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七話 ある男の転落

男にとって、芹那は若さだけが自慢の飾りでしかなかった。


男が抱きたいと思えるのは円熟した母性溢れる女で… 昔からそうだった。いわゆるそういった性癖であるのかもしれなかった。だから、新婚初夜にも愛人の元で過ごすことを躊躇わなかった。


芹那は飾りの妻でさえいてくれれば、それでよかった。だから生きていくのには困らないだけの生活費を与えたし、足りない分は自分で稼げと命令した。男の持参した金は母親に取り上げられたそうだが、そんなのは気にする価値もない。


愚かでしかない芹那が悪いのだから… 貧しく生きればいいと侮蔑していて。


「片桐くん、これはどういうことなのかな? 説明してもらおうか」


上司の厳しい追及に何も返せない。


会社で仕事をしていたら、膨大な写真が幾つかの書類と共に会社宛てに届いていて。中身は愛人と過ごしている所や、ラブホテルに入っていく所まで入っていた。…会社の誰も知らないはずだったのに、どうして?


「慰謝料請求と離婚届への署名と捺印… それを求めたが応じてもらえないことから内容証明をわが社に送ったそうじゃないか」


「それは……」


そもそも内容証明に至るまでの過程が存在していない! そう言いたかったが言葉が出ない。


「この女性は君が通っていたクラブのホステスだそうだね。彼女の経歴まできっちり書かれていたよ。借金を肩代わりしてやるから愛人になれと脅したとか… 我が社としても何らかの処罰を考えなければいけない」


驚天動地とは正しく今の男の状況を指すんだろう。どこか他人事の気分でそう考えたが、何も言葉に出てこない。ただ脂汗だけが頬を伝っていく。


「今日はもう帰りなさい。処遇は追って知らせる。今の立場にいられなくなるのは明白だが…」


ジロリと睨みつつ言うと、上司は片手で追い払うような仕草を見せた。それからはただ芹那に問い詰めることしか考えられなかった。今日までこんなに彼女に会いたいと思ったことはないだろう。


芹那に会って、なにがあったのか問い詰めて、できれば愛人のことも公認だと証言してもらって。そんなことを考える。今までの芹那ならやってくれる。そう信じていたのに…



「よぉっ、予想よりも早かったな。さすがカイルだぜ。仕事ぶりが完璧で無駄がない。こういう時ほどありがたいと思ったことはないなあ」


ステータスの為に建てただけでまともに暮らしたことのない家に帰ると、待っていたのは一人の美貌の男で。どこかで見たことがあるかもしれないが、そんなことは気にしている場合じゃなかった。


「芹那はどうした!? どうして俺の家にいるんだ!?」


「答える義理はないなあ。俺はただこの書類に署名と捺印してもらいたいだけさ。簡単だろ?」


男にいくつかの書類を突きつける。離婚届と慰謝料請求の書類と分かった途端、男はありったけの力で殴りかかっていた。美貌の男の頬を捉えたと思った途端、天地がひっくり返っていた。


そしてリビングの床に無様にもうつぶせに転がされたかと思うと、左腕をギリギリと締めあげられる。…圧倒的な力の違いに淡い絶望感が漂う。


「殴られる謂れはないし、この顔はこれから用事があるんでなあ。幸い、利き腕は無事なんだ。書類にサインするって約束してくれれば解放してやるよ」


男は笑っているだろう。見えなくても分かるほどに男の声は明るく楽しげでさえあった。…勝てない。心から感じた。このまま逆らい続ければ命さえ危うい。そうさせるだけの圧倒的な力がこの男にはあると理解せざるを得ない。


「芹那の… 愛人か」


視界の端にリビングのテーブルに飾られた豪華な真紅のバラが入った。この男が持ち込んだのだろう。それを芹那は微笑みながら受け取っただろう。男の見たこともない女の顔で…


「察しがよくて助かる。さっさとサインしてくれよな。芹那が待ってるんだ。口説いたのは俺の方だってのに、罪を感じて泣くんだ。可愛いだろ?」


少年臭さの中に人間では持ち得ない妖しさの香る美貌の男に愛されて… 若さを殺すことなく咲かせていくのか。飼い殺しの道を抜け出して、自由にはばたいて…


「さあ、選べよ。俺に左腕の関節を折られるか。おとなしく書類にサインするか。慰謝料は一括で頼むな。さっさと縁を切らせてやりたいんだ」


そう命令する男は楽しげで。組み伏せられている自分はひどく惨めでしかない。ただ逃げたいと思い、小さく震える声で、


「分かった。…君の言うとおりにしよう」


と答えていた。その後はよく覚えていない。ただ美貌の男との時間を早く終わらせたくて、言いなりになっていた気がする。


震える手でサインし、いくつもの書類に捺印をして…… 男が去っていった時にはこれで会わずに済むんだと安心するばかりだった。



会社から連絡がきたのはその直後だった。男を本日付けで解雇することが決定したという絶望的な知らせで。ただ愛されていることが仕事の愛人にも連絡が行っていたらしく、スマホで知らせを送った時には住み慣れたマンションを引っ越していった後で…


男にできたのは広大な一軒家を売り払い、そうして得た貯金を切り崩しながら粗末なアパートで泣き暮らすことのみだった。


…芹那を愛さなかったばかりか、脅して愛人を囲っていたなどと。許されることではないから当然の報いと言えば、そうなのだろう。

お待たせしました( ^^) _旦~~ お付き合いくださりありがとうございます。こういうアランくんの一面はどこまでどうするか悩みました(-ω-;)ダークすぎても全年齢向けではなくなってしまいますしね。この作品はそういう面でもギリギリに挑戦させられる作品ですね。最後までお付き合いくだされば幸いです。

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