反抗
数日後、いつものように午前中のうちにノルマの魔法薬を作製し提出したところ、エヴァンに呼び出された。
部屋を尋ねると、保護結界解除の許可証と、飛竜の使用許可証を見せられた。
「何故だか、どちらもあっさりと許可が降りた。却下された時用にあれこれ理由をつけて押し通すために色々持って行ったんだが…」
「良かったです。本当に色々、ありがとうございます」
見せられた書類の備考欄には、遺跡調査団に物資を届ける為、と書かれている。
「急ぎの物資を一緒に運ぶならって事ですかね」
「多分そうだろうな」
エヴァンは驚きつつも、特に疑問に思ってはいないようだった。
「出発は明日になるが、大丈夫だろうか」
「はい。大丈夫です」
「三週間分の出張申請を出して承認しておく。旅に必要な物資は経費で落とすように。野宿することもあるだろうが、テントと食料などは城から支給される。嗜好品と身の回りの物を用意するように。私も同行することになるが、大丈夫だろうか」
「はい。よろしくお願いします」
「では、ここにサインを」
出張申請書に名前を記入し、エヴァンに返す。
「明日の朝、八時頃に寮まで迎えをよこす」
「わかりました。午後から持ち物の買い出しに行きたいので休みにしていただいてもよろしいですか?」
「わかった。あー…もしスピア菓子店の近くを通るようなら、甘いものを数種類買ってきてもらえるだろうか。店員に私の名前を出せば、いつも買っているものを適当に出してくれるだろう。その中から、飛竜の移動でボロボロになりにくいものを頼む。君も良かったら好きなものを注文するといい。支払いはアシュフォード公爵家に付けておいてくれ」
「かしこまりました」
甘いもの好きという意外な一面を知り、私は少し嬉しくなった。
支払い用にアシュフォード公爵家の紋章の入った指輪を預かり、丁寧に鞄に収める。
「それでは明日、よろしくお願いします」
「うん。では、気をつけて」
「はい」
エヴァンの部屋を辞し、私は逸る気持ちを抑えて廊下を歩いた。
自分の部屋のドアノブに手をかけた時、不意に声がかかる。
「ごきげんよう。アリーシャ」
毒を含んだ、絡みつくような甘い声。
「…ビクトリア様。なにか…」
「ねぇ、どこに行っていたの?」
私の言葉を遮るように、ビクトリアが聞く。
「室長の所へ。仕事の相談です」
「あら、そうなの。ここ数日ぜんぜん捕まらなかったから…首にでもなったのかと思って心配していたのよ?」
赤い唇が弧を描く。
「じゃあ、今日はこれ、できるわよね」
ビクトリアの指が、床を指す。
そこにはノルマの納品箱が無造作に置かれていた。
「…いいえ。できません」
「………は?」
「できないと言いました。私は明日から出張に出ます。午後から買い出しに行くために休みを取りましたので」
「あなた、何様のつもりなの?私の命令が聞けないわけ?たかが田舎の子爵令嬢の分際で…!」
振り上げられた扇が、勢いよく私の頬を打つ。
その時、廊下の先からエヴァンが姿を見せた。
「そこ、何をしている?」
「エヴァン様…!」
ビクトリアは途端に不機嫌な顔を取り繕い、甘い声を上げた。
「魔法薬について、アリーシャさんとお話をしていましたの。そうしたら虫が飛んできて…!驚いて振り払ったら、持っていた扇が彼女の頬に当たってしまいましたの…」
潤んだ声で、ビクトリアがエヴァンに身を寄せる。
それを避けたエヴァンは、大股で私に近づき、顔を覗き込んだ。
「赤くなっている。平気か?」
「はい。後で治癒ポーションを使いますから」
「ならいいが…フィールズ侯爵令嬢。これは明らかな暴力行為だ。室長として、正式に謹慎を言い渡す。自宅で沙汰を待つように」
ビクトリアの顔が絶望に染まった。
「えっ…エヴァン様!お待ちください…!」
言い捨ててスタスタと去っていくエヴァンを、ビクトリアが追いかける。
私の方に憎悪の目を向け、覚えておきなさい、と呟きを残して。
私は少しの間立ち竦み、それから自室の扉を開けた。
中に入り、しっかりと鍵をかける。
廊下には、ビクトリアが忘れて行った納品箱のみがぽつりと残された。
✶
私は棚から、初級の治癒ポーションを取り出した。
数滴を指に出し、そっと打たれた部分に塗りつける。
ひんやりとした感覚の後、患部がじんわりと暖かくなった。
引き出しから取り出した鏡で、その部分を確認する。
すっかり綺麗に、元通りになっていた。
鏡を戻し、身支度を整える。
ハンナは仕事中だろうから、今日はひとりで街に繰り出す。
念の為、護身用の魔導具を身につけた。
ネックレス型のそれは、魔力を通すことで結界が発動する。
備えあれば憂いなし。
私の好きな言葉だ。




