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エピローグ 人間じゃない彼らとアフタヌーンティー

18歳から私を縛り続けていた婚姻関係はアランの手であっさりと終わりを告げた。


本音を言うなら私だけの力でどうにかしたかったけれど、助けになってくれるのが普通のはずの親が反対しているのではどうにもならなかっただろう。


「芹那、本当にお母さんと縁を切ってよかったのか?」


二人でのんびり紅茶を啜っていたところで不意に問いかけられて、私は少し考えてから頷く。


「いいの。元から一緒に暮らしたこともない親子関係だったし。母親をやりたくないから寄宿舎学校に入れるような親だもの」


「そっか… 一緒にいない方が良いってこともあるよな。俺にも少しは分かるつもりだから」


アランの言葉に頷いて、紅茶を啜る。


最後に思い出すのは母親の納得いかない顔。それはそうだろう。黙ってれば金を落としてくれる便利な男だと思っていたんだもの。私に黙って元になってしまった夫の持参金を取り上げてしまえるような親だったし…


愛する気などなかったのにどうして産んだのだろう。誰も産まれたかったなんて言っていないのに。


そう考えると悲しくて虚しい気分になったけれど、産まれて生きてきたからアランと出会えた。再会したからこそ今の幸せに繋がっているんだと、そう思えば生まれてきてよかったと思い直すことができた。


もう親の愛がほしいなんて言うような年齢でもないんだし、今は自分の幸せだけを考えて生きていこう。耐え忍ぶばかりだったこれまでと違うんだもの。


「やあ、待たせてしまったね。ようやく支度ができたよ」


キッチンの方から声が聞こえたかと思うと、カイルさんが可愛らしいティースタンドをテーブルに並べる。今日はアランと約束をしたとかで、アフタヌーンティーを楽しむことになっていた。


どれだけ身内だけだからと軽く考えていたけれど、普段はTシャツに黒いジーンズばかりのアランがスーツを着て、ネクタイを締める有様だ。当然、私にそんな支度があるわけないから、急いで買いそろえることになったんだけど。


アランのセンスで選んだ赤いドレスが少し落ち着かない。私には鮮やかすぎる色だと思うんだけど。


「アランから聞いたんですけど、あなたが純血のインキュバスって…?」


アランの向かいに座ったカイルさんは灰色のスラックスと白いシャツに黒いエプロンを付けていた。エプロンを脱いで灰色のジャケットを羽織りつつ、


「あぁ、本当だよ。数少ない純血のインキュバスだ。珍しいかな?」


軽い調子で教えてくれた。けれど、どう見ても人間にしか見えない黒髪と黒い目をしていては信じられない。けれど、詩織さんと額を重ね合わせるだけで目が金色に光るのでは信じるしかない。…すぐには認識が追い付かないけど。


「いえ、あまり食べないという割に凝ったものをお作りになるんだと思って」


私の戸惑っていることなんて分かっているだろうに、カイルさんは柔和な美貌を笑みで彩って、


「これは趣味みたいなものかな。作るのは好きなんだ。今日は久しぶりに人数集まると聞いたから楽しくてね」


詩織さんの為に紅茶を注ぎながら教えてくれた。詩織さんは慣れているんだろう。カイルさんの為にティースタンドからきゅうりのサンドイッチを取り分けている所で。


「アラン、君の正装を久しぶりに見たよ。ダークカラーのスーツ、俺が仕立てるように勧めたんだったね」


「そうそう。よく覚えてるじゃないか。お前が相手じゃなかったらここまでしないって! ま、今日は楽しませてもらうからさ」


「念のためにワインも冷えているから。趣味だっただろう? お前の」


流石に幼馴染としか思えない会話を聞いている私の為にアランは二杯目の紅茶をカイルさんに頼んでくれた。それから、


「今日はあくまでも身内のパーティーだからさ。マナーなんて合ってないのも同然だ。好きに楽しんでくれていい。一応、下から食っていくらしいけど、俺はやっぱりこれが好きだな。カイルの作るベイクドチーズケーキ!」


そう言いながら自分の為にチーズケーキを取り分けた。私は何も食べないのも失礼だったし、そろそろお腹も空いていたのでマナー通りにきゅうりのサンドイッチから食べることにして。


薄切りされたきゅうりはきれいに青臭さを取り除いてあって、一口食べるとバターの良い香りが口の中に広がった。


「美味しい…!」


「スコーンもお勧めだよ。芹那さん! ジャムから手作りしてるの。私はママレードも好きだけど、ラズベリージャムも美味しくてね」


可憐な少女にしか見えないけど、私と同年代の詩織さんが嬉しそうに説明してくれる。


「お褒めにあずかり光栄だけれど、俺は好きにやっているだけなんだよなあ」


まだ紅茶しか口にしていないカイルさんが嬉しそうに笑みを深めて言う。


「俺達が沢山食べなくても生きていけるからって、常に小食でいる必要はないと思うぞ。カイル」


ベイクドチーズケーキを意外にもフォークで一口ずつきれいに食べ進めながら、アランが真面目な顔で言う。確かにアランは栄養にならないと言ったわりに、沢山食べることを楽しんでいるようだった。


「俺は作る方が好きでね。食べる方はあまり興味がないんだ」


そんなことを言いつつ、詩織さんに促されてようやくサンドイッチを食べ始めた。その仕草は味を感じているのか不思議になるくらいゆっくりで。本当に食べることに興味を持っていないんだと分かった。


「今度は俺が何か作ってやるからさ。俺だってカフェメシくらい作れるんだ」


カイルさんに対抗してなのか否か。そう切り出したアランの言葉に頷く。私はまだまだ彼に聞きたいことが沢山ある。けれど、急がなくていいんだと思えるから。


「ありがとう。じゃあ、私が和食を担当するから」


「頼むな。俺、自分の好きな料理しか得意じゃないんだ。カイルが覚えた方が良いって言ったんだけどさ。和食みたいな繊細なのは苦手なんだ」


小さく頷いて、その後はどこかのんびりで優雅なアフタヌーンティーを楽しむことにした。…私の隣でカイルさんと思い出話をしているアランは、どこか恐ろしい一面を秘めている。


私の前では見せないようにしているけれど… それに人間じゃない。


純血のヴァンパイアだ。その本能とも上手く付き合っていかなければいけない。その為に私ができるのはなんなのか? 私自身も彼と付き合っていく以上、向き合っていかなければいけない。


けれど、今すぐでなくていい。ゆっくりでいいんだと、アランが教えてくれているから。

お待たせしました( ^^) _旦~~ これにて第一部完了です。

色々と表現しきれなかった部分もありますが、アランくんと芹那ちゃんが幸せそうなのでいいんでしょう。意外だったのはカイルくんですね。出番、ここまで多くするつもりはなかったんですけど…(-ω-;) まあ、楽しかったのでよしとしましょう。お付き合いいただきありがとうございました。

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