episode.2 邂逅
聖女とは。
その昔、世界の危機を救った聖なる乙女のことを云う。
乙女は光の魔法を使い、万物を癒し、邪気を浄化した。この御技を聖魔法と云う。
ランゲリオン王国では、聖女を神格化している節がある。私が追放されたのもそのせいだ。そしてその考え方は、聖女は1人しか存在し得ないという伝承に基づく。
ではなぜ、私が使えるのだろう。
可能性として考えられるのは、伝承自体が間違っていた、ということ。
もしくは既に聖女がいるランゲリオンを出たことで、潜在していた聖魔法が発現した、ということ。聖魔法と相対する存在、邪気に触れたことも原因かしら。いずれにせよ、こちらの方が可能性としては高そうね。ホルグス王国の状況は知らないけれど、でもこれだけ浄化が追いついていないってことは、きっと聖女はいないのでしょう。
つまり、この国において、私には価値がある。
自然と、口元に笑みが浮かんだ。ランゲリオンでは女でありながら男より強いとして、あまり面白く思わない者が多く、やっかみも多かった。それでも私が退こうとしないからか、元婚約者のアルバート様からは、「もう少し周りと馴染んだらどうだい?レイシア」と言われる始末。今思えば、本当に可愛げのない婚約者だったのでしょうね。
けれど、これが私。
受け入れてくれないのなら、受け入れてくれる場所を探すしかないわ。
土地を浄化したことによって出現した草原は、見渡す限り続いていた。端々に、棒立ちになっている人も見える。だが杖を持った私に気がつくと、その人影が駆け寄ってきた。
「もっ、もしかしてお前さんがやったのかい?こんな広範囲を、一気に!?」
「えぇ。お役に立てたなら何よりです」
「あぁ、まさか生きているうちに聖女様にお会いできるとは……!
失礼致しました、私はホルグス騎士団のカームと申します。向こうに重傷を負った副団長がいるのです。あなた様のお力を貸していただけませんか」
カームと名乗る男性は騎士の敬礼をし、そう言った。ホルグス騎士団ということは、きっと国有の団ね。ならば、私の利用価値を示せばこの国での私の居場所が見つかるかもしれない。
「分かりました。連れていって下さい」
「はっ」
草原は地平線まで続いている。我ながら末恐ろしいわね。魔力だけは誰よりも多いからかしら。
カームについて歩いていくと、テントが複数張ってある野営地に着いた。カームが座り込んでいる騎士に声をかける。
「おい、副団長の容態は?」
「ダメだ、一向に意識を取り戻さん。邪気に体を蝕まれてるようだ。ところで、その嬢ちゃんは?なんでこんなところに」
「聖女様だ。俺はこの目でその御技を見た。この方ならば、副団長を助けてくださる」
「は…じゃあもしかして、ここの浄化も、この方が?」
カームが黙って頷くと、その騎士は立ち上がって敬礼した。
「副団長は、我々だけでなく国民の心の支え。頼みます」
「えぇ、必ず助けてみせましょう」
副団長……随分人望が厚いのね。平和ボケしたランゲリオン騎士団とは大違いだわ。
更に奥へ向かうと、血の臭いと微かな邪気とが漏れ出るテントがあった。
「ここです。どうか……お願いします」
頷きで応え、テントの中に入る。中央にはベッド横たわった男性、そばには数人の騎士が控えている。
「……聖女様にございますか」
医者であろう小柄な老人が、恭しく私を見上げた。私は肯定する。
「この老いぼれでは、止血が限界でございました。ジルバー副団長様は、邪気に傷口を蝕まれております。それ故、血は止まっても意識が邪気と戦っているために、生死の淵を彷徨っておられる。
どうか、我々の希望を頼みます」
「えぇ」
視線をベッドへ移す。左胸から脇腹にかけてがザックリと裂けていた。よく日に焼けた精悍な顔は、今や憔悴して苦悶の表情を浮かべている。
まずは、傷の浄化を。
杖を掲げ、傷口の真上に魔力を流す。
「“浄化せよ”」
杖の先から柔らかな光が流れ、副団長の体を包み込む。みるみるうちに邪悪な気配は去り、彼の呼吸もいくらか穏やかになった。
さっきはあまり感じなかったけど、人に使うのって体力も魔力も消耗するみたいね。でも、引き受けたからには最後までやり切るのが私の美学。
「“治癒せよ”」
今度は、光の糸が垂れ、織物のように傷口を覆っていく。最後の光が傷口に触れたその時、副団長は目を開けた。
「……君、か」
「レイシアでございます。お加減はいかが?」
「あぁ……とてもいい、とは言えないが……ありがとう、君のおかげで…まだ剣を振るえるよ」
副団長は掠れた声で礼を述べた。騎士たちの野太い歓声が聞こえる。数人控えていた騎士のうちの1人が、朗報を伝えに外へ走っていった。
副団長がそっと手招きをする。その口元へ耳を寄せると、彼はこう言った。
「レイシア様……私の身体が回復したら、あなたを城へ連れて行きましょう。あなたさえ良ければ、我が国の聖女となって、この国を救ってほしい」
来た。きっとこれを逃せば次はない。
「はい。謹んでお受けいたします」
数日後。
さすが騎士と言うべきか、副団長は瞬く間に回復した。傷口は未だ痛むらしいが、もう乗馬まで出来るそうだ。
「改めて名乗ります。私はホルグス騎士団が副団長、ジルバー・クウィットです。今からあなた様を、王城へお連れします」
「えぇ。宜しく頼むわね」
「それで、王城までの交通手段なのですが…」
「馬に乗ればいいのね?大丈夫よ、乗馬は好きなの」
「分かりました。では連れて来させます」
私の元に引かれてきた馬は、ブラウンの毛並みの穏やかな子だった。名前はハーヴと言うらしい。
「宜しくね、ハーヴ」
首元を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じていた。うん、いい子ね。
「それじゃあ、行きましょう」
ジルバーについて野を駆ける。私が浄化した場所は、爽やかな風が吹いていてとても気持ちが良かった。
そしてその草原を抜けると、遠く東の方に石造りの城が見えた。ジルバーがそれを指して言う。
「あれがホルグス王城です」
堅実かつ防御面に特化した城だ。華美で豪奢なランゲリオン王宮とは程遠い。
しばらく馬を走らせていると、背の高い城門に着いた。ジルバーが馬から降りたので、それに倣う。
「ジルバーだ。王城へ火急の用がある故、通してもらいたい」
「ジルバー殿か。一応、そちらのお嬢さんの身分を伺っていいかい?」
「あぁ、この方はレイシア様という。訳あって詳しいことは話せないが、素晴らしい魔法使いだ」
「ふぅん。まぁアンタが言うなら相当だね。いいよ、通りな」
「恩に着る」
あの2人、知り合いみたいね。門番の方はきっと武術より魔法が得意そう。本人はあれでも制御してる方なのでしょうけど、それでも私が会った中でもトップクラスの魔力量だったわ。
「もう少しです、レイシア様」
段々と王城が近づいてきた。王城はやはり見上げるほど高く、堅牢な造りをしている。どっしりとした佇まいは、その歴史を物語るようだ。
そして、私たちはホルグス王城へと辿り着いた。
最初は適当な客間か何かに通されるものだと思っていたけれど……まさか、最初から国王陛下にお会いできるとは。
「そなたか。ジルバー・クウィットを救い、北の戦地を浄化したのは」
「は、私でございます」
「面を上げよ……名は何と申す」
考えを巡らせる。ここは正直に言うべきだろう。どうせ、いずれはバレるでしょうし。もしくは、もう調査が済んでいるかもしれないしね。
私は公爵令嬢に相応しい凜とした眼差しで陛下と目を合わせる。元とは言え、これだけは曲げられない。
「私は、レイシア・ヘルメーヴェ。ランゲリオン王国ヘルメーヴェ公爵家の者でしたが、粗相を致しましたために追放されました」
さぁ、ホルグス国王陛下。
貴方は私をどうする?




