美容薬
オリバーの右手は、無事に元の状態を取り戻した。
ジェイルに抑えられていた左手を引き抜いたオリバーは、ここぞとばかりに再生した皮膚を掻いた。
「ありがとうございます!助かりました」
オリバーが嬉しそうに頭を下げる。
その隣で、エヴァンが残った薬をじっくりと観察していた。
しばらくして顔を上げたエヴァンは、私に目を向ける。
「これは、フィールズ侯爵令嬢の名前で登録のある美容薬とほぼ同じだな。違うのは飲み薬か、塗り薬の違いかだけだ。どういうことか、説明して貰えないだろうか」
エヴァンの表情は真剣だった。
私も、覚悟を決める。
「…ビクトリア様が作った美容薬は、私のレシピを盗用し、ほぼそのまま流用したものです。これは学生時代、私が無許可で調薬したもので…面倒事を避けるために黙っていました」
「君の言葉を疑う訳では無いが、それを証明出来るだろうか。無許可の調薬よりも、レシピの盗用の方が遥かに重罪だ。しかもそのレシピの莫大な使用料は、今もフィールズ侯爵令嬢へ入っている」
その時、ジェイルが口を開いた。
「証拠も、証人もいますよ」
「ジェイル先輩!」
「学生時代、私の妹の火傷を治すためにアリーシャが作ってくれた薬がそれです。当時の薬の余りは、お守りとして我が家の妹の部屋に保管してあります。必要とあらば、我らは全面的にアリーシャの味方になります」
「そうか…」
エヴァンが天井を仰いだ。
「アリーシャ。この件は、王都に帰り次第しっかりと対処する。それから、君に感謝を」
しばしの沈黙の後、エヴァンは姿勢を正し、私に向かって頭を下げる。
「君の薬のお陰で、私の妹は外に出られるようになった。本当に、ありがとう」
「いえ…私は、何もしていませんから」
「いいや。フィールズ侯爵令嬢の腕前では、このように高度な薬は作れない。ずっと不思議に思っていたんだ」
エヴァンは正しく、部下たちの腕前を把握していた。
「ノルマも他の研究員に押し付けていたようだし、今回の件でやっと首にできるだろう」
私はほっと胸を撫で下ろした。
その時、微かな足音がして立派な髭の老人が姿を見せた。
「ケプラー殿!」
ジェイルが老人を見て目を丸くする。
「どうしてこちらへ?」
「いやなに、到着が遅れているようだったからの。何やら大きな音も聞こえたしな。無事か?何があったのかの」
その後ろから、騎士たちが顔を見せる。
調査団を護衛だろう。
「実は道中で赤熊に遭遇しまして」
ジェイルが報告をはじめ、私たちは立ち上がった。
「なんと…やはり徐々に魔物たちが戻ってきているのかの。しかし、赤熊はこの辺では珍しいのぅ」
ケプラーが髭を擦る。
「石が壁にぶつかって、物凄い光が出たんですが、なにかご存知ですか?」
「なに、光?どこじゃ?」
オリバーが指し示す先を、ケプラーが慎重に確認し始めた。
「ほうほう…ちょうど水晶の所に当たったか。盗掘防止の仕掛けなのか、魔法が込められている物がたまにあってな。光の魔法でよかったわい」
他の魔法が発動することもあるらしい。
炎や雷が出なくて良かった。
私たちは手早く荷物をまとめ、ケプラーと共にその場を後にした。
赤熊が戻ってくる事もある。
長居は危険だ。




