最終話
「よくお似合いです、レイシア様!」
今夜はいよいよランゲリオン王国との記念パーティが催される。
私は部屋で、セルヴィンから贈られたドレスに着替えていた。我ながら、よく似合っているわ。あとで彼にお礼を言わなくちゃ。
セルヴィンには、アメジストのブローチを渡した。私の瞳の色よ。渡したときは相当驚いていたわ。
「それじゃあ行きましょうか」
「はい」
大広間の前には、めかし込んだセルヴィンが立っていた。どうやら、後は私たちの入場を待つのみのようね。
「セルヴィン」
「レイシア!あぁ、やっぱりよく似合ってる。とても綺麗だ」
「ふふ、ありがとう。セルヴィンもカッコいいわ。そのブローチ、つけてくれたのね」
「もちろんだ、君からの贈り物だからね。それじゃあ、行こう」
セルヴィンのエスコートで会場に入る。
たくさんの視線を感じる。その中には、懐かしい顔ぶれもいた。
けれど、もう何も思わない。私は今幸せだもの、それで充分だわ。
「本日は、この記念パーティにお越しいただき誠にありがとうございます。ホルグス王国の平和と、ランゲリオン王国の安寧を願って、乾杯」
あちこちでグラスの涼やかな音が響く。それを皮切りに、私たちの周りには人が集まり始めた。
「セルヴィン様!ご婚約おめでとうございます!」
「レイシア様、先日は私どもの領地を浄化していただき、本当にありがとうございました」
それに微笑んで受け応える。
けれど、全部が全部、良い内容なわけが無かった。
「久しぶり、レイシア」
流れる銀糸の髪に、濃い空色の瞳。
元婚約者のアルバート様だ。そしてその隣には、未だシエラ・クリスティアが侍っていた。
「レイシア、この方は」
「ご紹介致します。セルヴィン、この方は私の元婚約者で、ランゲリオン王国第三王太子のアルバート様です。お隣は、聖女のシエラ・クリスティアさん」
「なるほど、彼が」
心なしか、セルヴィンの視線の温度が下がった気がした。アルバート様は、それにも気づかず、酔っているのかベラベラと喋り始めた。
「貴殿はホルグス王国の第一王子殿だね?もしかしてレイシアと婚約したのかい?はは、1つ教えて差し上げよう。レイシアは、我が国の聖女であるシエラを殺そうとして追放されたのさ」
アルバート様は、全員に聞こえるような大きな声でそう言い切った。やっぱりちょっと酔ってるみたいね。
セルヴィンは私の腰に手を回し、ぎゅっと引き寄せた。
「お言葉だが、アルバート殿。我々ホルグス王国はその事件…いや、事故について調査済みであり、レイシアが何の罪も犯していないと知っている。その発言は、我が国の聖女に対する侮蔑と捉えて宜しいか」
セルヴィンの厳しい口調に、アルバート様は目に見えて動揺した。彼の腕に巻き付いたシエラさんも、開いた口が塞がらない、といった表情をしている。ふふ、ちょっと面白いわね。
「は……聖女?何仰ってるんです?レイシアが聖女…?」
「その口で私の婚約者を呼び捨てしないでいただきたい。レイシア、行こう」
「えぇ」
腰を引かれるまま、その場を去る。
私が聖女だという情報が伝わっていないということは、きっと他の貴族たちから遠巻きにされているのでしょうね。
可哀想?いいえ、最早他人だもの。彼が勢力争いに負けたところで、何の情も湧かないわ。
「レイシア」
「なぁに?」
「少し、外に出ないか」
ベランダに出ると、風のせいか少し肌寒かった。
「レイシア、君はまだ、彼のことを想っているのか?」
セルヴィンは迷子のような心細げな顔で、私の頬に触れる。
「いいえ。事実を聞こうともせず私を捨てた方ですもの、もう何とも思っていないわ」
そう答えて彼の手に自身の手を重ねる。
セルヴィンの表情が柔らぐ。彼は私の両頬を包むと、目を合わせて言った。
「愛してる、レイシア」
私も、という言葉は声にならなかった。
月明かりの下で、私たちは初めての口づけを交わした。
風の噂で聞いた話だが、その後、ランゲリオン国王の座は第一王太子が継いだらしく、アルバート・ランゲリオンは爵位剥奪、つまり平民へ堕とされたらしい。聖女だったシエラ・クリスティアも、私を貶めた罪からその座を追われ、今は修道院にいるそうだ。
数年後、私たちは結婚し、セルヴィンはホルグス王国の王位を受け継いだ。子供も2人授かり、幸せに暮らしている。
思えば、国外追放がなければこんな生活はしていなかったでしょう。そう考えると、あの2人には感謝しなくちゃね。
「レイシア?どうかしたかい?」
「いいえ、幸せを噛み締めていただけよ」
ここが、私の居場所。
これにて完結と致します。拙かろうと、とにかく書き切ることを目標としていたので私としては満足です。
最後まで読んでいただきありがとうございました。よければ感想などお聞かせ下さい。