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第一章:平凡な日常と奇妙な夢(00)

 静かな春の朝だった。

 校舎のガラス窓に、朝陽がやわらかく差し込む。始業前の教室は、生徒たちのざわめきと椅子のきしむ音でゆるやかに満ちていた。新学期の始まりから数日、まだ教室の空気には慣れない緊張感と、どこか浮き足立った期待が漂っていた。

 窓際の席に座る西原創は、頬杖をついて、ぼんやりと外を眺めていた。

 桜の花びらが、校庭の風に舞っている。ふとした瞬間に風が強くなり、花びらがふわりと空に舞い上がった。その様子を見ながら、創のまぶたは、じわじわと重たくなっていく。

(また眠い……)

 ここ数日、彼の朝はずっとこんなふうだった。眠気がまったく取れない。目は覚めているはずなのに、体がついてこない。頭の奥が靄がかかったように重く、教室の音すらも遠く聞こえる時がある。

 そして──心のどこかで、奇妙な感覚が胸を圧迫していた。

 ノートに広げたページは白紙のまま。ペンを握った手は、一文字も書かないまま、じっと机の上に置かれていた。隣の席から聞こえてくるおしゃべりの声も、黒板の前で談笑する担任の姿も、何一つとして彼の意識には入ってこない。

 ──彼には、気になっていることがあった。

 今週に入ってから、連続で「ある夢」を見ている。

 いつも同じ夢。内容も、空気感も、声も。まるで録画された映像のように、毎晩変わらず、繰り返されていた。

 夢の中には、一人の女性が現れる。

 白く透き通るような肌に、銀色の長い髪。瞳は閉じられ、身体は仰向けで横たわり、どこか痛々しいほどに静かだった。彼女はまるで、眠っているのか、死んでいるのかもわからなかった。

 その傍らに、異形の者が現れる。

 黒い煙のように揺れ動く輪郭。顔らしきものはあるが、表情は判然としない。その存在は、彼に対して語りかけてくる。

 「八徳の徳を以って、姫を救え──」

 低く響くその声が、夢から目覚めた後も、耳の奥にこびりついて離れない。

 ただの夢と割り切るには、あまりに生々しく、あまりに繰り返されるのだ。

 そして──何よりも不可解なのは、その夢を見るたび、目覚めたときの“疲労感”だった。

 まるで全力疾走を終えた後のように息が切れ、心臓は早鐘を打っている。目を開けた瞬間から身体が重く、だるさと共に一日が始まる。

 たかが夢、されど夢。

 それは、もはや“現実の延長”とも言えるほどに彼の生活を蝕みつつあった。

 チャイムが鳴った。

 生徒たちが慌てて席に戻り、教科書を広げ始める。だが創の手は動かない。どこか遠くの音のように、チャイムも教師の声も響くだけだった。

(俺だけがおかしいのか……)

 自分が壊れていくような恐怖が、心の底でじわじわと広がっていた。

──つづく


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