Prologue
「第三王太子アルバート・ランゲリオンの名をもって、ここにレイシア・ヘルメーヴェとの婚約破棄を宣言する!」
あぁ、我が婚約者は変わってしまわれた。
昔はもっと周りが見えていると思っていたのだけれど。愛は盲目、とはよく言ったものね。それにしても、こんな晴れ舞台で断罪を行おうだなんて、一体何を考えていらっしゃるのでしょう。
たった今、婚約破棄を言い渡された私を、パーティの参加者たちはまるで珍獣かのように観察している。私が暴れ出すとでも思っているのかしら。
愚かね。公爵令嬢たる私は、そんなことで騒ぎ立てたりしない。
むしろ、周囲から好奇の目を向けられるほど、私はより気高く、凛と背筋を伸ばす。
「理由を伺ってもよろしいかしら」
扇子で口元を隠し、鋭い眼差しでアルバート様を見据える。揺らがない私を見て、彼は反対に動揺したように見えた。
「っ…レイシア、君は『気に入らない』という感情的な理由で、我が国の聖女であるシエラ・クリスティアを虐げただろう!」
「私は聖女としてあるべき姿を指摘したまで。殿下の言う、虐げる、に類される行為ではありませんわ」
「意地でも罪を認めないつもりか?君はつい先日、学園でシエラを階段から突き落としただろう!多くの生徒が目撃しているのだぞ!」
はぁ、とバレないようにため息をついた。
まったく、感情的なのは一体どちらかしら。
「ですから、それはシエラさんが足を踏み外しただけでございます。何度も懇切丁寧に説明致しましたが、もう一度必要でしょうか」
パチン、と扇子を閉じて、アルバート様を睨む。握った扇子から軋むような音がした。すると、愚かしくもアルバート様の腕に巻き付いている聖女が、小さく悲鳴をあげた。
「ひっ……もうやめて下さい、アルバート様!私が悪いんです。私がレイシア様の機嫌を損ねてしまったから…っ」
「あぁ大丈夫だよ、シエラ。公爵令嬢であろうと、きちんと罪は償ってもらう」
傍目に見れば、お似合いの2人だろう。潤んだ瞳で見上げる女と、愛おしそうにその髪を撫でる男。私からしたら、ロマンス小説の読みすぎだとしか思えないけれど。
白けた視線を向ける私を、アルバート様はキッと睨みつけた。
「如何なる理由であろうと、聖女を害することは我が国では大罪だ!よって、レイシア・ヘルメーヴェ、そなたに国外追放を命じる!衛兵、彼女を捕えよ!」
あぁ、愚か。本当に愚かね。
聖女は純潔を保たねばならない。つまり、聖女と婚姻を結んだところで何らメリットはない。それならば、公爵家とのパイプを得る方が遥かに利益があるというのに。
本当、どうしようもなく馬鹿だわ。
恋なんかに視界を奪われたあなたも、そんなあなたに惹かれていた私も。
瞳から零れ落ちた透明な宝石は、誰にも見られることなく床に落ち、砕け散った。
衛兵に傍を固められながら、命じられた部屋へ歩いていく。
そこで私は、お父様からヘルメーヴェ公爵家からの勘当を言い渡され、しかし多少の情は残っているのか、何枚かの金貨と装飾品だけは渡していただけた。
そして数日後、私は馬車に乗ってランゲリオン王国を去った。
かくして、幕を閉じたかのように見えたレイシア・ヘルメーヴェの物語は、ここより第二章の幕開けとなった。