episode.1 覚醒
ランゲリオン王国北東に流れる大河の、橋を渡った向こう岸。そこにホルグス王国はある。
硬い座席の馬車に揺られながら、私は外を眺める。こんなに揺れるんじゃ、舌を噛むのも時間の問題かしら。でもこれが、殿下の私に対する情を示している。
どうやら、あの婚約破棄は国王陛下に伝わっていなかったらしい。陛下には息子の非礼を詫びられ、戻るよう頼まれたけれど、恐れながら断った。
___「もうアルバート様に私への情は残っていないようです。でしたら、ここにいても惨めになるだけ。常より外国を見てみたいと思っておりましたので、むしろ良い機会ですわ」___
えぇ、もちろん虚勢よ。外国へ行きたいと思っていたのは本当だけれど、でも、こんな形では行きたくなかった。
一度婚約破棄されれば、公爵令嬢といえどあまりいい顔はされない。そういう意味では国を出れたのは良かった。外国に私を知っている人はいまい。
橋を渡り切って少しした頃、やっと馬車の揺れが収まった。
「着きましたぜい、お嬢さん」
「ありがとう。1つ聞きたいのだけれど、この辺りに宿屋ってあるかしら」
「宿屋なら、探せばあると思いますよ。このエリアは冒険者ギルドの管轄っすから、冒険者のための施設が揃ってるんです」
「そう、分かったわ。お疲れ様」
「いえいえ、良い旅を!」
御者はそんなに悪くなかったわね。さて、情報も得たことだし、せっかくなら冒険者ギルドに行ってみましょう。私の魔法や武術は戦力になるはずよ。
それに、一度でいいから本気で戦ってみたかったのよね。学園じゃ、私と張り合えるのは一握りの人間だけだったもの。
活気ある街道に沿って歩くと、少し離れた高台に一際大きな建物が見えた。あれがきっと冒険者ギルドね。
かなり視線を感じる……地味な服装を選んだつもりだったのだけれど。やっぱり途中で服屋に寄りましょう。嫌ではないけれど、行く先々で注目されるのは面倒だわ。
装飾品を外し、ロングワンピースから平民の服装へ着替えるといくらか動きやすくなった。アクセサリーは後で通貨に替えてもらいましょう。なかなか持ち運びに苦労するのよね。
そして更に歩くこと数分。冒険者ギルドへ辿り着いた。中へ入り、受付らしき女性に声をかける。
「冒険者登録をしたいのだけれど」
「分かりました。お名前と年齢、それと希望する役職をお選び下さい」
「レイシアよ。歳は17。魔法使いを希望するわ」
敢えて姓は名乗らなかった。ここに、ランゲリオンの情勢に詳しい人がいないとも限らない。
「……はい、登録が完了しました!早速依頼をお受けになりますか?」
「えぇ」
「では、この中から選んで下さい」
羊皮紙に連なった文字をなぞっていく。すると、興味深い依頼を見つけた。
「この、戦場の後処理というのは?」
「あぁ、そちらは……新人の方には少々難しい依頼かと。ご存知のように、我が国では魔獣による災害、すなわち『魔災』が頻発しています。応戦は主に騎士団の方々ですが、負傷する方も少なくなく。戦場となった土地は基本的に荒地となりますが、放置されがちなんです」
なるほど。魔災の存在自体は知っていたけれど、実際にその被害を目の当たりにしたことはない。この国を知るいい機会ね。
「分かったわ。その依頼、私が受けましょう」
「えっ、ですから新人の方には……魔獣が出るかもしれないんですよ?」
「大丈夫よ。場所を教えてくれる?」
私が引かないことを悟ると、受付の女性は心配そうな顔で依頼の場所を教えてくれた。彼女は「初回サービスです」と言って傷薬をいくつか押し付け、親切なことに近くに駐屯している騎士団の野営地まで教えてくれた。そんなに心配かしら。まぁ私の見た目は熟練の魔法使いには程遠いでしょうから、それも当然かもしれないわね。
初依頼、私の名にかけて完璧にこなしてみせましょう。
ワープ魔法で現地の近くに飛ぶ。
思ったよりも酷そうね。風に乗って、煙や血の臭いがする。
依頼内容は、主に土地の回復。魔物の呼気は邪気と呼ばれ、他の動物や人間、そして大地を汚染する。そのため、魔物が現れた土地では作物が育たなくなることがよくある。だから依頼をだし、魔法使いを募っているのだろう。
土地の回復、すなわち浄化は水魔法と土魔法、それからその他既存の洗浄魔法を組み合わせれば可能だろう。だが問題は……
「グルルル………」
すぐそばで唸りをあげる、牙を剥き出した犬型の魔物だ。
「まったく、令嬢をそんなに見つめては失礼に当たるわよ」
指先に炎を凝縮させ、魔物の脳天を穿つ。すると、魔物は黒い霧となって消えた。
「ゲホッ……邪気って意外と臭うのね」
魔物が残した邪気を手で払い除ける。
その刹那、体の内側が燃えるように熱くなった。
「なっ!?」
もしかして、邪気に触れたから?けれど、邪気に触れて起こる症状は風邪に準ずるものか、酷くて肺病のはず。
これは違う。
ひたすらに熱い。まるで内側を炙られているかのよう。
体を両腕でかき抱き、蹲ること数分。謎の熱は引いていった。
「一体、なんだったの…」
あれほど辛かったのが嘘のようだわ。まったく、何も支障がない。
でも、きっといずれ分かるでしょう。確証はないけれど、そんな予感がする。とにかく今は、引き受けた依頼を遂行しなければ。
少し歩いて、ところどころ灰の積もった森を抜けると、焼け野原になった平地が見えてきた。予想はしていたけれど、酷いものね。ランゲリオンにいた頃は、こんな光景を見るなんて思ってもいなかった。けれど、現地の状況を知るというのは良い経験ね。
「お嬢さん、この辺りはまだ魔物が出る。冒険者だか何だか知らないが、興味本位なら今すぐ帰りなさい」
近くにいた中年男性……鎧を着ているのを見る限り、騎士団だろうか。彼はそう私に忠告した。私は微笑んで断る。
「いいえ、心配する必要はないわ。私は依頼を受けてここに来たの」
「依頼……あぁ、後始末か。なら余計やめた方がいい。労力に報酬が見合ってない」
「関係ないわ。私が引き受けた依頼だもの。それに貴方、見る限り負傷しているみたいね。傷薬を持っているの、どうぞ使って」
貰った傷薬を1つ男性に渡し、引き留める声を聞き流して先へ進む。邪気が濃くなっているのか、段々と視界が濁ってきた。
ここらで始めた方が良さそうね。
魔法陣から杖を取り出し、地面に刺す。
魔法はイメージが肝心だ。土地を洗浄するイメージ。生命力を持った新たな土を、汚れを洗い流す清流を。それらをもって、この穢れを。
「“浄化せよ”」
目を閉じて、足元に展開した魔法陣に魔力を流す。
……違和感。
魔法を使った感触が明らかに普段と違う。
私はゆっくりと目を開けた。そして、目の前の光景に息を呑んだ。
戦によって荒涼としていた大地に、一面の草原が広がっていた。ところどころには小さな花も見られる。
「何、なにこれ……」
私はこんな魔法など知らない。
……いえ、嘘ね。1つだけ知っている。けれどそれは、選ばれた人間、つまり聖女のみが使える御技。すなわち“聖魔法”。
「まさか、聖魔法なの?私が聖女ですって?」
聖女は1人しか存在し得ないのではなかったの?いえ、そんなことはもはや些末な問題だわ。
なぜ、私が聖魔法を使えるの?