ワンピース
明日からの出張の件を伝えると、ハンナは目を見開いた。
そして、ちょっと待ってて!と言って食堂を飛び出して行く。
テーブルに放り出され、床に落ちかけたスプーンを拾い、ナプキンで拭いてから皿の隅に置く。
今日のメニューはトロトロに煮込まれた根菜と骨付きの鶏肉に、こっくりとしたかぼちゃのスープ、ガーリックの効いたバゲットだ。
旅の最中は携帯食が多くなるだろう。
今のうちに、暖かな食事を楽しんでおく。
数分後、ハンナが布の束を抱えて戻って来た。
「お待たせ!これ、持って行って!」
広げられたのは、この前話していたワンピースだった。
裾で小魚が泳いでいる。
「わあ、ハンナ…!すごい、もうできたの?」
「私にかかれば、こんなのおちゃのこさいさいよ!」
「嬉しい…!でもハンナ、夕食の後で寮に帰ってからでも良かったのよ…?」
「えっ、あっ!そうだった…」
ハンナが顔を赤くする。
会話を聞いた周りの人が、くすくすと笑い声を立てる。
「やだ、もう…だって、アリーシャ三週間もいないなんて、初めてだから…」
「っ、そうよね…」
「寂しいわ…。絶対絶対、無事に戻ってくるのよ?怪我なんてしちゃダメなんだから」
「うん。約束する」
小指を絡め、そっと揺らす。
東洋の島国に伝わる、約束の儀式だ。
これを教えてくれたのは、本が好きな私の姉だった。
それを私がハンナに教え、以来こうして二人でたまに使っている。
その夜、私とハンナは同じベッドで眠りについた。
抱きしめあった体は暖かで、微かにオレンジの香りがした。
✶
翌朝、ハンナが食堂から持ってきてくれたサンドイッチを食べながら、寮のロビーでエヴァンからの迎えを待った。
既に旅支度を終え、リュックに全ての荷物が詰め込まれている。
拡張魔法と軽量化魔法は偉大だ。
私はしみじみそう思った。
「おはよう。待たせたようで申し訳ない。そちらは?」
やがてやってきたエヴァンは、黒に金の釦が着いたシンプルな服装だった。
昨日は迎えをやると言っていたが、本人が直接来たらしい。
研究室でヨレヨレの格好を見慣れているので、改めてエヴァンのスタイルの良さを目の当たりにし、令嬢たちが黄色い声をあげるのも当然だと思う。
「おはようございます。時間通りですよ。こちらは私の友人のハンナ。ウィリアムズ男爵家の令嬢です」
「おはようございます、アシュフォード様。初めまして、ハンナ・ウィリアムズと申します」
さっと立ち上がったハンナが、きちんとした姿勢でカーテシーをする。
エヴァンは頷いて胸に手を当て、紳士の礼をした。
「初めまして。エヴァン・アシュフォードです。あなたの大切なご友人をしばらくお借りします」
「はい。よろしくお願いいいたします」
エヴァンは小さく頷き、私の方に向き直る。
「では、行こうか」
「はい。ハンナ、行ってきます」
「っ、行ってらっしゃい!」
涙目のハンナとぎゅっとハグをし、出立の挨拶をする。
エヴァンは私の荷物をさっと肩にかけ、その様子を見守っていた。
ハンナに手を振り、エヴァンの隣に並ぶ。
そしてゆっくりと歩き出した。
「いい友人だな」
「はい。私の自慢です」
私は胸を張ってそう言った。
それから自分の荷物をエヴァンが持ったままだったことに気づき、慌てて手を伸ばす。
「あ、すみません」
「いや、構わない。それよりも、支度は万全か?」
「大丈夫だと思います。専門店の方にアドバイスを貰いながら揃えました」
「それなら良かった」
「万が一に備えて魔法薬も持ちましたし、最低限の調剤道具と素材もありますから、何かあれば仰ってください」
「用意がいいな。流石だ」
口にはしなかったが、鞄の奥には、研究室の自分の部屋から持ち出した、聖霊石の結晶の欠片も入っている。
もしかしたら旅の途中、使用することもあるかもしれない。




