赤熊
赤熊はレッドベアと読んでください。
ナルサスがいる遺跡まであと少しというところで、ジェイルが立ち止まった。
オリバーも何か気配を感じたのか、剣に手をかけて周囲を警戒している。
「ゆっくり、静かに下がれ」
ジェイルが押し殺した声で言う。
視線の先、切り立った崖の上に、何かがいる。
赤い鋭く尖った体毛に覆われた、巨大な赤熊だった。
私たちと赤熊の間には、深い谷が走っている。
しかし、赤熊は私たちを見据えると、ひとつ吠えて軽々と谷を飛び越した。
ずしんと地面が揺れる。
「下がれ!!!」
ジェイルが鋭く叫び、剣を抜き払った。
当時に結界が発動する。
道いっぱいに展開された結界は、赤熊の突進を阻み、鈍い音を立てた。
そしてガラスが割れるような音とともに崩れ去る。
ジェイルは後退しながら結界を貼り直した。
足場が悪く、ここでは戦えない。
急拵えの結界は、赤熊の攻撃を一度弾くので精一杯だ。
私たちは邪魔にならないよう、開けたところを目指した。
少しばかり戻ったところで道が開け、オリバーが立ち止まる。
「お二人は壁際へ。絶対に前に出ないでください。万が一のことがあったら、我々を置いて来た道をもどってください」
「わかった」
エヴァンが言葉少なに返事をする。
ジェイルとオリバーが肩を並べて剣を構えた。
追って来た赤熊は悠々と立ち上がり、咆哮を上げた。
空気が揺れ、水滴がぱらぱらと降り注ぐ。
そして、赤熊との戦闘が始まった。
✶
赤熊は、凶暴な魔物だ。
魔力量は少ない方なので魔法攻撃はあまりないが、とにかく硬い。
そして爪には強力な毒を持ち、口から触れたものを溶かす酸を吐く。
なによりも防護結界を叩き壊す圧倒的なパワーが厄介だ。
二人の剣が赤熊とぶつかる度に、火花が散る。
「っ、流石に硬いな!」
飛び退ったオリバーが悔しそうに言う。
魔法騎士はざっくりと二つのタイプに分けられる。
魔法攻撃を主体に戦う騎士と、強化魔法を使って自分の身体能力を主体に戦う騎士だ。
オリバーはどちらかというと前者の方で、筋力が必要な戦闘は苦手らしい。
ここは深い洞窟の中。
高火力の魔法を使う訳にはいかないのだ。
普段の赤熊の討伐には、高火力の炎魔法の使用が定石だ。
鉄の性質を持つ毛を炎で熱し、柔らかくなったところを一気に叩く。
それが、今は出来ない。
「これは…どうしたものかな」
ジェイルも攻めあぐねているようだ。
その時、赤熊が跳ね飛ばした拳大の石が壁にぶつかって鈍い音を立てた。
ぶつかった箇所が、ぽう、と淡く光る。
「なんだ…!?」
次の瞬間、周囲は眩い光に包まれた。
光の直撃を食らった赤熊が、苦悶の声を上げてよろける。
しかし赤熊にいちばん近いところにいたジェイルにもダメージがあったようだ。
滅茶苦茶に振り回された赤熊の腕に吹っ飛ばされ、壁に激突する。
「先輩!!」
「まて、危険だ!」
思わず身を乗り出すが、エヴァンに押し止められた。
暴れ続ける赤熊は、酸を吐き散らしながら暴れ、その度に地面が揺れる。
「オリバー!雷だ!」
エヴァンが出した水がうねり、赤熊にぶつかった。
眩しさに顔を顰めたオリバーが走り出し、その胸元に雷を纏った剣を突き出す。
感電した赤熊は叫び声を上げ、酸がオリバーに降りかかった。
「下がれ!」
起き上がったジェイルが、走り寄って渾身の力を込めて剣を叩き込む。
赤熊はよろよろと後退り、先程下ってきた道を逃げて行った。




