episode.3 品定め
「粗相、か。一体何をしたのだ」
どうやら、私に関する調査はまだらしい。
「ランゲリオン王国の聖女を害した、という濡れ衣を着せられ、婚約者には婚約破棄を告げられ、実家からは勘当され、国から追放された次第でございます」
ありのままを告げる。
「濡れ衣だと?ランゲリオン国王は何をしていたのだ」
「恐れながら、私の元婚約者である第三王太子様に一任しておられたのかと」
婚約者の不始末は婚約者が、ってね。
「なるほど。しかしそなたは、罪を犯していないのだな?」
「誓って、聖女を害してなどおりません」
陛下は威厳たっぷりに顎髭を撫でる。
背中を冷や汗が流れた。ホルグス王国は「武の国」と言われるだけあって、王族にも武人が多い。目の前に座している国王陛下は若い頃、魔災時に多大な戦果を上げたと聞く。そんな強者に品定めでもされるように見られているのだ、緊張もする。
「……なるほど。ホルグスの『影の者』に、その件調べさせよう。そなたが潔白だと証明され次第、聖女として迎え入れる」
「ありがたき幸せ」
第一段階はクリア、といったところね。話のわかる御仁で良かった。
その後、私は王城の一室でしばらく過ごすことになった。まぁ監視付きだけど、衣食住は保証されているから悪くない。
数日後、知らせが届いた。
再び陛下の前へと参上する。今日は陛下の隣に、鮮やかで真っ直ぐな緑の目をした青年が控えていた。
「そなたの潔白が証明された。ホルグス王国はそなたを歓迎しよう」
私は片膝をついて頭を垂れ、次の言葉を待った。
「レイシア・ヘルメーヴェ、まずはそなたに、その力を証明してもらう」
「証明、ですか」
「うむ。ここに我が国の第一王子、セルヴィンがいる。少々頭は堅いが、武術、魔法の扱いは共に国を代表するに足る。これと戦い、自らの有用性を示せ。我々は聖女に戦闘力を求める。治療だけならば、医師を呼べば良いからな」
ふふ、なかなかな御方ね。聖女に戦えなんて、ランゲリオン国王が聞いたら卒倒しそうだわ。
「分かりました。セルヴィン様、お相手宜しくお願いします」
「あぁ。手加減はしない」
陛下の隣に控えていた青年、セルヴィン様は前に出て、スラリと剣を鞘から抜く。
まずはジッと観察する。体格もいいし、魔力量もこの前の門番と並ぶわね。正面からぶつかれば、恐らく私がギリギリ負けるわ。でも……
魔法陣から杖を出し、地面にトン、と先を置く。
戦闘力。それは攻撃の能力のみではない。
「では……始めッ!」
セルヴィン様が剣を構え、力強く地面を蹴る。私は最初の位置から動かない。剣の鋒が私に届く、その瞬間に魔法を展開する。
「“防護せよ”」
「!」
基礎魔法の1つ、防御魔法による障壁の展開。物理ならば、あらゆる攻撃を防げる魔法だ。加えて、込められた魔力の密度によって強度も増す。
しかし、さすがは武人。これが防御魔法だとすぐに見切ったセルヴィン様は攻撃魔法へと切り替えた。
「“ファイアー”!」
なるほど、火の弾ね。魔力も圧縮されているし、防御魔法程度なら簡単に破れるでしょう。
「“スティール”」
すぐさま正面に鉄壁を展開。火弾はぶつかって火花を散らすだけに留まった。セルヴィン様は悔しそうな声を漏らす。
これっていつまでやるのかしら?
余計なことを考えたその瞬間、完全な死角、背後から魔力の塊が迫ってくるのを感じた。なるほど、火弾を分散させていたのね!私は初めて動き、迫る烈火に水を浴びせて鎮める。
両者譲らず。思わず笑みが溢れてしまった。
「ふふっ」
「何笑ってる」
「いえ、強者に会えたのが嬉しくて」
「……本気で来てくれ」
「えぇ、もちろん」
杖を剣へと形状変化させ、構える。今まで魔力を纏わせた私の剣に勝てた者はいない。そう、ランゲリオン騎士団でさえ誰一人だ。
「参ります」
「受けて立つ!」
両者の剣が交わる___寸前。
「そこまでッ!」
陛下の鋭い声が飛んだ。
私は剣を消し、セルヴィン様も剣を鞘に収める。そして、陛下の言葉を待った。
「レイシア・ヘルメーヴェ。そなたは稀に見る素晴らしい『武人』だ。我々は、そなたを聖女として受け入れ、そなたが裏切らぬ限り、その身元を未来永劫保証すると誓約しよう」
ホルグス王国における「武人」とは、その人の武術に対する褒め言葉に他ならない。セルヴィン様が微笑んで私に頷いた。
「ありがたき幸せ。レイシア・ヘルメーヴェ、ここに、聖女としての責務を全うし、ホルグス王国に尽くすと誓います」
こうして私は、ホルグス王国の聖女となった。
どうやら、聖女が崇められるのはどこの国でも変わらないらしく。
聖女に就いたその日から、複数のメイドによって体を洗われ、髪を結い上げられ…それはもう、蝶よ花よといった具合だった。
「セルヴィンだ。お時間よろしいか」
返事をすると、セルヴィン様と体格の良い青年が入ってくるのと入れ替わりに、メイドたちは1人を残して退室する。
「どうされました?」
「あぁ、まずはコイツを紹介したくて。クドル」
クドル、と呼ばれた青年は一歩前に出て敬礼する。この方……魔力がほとんど無いわ。
「私はホルグス騎士団団長、兼セルヴィン様の護衛をしているクドル・バーシャでございます。この度は、我らが副団長を救っていたたぎ、誠にありがとうございました」
「自分の責務を果たしたまでです。お役に立てて何よりだわ」
クドル様は黙って深く礼をすると、一歩下がって最初の位置に戻った。
「レイシア様、お話があるんです」
「レイシアでいいわ」
「では俺のこともセルヴィンと。改めて、レイシア。単刀直入に言うが、俺を助けてくれないか」
セルヴィンは真っ直ぐに私を見つめる。
……不思議な感じだわ。ランゲリオンにいた頃、こんな風に誰かに見つめられたことがあったかしら。
「具体的には、どのようなことを?」
「あぁ。北領の惨状は、君も見ただろう。あれより更に北、この国の最果てには邪気の湧き出る場所があるんだ」
セルヴィンは語り始める。
その昔、世界は創造神によって創られ、守られてきた。しかしある時、突然空は暗雲に覆われ、邪悪な空気が垂れ込めた。人々は次々と伏し、大地は痩せ衰えていった。その原因が、邪神と呼ばれる堕ちた神だ。邪神の吐く息はあまりに禍々しく、この世と相容れぬものだったと聞く。そこに現れたのが、君も知っている通り聖女だ。聖女と当時の魔法使いによって、邪神は北の地に封印された。
けれど、それから1000年の時を経た今、封印が解かれようとしている。俺はこの国を守るために、絶対に阻止しなければならないんだ。
「そのために、どうか力を貸してくれ」
セルヴィンは頼む、と言って頭を下げた。後ろに控えたクルドもそれに倣う。
「顔を上げて」
鮮やかな緑と視線がかち合う。私はそっと口角を引き上げ微笑んだ。
「断る理由も無いわ。私は既に、ホルグス王国に尽くすと決めた身。ぜひ私にも手伝わせて」
「ありがとう。父上にはもう話を通してある。詳細は追って連絡するよ」
「えぇ」