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episode.4 決戦



 数日後。

 セルヴィンがクルドを引き連れ、再び訪れた。


「これが、北領周辺の地図だ」


 テーブル上に広げられた地図を見る。セルヴィンが指差したのは、この前私が浄化した土地より更に北、一切木々のないところだった。


「ここは空気が悪く、作物も育たず、動物も寄り付かない。魔物たちはここから湧いてくる」


「なるほどね……それで、邪神の封印に関してはどこまで分かっているの?」


「封印陣の場所は分かってる。ただ……」


「何?」


 言い淀んだセルヴィンを促す。彼は躊躇いながら口を開いた。


「封印の仕方が分からないんだ。古書を片っ端から当たったんだが、解除の仕方しか分からなかった」


「解除の方法だけですって?一体なぜ……」


 顎に手を当てて考える。

 封印の仕方は不明。解除方法のみが記されている。

 つまり、もう一度封印することは出来ないのかしら?次に封印が解けるときは、完全に倒さないとならないの?

 私の考えをセルヴィンに伝えると、彼は「なるほど」と言って考え込んでしまった。部屋に沈黙が降りる。別に気まずくはない。真剣さ故のものだから、むしろ心地よい。

 しばらくして、セルヴィンが私の名前を呼んだ。


「レイシア。俺は邪神を討とうと思う。君はどうする」


「分かっているのではなくて?もちろん、私も一緒に戦うわ」


 セルヴィンは柔らかく微笑んだ。今までの張り詰めたような表情とは違い、年相応の彼を見たような気分だった。


 そこから数ヶ月、私たちは戦いに備えて準備と鍛錬をした。騎士団の方とも手合わせ出来たので、なかなか強くなったのではないかと思う。聖魔法も、今ではすっかり扱いに慣れ、自分の怪我はほぼ反射的に治せるようになったし、身体強化の術も常時かけられるようになった。

 封印を解き、邪神を討伐するという旨は事前に国王陛下と騎士団へ伝えていた。邪神の封印を解けば魔物が溢れ出すかもしれないという懸念があったので、ホルグス騎士団には王城と街の警備に当たってもらった。

 邪神討伐へは、私とセルヴィンで行くことになった。

 北領までは馬で駆け、そこから先は魔物と戦いながらの前進だった。

 だが、一線を踏み越えると途端に魔物の姿は消えた。2人はそれぞれ剣と杖を構える。


「ここね?」


「あぁ」


 たしかに、一定の邪気が漏れ出ている。封印陣に刻まれた魔力が弱まっているのね。


「封印を解くぞ」


「えぇ」


 セルヴィンは封印陣の前に立ち、そこに手をかざす。封印陣に攻撃魔法を孕んだ魔力を流すと、バチバチッと凄まじい音を立てて封印が解かれていく。

 その音が収まると、水を打ったような静寂が訪れた。




 否、死の前の静寂。


「ッ!」


 音もなく背後に現れたそれは、闇が凝縮したような姿をしていた。

 感じたことのないプレッシャーに、口角が歪に上がる。背中を冷や汗が流れていった。

 邪神はその影から無数の魔物を放つ。


「セルヴィン!私が魔物をやるから、あなたは本体を」


「分かった」


 魔法陣を展開し、攻撃魔法を撃つ。が、まったく手応えがない。もしかして虚像なの?でもこちらにはダメージを与えられるみたいね。厄介だわ。


「“照らせ”」


 トン、と地面に杖をついて強い光を放つ。聖魔法の力に耐えられなかったらしい虚像の魔物は、断末魔をあげることもなく消えた。


 セルヴィンが邪神の体躯を真っ二つに切り裂く。露わになった黒曜石の如き核に浄化の魔法を撃ち込むと、邪神の体は黒い砂となって消えた。

 最後の粒が宙に消えると、透明な雨が降ってきた。セルヴィンは剣を持った右手をダラリと下げ、静かにその雨を受けている。


「思ったより、呆気なかったわね」


「あぁ。でもこれで、ようやく……」


 最後の方は、嗚咽に紛れてよく聞き取れなかった。えぇ、でも分かるわ。

 この数ヶ月、間近で見てきてよく分かったの。

 あなたは国民を、この国を誰より大切に思っている。その為には自分の身を捧げることも厭わないでしょう。

 魔災の根源であった邪神を討った今、魔物によって国民が傷つけられることは最早なくなった。もう、戦いで犠牲になる騎士もいない。

 セルヴィンは剣を鞘に納め、顔を拭うと私に近づいた。そして、私を抱きしめた。


「ありがとう、レイシア。君のおかげで、この国はもう安泰だ。本当に、ありがとう…」


「当然のことをしたまでよ。私はこの国で居場所をもらった。恩返しみたいなものね」


 暗雲が垂れ込めていた空に、光が差す。雨は止んだようだ。

 セルヴィンは、私から体を離し、鮮烈な緑の目で私を見つめる。その熱が籠った眼差しに、彼が何を言わんとしているのか、何となく予想がついた。


「レイシア、俺は君のことが好きだ。返事はいらない。これからもっと俺のことを知ってもらえたらいいと思ってる」


「私もよ」


「……えっ?」


 目を丸くして聞き返すセルヴィンに、思わず笑みが溢れた。あぁ、もうこんなにもあなたが愛おしいんだもの。


「私も、あなたのことが好き」


「……本当か?」


「嘘ついてどうするの?」


 セルヴィンは目尻を下げて、まるで蕾が綻ぶように嬉しそうな笑顔を浮かべた。




 その後は忙しかった。

 国王陛下へのご報告、国民への報告。それから3日間の宴が開かれ、私とセルヴィンは邪神を討ち取り国を救った英雄として、陛下から勲章を授かった。

 そして婚約の話も進んだ。

 陛下に想い合っている旨を伝えると、二つ返事で了承してくれた。魔災の恐れがなくなった今、聖女は名を残すのみとなったため、結婚しようと子を成そうと関係なかろう、と陛下は仰っていた。


 また、魔災が完全に解決した記念に、他国とのパーティも催されるらしい。隣国ということもあり、ランゲリオンとのパーティは近いうちに行われるそうだ。

 そういう理由もあって、私は今、メイドたちに着せ替え人形にされている。


「ちょっと、もっとタイトなの無い!?レイシア様のスタイルは至高なんだから、見せつけてやるべきでしょ!」


「待ってよ、女性らしいふんわりしたのも似合うでしょ?ほら、これなんて色ピッタリじゃない」


「アクセサリーはどうなされますか?」


 とまぁ、こんな調子だ。

 終わりの見えない論争に疲れてきた頃、メイド長のマリアが何やら箱を抱えて戻ってきた。


「殿下からプレゼントだそうですよ」


 メイドたちから悲鳴のような歓声があがる。それはもう、耳を劈くような。

 中を開けてみると、思わず嘆息した。メイドたちもうっとりしている。


 ところどころに鮮やかなルビーがあしらわれた、深緑のタイトで裾と袖の広がったドレス。そして複雑な煌めきを放つオパールのブローチ。

 言うなれば、セルヴィンの色。

 これには柄にもなく、頬が染まった。私だって女の子だもの、好きな人からプレゼント貰えるなんて、とても嬉しいわ。

 アルバート様からは、こんな愛の籠ったプレゼントなんて頂いたことなかったもの。


「求婚じゃないですかこんなの…!」


「殿下って意外に独占欲強いのかしら……」


 恐らく、今度のパーティで着てほしいということでしょう。なら私も、何か贈り物をした方が良さそうね。


「マリア、買い物に行くわよ」


「かしこまりました」

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