庶民の掃除メイドですが、なぜか第三王子が毎日口説いてきて困っています。
私、ローラはお城で掃除をするメイドだ。歳は二〇。
華やかな王族の暮らしを支える立場ではあれど、贅沢な暮らしとは縁遠く、廊下を掃き、窓を磨き、床を拭く毎日。
掃除が好きだし、きれいになると気持ちがいいので、仕事が好きだし毎日充実している。
貴族や王族の人々とはただすれ違う程度で、会話も特にはない。換えのきく備品だ。
自分が誰かの特別になるなんて夢にも思っていなかった。
しかし――最近、妙なことが起きている。
「ローラ、君はいつも一生懸命だね。その姿を見ると心が癒やされるよ」
第三王子ライアー様が、やたらと話しかけてくるのだ。
ライアー様は御年二〇。美しい金髪に青い瞳。絵本から出てきたかのような美青年だ。
公爵令嬢のエリザベス・クリスティーという婚約者がいる。今年の末には、エリザベス様と挙式の予定だ。
そんな人が、なぜ自分のような庶民のメイドに優しい言葉をかけてくるのでしょう? さっぱり分からない。
「ありがとうございます殿下。ですが私は与えられた仕事をしているだけです」
頭を下げるとライアー様が不思議なことを言う。
「はぁ。ゲームで見ていたときも可愛かったけれど、やっぱり本物はもっとかわいい。謙虚なところも良き」
「ゲーム、とは?」
耳なれない単語だ。貴族の間でだけ通じる業界用語だろうか。
首を傾げると、ライアー様は女性たちが惚れ込む極上の笑顔を作る。
「三日後の星の日は仕事が休みだろう? 僕と町に出かけないか?」
「護衛をせよということでしょうか? それでしたら非戦闘員の私ではなく、騎士に頼めば良いかと存じます。まだ仕事があるので失礼しますね」
なぜメイドの私が護衛を頼まれるのか意味がわからなかった。しかもシフトを決めているメイド長ならいざ知らず、王子が、下っ端な私の予定を把握していたのですが……。どうやって調べたんですかね。
翌日、花壇の雑草抜きをしているときにまたライアー様が現れた。
「やあローラ。奇遇だね。二人で一緒にお茶を飲まないか。隣国の大使から最高の茶葉をもらったんだ。君とのみたいな」
奇遇も何も、王城の花壇は王族の居室からは離れているから、あえてここに出向かないと顔を合わせることにはならない。
「失礼ながら、ライアー様。エリザベス様との婚儀を控えている今、メイドとはいえ異性と二人でお茶を飲むという行為はさけて然るべきではないでしょうか」
断られると思っていなかったのか、ライアー様は必死に食い下がる。
「いいや、それは違う。僕が本当に愛しているのはローラだ。懸命に頑張る君から目を離せないんだ。エリザベスは父が勝手に婚約を決めただけで愛してなんていない!」
は?
私は氷水をかけられたような心地だった。
今このお方は何を仰られたんですか。
婚約者は親御が勝手に決めたから捨てる、メイドのローラがいい? なんですかそれ。
「……申し訳ありませんが、そのようなことを仰られましても、庶民の私には分不相応です」
私は丁寧に頭を下げると、ライアー様の前から去った。これ以上ライアー様の視界に入っていたくない。
(婚約者がいるのに……ただのメイドにそんなことを言うなんて、なんて身勝手で無責任なのかしら! それに私は他のメイドと同じことをしているだけよ? つまりどのメイドに対しても同じように思っているのかしら。不誠実極まりないわ!)
王子様からの告白は、ロマンス小説のヒロインなら泣いて喜ぶ展開、なのかもしれない。
けれど、私の中でライアー様への信頼度は大暴落していた。
私は庭掃除を終えると、庭の奥にある馬房で馬の手入れをしている青年フィンに出会った。
フィンは馬丁で、気さくで明るい男性だ。
私より八つ上で、同じように庶民だから、肩肘張らず話ができる。
「ローラ、どうしたんだ? なんか顔色悪いぞ」
「……ちょっと疲れてるだけよ。気にしないで」
フィンは何も聞かずに、手際よくブラシで馬のたてがみを整える。暴れ馬と名が通る馬だが、フィンには身を委ねて静かにブラッシングされている。
「何かあったら言えよ。俺は掃除の手伝いぐらいはできるからさ」
頼もしい言葉に、ほっとした。ささくれていたココロガ癒やされる。
それからしばらく、ライアー様のアプローチは続いた。肩に手を回して愛を囁きデートに誘ってくる。
私は毎回断り、ライアー様から距離を取った。
メイド長にも相談して、ライアー様がいなさそうな時間帯シフトにかえてくれたけれどあんまり効果がなかった。
新シフトも把握して会いに来るんだから。
そんなことが続けば王子の婚約者であるエリザベス様の耳に、この奇行の話が入るのは必然。
「ライアー殿下、メイドを口説いているそうね。貴方はご自分が何をしているのか理解されていますか? このような不誠実なことをされるようでしたら、婚約を解消するしかなくなりますわ!」
夜会で顔を合わせたとき、エリザベス様の怒りは爆発した。
問い詰められたライアー様は正直に話した。
「婚約解消、それこそ僕の望みさ。ここは僕がプレイしていたゲームの世界でさ。ローラはヒロインなんだ。僕はメインの攻略対象でローラと結ばれる運命にある。だから、ローラさえその気になってくれたら王子妃になるのはローラで。あと一年早く記憶を取り戻していたら今ごろはローラと夫婦で…………」
意味不明な供述を聞いたエリザベス様と貴族たちは、ライアー様に冷ややかな視線を向けるばかりだった。
もちろん婚約はライアー様有責で解消された。
そして、私は今日もメイドとして掃除の仕事を淡々と続けていた。
庭の裏手で休憩していると、仕事を終えたフィンも休憩なのか隣に来た。
そして、真剣な顔で言った。
「ローラ、今すぐにとは言わない。君さえよければ、俺と結婚してくれないか? どんなことにも真面目に取り組む、誠実な君とならいい家庭を築けると思うんだ」
心の中に浮かんだのはフィンと過ごした穏やかな時間だった。
「……はい。よろしくお願いします」
後日、ライアー様は王位継承から外され、根性を叩き直すという名目で王家の遠方の領地に送られた。そこの統治をして責任感を養わせるという。
…………領地の民がいささか不憫ですが、まともな領主になるといいですね。
年明けにはフィンと二人、王都のアパルトメントを借りて一緒に住む予定になっている。
私はロマンス小説のヒロインでも何でもない。ただのメイドですから。
王子様ではなく、優しくて堅実な青年と共に暮らす小さな幸せを選んだ。
END