灯り始めていた。
パラパラと手記をめくる。
最後のページには歪んだ文字で、彼の最後の言葉が記されている。
『私が間違っていた。全ての答えは始まりの───にある』
彼は最後の力を振り絞ってこの言葉を書き残し、そして死んだ。
美しい、結晶となって。
答えは始まりの───にある。
肝心の部分が滲み、読み取ることができない。
これさえ分かれば、聖霊の病の治療薬は作ることができる。
私はそう、思いたい。




