治療
「オリバー様!」
私はすぐさま、へたりこんでいたオリバーに駆け寄った。
酸はオリバーの全身に降り掛かっていたが、大半は防護結界に阻まれたようだ。
しかし、所々酸に溶かされ、皮膚が爛れてしまっていた。
特に剣を握っていた右手が酷い。
「ぶ、無事ですかアリーシャ嬢…」
「それどころじゃありませんよオリバー様!」
私はひとまず、オリバーの全身に浄化の魔法をかけた。
残った酸がふっと消える。
「こんな狭いところで赤熊と遭遇するなんて…不運だったな」
脇腹を抑えたジェイルが近寄ってくる。
「先輩!ご無事ですか!?」
「まあ、なんとかな」
私は鞄から治癒ポーションを取り出した。
「早く、飲んでください」
今あるのは、中級の治癒ポーションだ。
時間が経つほど、怪我の治りは悪くなる。
「ありがとう」
「いただきます」
瞬く間に痣や擦り傷が消え、ジェイルは抑えてきた脇腹から手を離した。
しかし、オリバーの右手だけは元には戻らなかった。
エヴァンが状態を見ながら顔を顰める。
「だいぶ深いな…治癒ポーションでは治りきらない」
治癒ポーションは打撲や切り傷、骨折などに有効な魔法薬だ。
皮膚の治療にはあまり適さない。
酸で爛れた皮膚に用いられるのは、基本的に火傷の治療薬と、もうひとつ。
皮膚を若返らせる、美容薬だ。
「痛みは取れましたし、問題ないですよ。跡は残るでしょうが、男ですし」
オリバーが明るく言った。
「…ちょっと、待っていてください」
私は覚悟を決め、鞄から調剤道具を取り出した。
「ここで火傷の治療薬が作れるのか?」
「一応、一通りの材料を持ってきています。エヴァン様、すみませんが聖水を作って頂いてもいいですか?」
「わかった」
エヴァンが鍋を持って立ち上がる。
「近くに湧き水を汲めるところは?」
「近くに泉があります。こちらです」
その間に私はメモを引っ張り出した。
サラサラと計算式を書いていく。
そして取り出した薬草を取り分ける。
竜王草の根、満月の木の葉、そして時忘れの花びら。
戻ってきたエヴァンが傍に湧き水の入った鍋を置き、並べられた薬草を見た。
そして首を傾げる。
「なんだか、火傷の薬にしては変わった材料だな」
「…そうですね、これは私が開発した、皮膚の時間を巻き戻す薬の材料ですから」
「皮膚の時間を巻き戻す…?それはまるで…」
なにか思うところがあるのか、エヴァンが口を噤んだ。
考え込むエヴァンの手元で、湧き水が浄化されていく。
爽やかな風が吹き抜け、湧き水がキラキラと光を放ち始めた。
どこからか、小さな鈴が鳴るような音が聞こえてくる。
『ふふふ、いいね、きれいだね』
『きもちいいまりょくだね』
『こっちのこも、いいにおいだね』
私は思わず顔を上げた。
幼い子供のような声だった。
複数の声は笑いながら遠ざかり、やがて消えていく。
ジェイルやオリバーには、聞こえていないようだった。
「今の声は、いったい…?」
「そうか…聞こえたか。そういえば君は加護持ちだったな。あれはおそらく、聖霊の声だ。この遺跡は聖霊の気配が濃いからな」
「あれが、聖霊の声…」
噂に聞いたことはあったが、実際に聞いたのは初めてだった。
おそらく、私よりも加護が強いエヴァンの魔力に反応したのだろう。
エヴァンが作った聖水は、黄金の輝きを帯びていた。
そこに加工の終わった薬草を混ぜ、凍らないように調整しつつ冷却魔法をかける。
そのうちに薬草は溶け、形を失っていった。
「…これはまるで…フィールズ侯爵令嬢が開発し美容薬のようだな」
「そう…ですね…。同じだと思います。あの薬の大元は、これのはずですから」
私の手元で、魔法薬が完成した。
時忘れの花びらの色が移り、うっすらとしたピンク色で金の粒子がキラキラと光っている。
「まて、どういうことだ!?」
「とりあえず、オリバー様の治療を先にしましょう」
「あっ、そうだな…」
ビクトリアの美容薬は飲み薬になっていたが、これは塗り薬だ。
取り出したガーゼに染み込ませ、そっと患部を覆う。
「うっ!かゆ、痒い…!」
思わずといった様子でオリバーの左手がガーゼに伸びた。
「触っちゃダメですよ!」
ジェイルが笑いながらがっちりとオリバーの左手をを取り押さえた。
「わー!痒い!ほんとにかゆい!」
古い皮膚が剥がれ、新しい皮膚に戻る過程で痒みが出るらしい。
薬の温度がぬるくなる度にガーゼを変えていくと、見る見るうちに爛れた皮膚が再生して行った。
「効き目はすごいけど、とんでもない薬ですね!?」
なんだか傷を負った時よりも涙目になっているオリバーだった。




