五話 芹那の孤独とアランの罪
※喘ぎ声がちょっとだけ出てきます。ご注意を。
ライブの興奮を引きずったままコンビニで手土産に適当な赤ワインを買い、カイルのプレゼントしてくれた真紅のバラを持って芹那の家へ向かうと、思っていたよりも立派な家が建っていて驚かされる。
「こんばんは。昼ぶりだな」
「アラン…! 本当に来てくれると思わなかった。来ると分かってたらメイク落とさなかったのに」
「俺は嘘は言わないさ。行くと言ったらなにがなんでも行く。それに素顔の方が俺は好きだ。こういうことができるから…」
素直に抱きついてきた芹那を抱き返して、その額にキスした。すると、それだけで彼女の白い頬が赤らむ。そんな初心な仕草さえ愛しくてならない。けれど、ヴァンパイア族の鋭すぎる感覚が告げている。
異様に男の匂いがしない、と。
少し考えを巡らせた後で、それとなく問いかけてみる。
「やけに静かだが、いつも一人なのか?」
「そうよ。夫は一か月に一度か二度帰ってくればいい方なの。それも荷物を取りに来るくらいで、あとは愛人の所に入り浸り。新婚初夜からずっとこんな感じよ」
どこかそっけない調子で帰ってきた。その返事を聞きつつ、性質の悪い笑みが浮かぶ。…芹那はいくらかでも愛情を持っているから清らかな交際で満足できるんだと考えいた。
そもそも、俺自身が人間じゃない以上、触れ合いは慎重にならざるを得ないが。だが、もしも俺の考えている通りなら、思っていたよりも短い期間で最高の舞台を完成させてやれそうだ。
「芹那、とりあえず何か食べさせてくれないか? 仕事の後で何も食えてないんだ。材料費くらいは置いていくからさ」
「ありあわせでよければ、だけれど。すぐ用意するから」
キッチンに入っていく芹那を見送って、俺は通されたダイニングキッチンの椅子に座りつつ、スマホで幾つか知り合いの所に連絡する。芹那の夫を調べるようにという依頼だ。
相応の金さえ用意してやれば、きっちり仕事をこなしてくれる連中がいるというのはありがたい。もちろん、繁華街で出会ったんで表沙汰にはできないけれど。
「アラン、本当に簡単で申し訳ないけれど… 今、シチューと作り置きのパンを出すから。それで足りる?」
「大丈夫だって。夜は軽く済ませるようにしてるから。明日は俺が作るからさ」
その言葉が意図することに気づき、芹那は耳まで赤く染めながらも嬉しそうに微笑んでくれて。俺は芹那の見ている前でワインを開け、二人で乾杯してから遅めのディナーという事になった。
その間、俺は彼女の用意してくれたシチューと軽くトーストされたバゲットを食べながら、夫婦生活の破綻ぶりに呆れていた。そもそも結婚自体も母親が高校卒業と同時に押し付けてきたものだというから、驚きだ。
「だから… 私は女として自信を無くしていたの。だからって、30歳を過ぎた男から女として求められたいわけじゃないけれど」
ワインで少し酔った芹那が憂いに満ちた顔で、そんなあけすけなことを語ってくれる。チラリとスマホをのぞくと、話題になっている男の顔写真と相手になっている女の写真が並んでいた。
どうやって入手したんだろう。ラブホテルに入っていく所まで写っている。
30歳にしては老けている男と更に年かさの女が新婚夫婦のようにキスしているシーンまであって… 女の方は芹那より20歳は年上だろうか。派手なメイクと服装をしていて、良い暮らしをしていることが如実に分かった。
「なるほどな。それで善良なる魔女の誘いに乗ったというわけか」
「まあ、そうだけど… どうして知っているの?」
「俺たちの間じゃ有名だ。君のような幸薄い女を選んでは自分が作った怪しげな道具の実験台にしてるってな。カイルの恋人もそうなのさ」
俺の言葉に何を思ったんだろう。芹那は少し安堵した面持ちで頷くと、残り少ないワインを呷って。
「確かに私の人生は灰色だったかも。幸せだったのはアランとデートした日だけだった。母親は面倒だからって寄宿舎学校に私を閉じ込めて、まともに会いにも来ないし…」
「灰色ね… 俺も同じかもしれないな。俺はわけあって家族に愛されなかったんだ。カイルも同じさ。だから、傷の舐めあいみたいなことをしてた。そんなことしたって何にもならないのにな」
「あなたの目が真紅に光るのと関係があるの? 私はあなたの目好きよ。気味悪くなんて思わない」
その言葉は俺にとって十字架を突きつけられたようだった。ヴァンパイア族の純血である証の真紅に輝く目。同じヴァンパイアだというのに、両親は慎ましくも互いの血を啜りあう道を選んで、食欲以上に血を求めてしまう俺を恐れた。
そもそもダンピールにもなれないハーフ以下では、血を求める欲が薄かったんだろう。カイルの所も同じだ。なのに、なぜ? どうして俺やカイルだけが純血のインキュバスやヴァンパイアでなければならなかったのか…?
その憤りを紛らわすように俺はその場限りの関係に溺れて… そんな俺に彼女を抱く資格があるのかどうか? 分かっている。許されざる罪としてもそれでも、俺は……
「芹那、どうして俺が君を抱かなかったのか分かるか?」
ワイングラスを取り上げて、彼女の小さな手を握りしめながら問いかける。芹那はそれほど酔っていなかったんだろう。急に真顔になった俺を呆然と見つめていた。
「それは… まだ恋人関係になって日が浅いとかじゃないの?」
「違うんだ。俺は厳密に言うと、人間じゃない。魔族の一種で純血のヴァンパイア族なんだ」
そう言って不思議そうな顔をする芹那の白い手首にそっと牙をゆるりと牙を突き刺していく。
「ふぁ… ぁ…」
芹那は戸惑いながらも声を漏らして、女の快楽を感じてくれているようだった。手首から滲んできた血を啜る間も声が漏れていて。
今更ながらに思う。俺はどうして人間じゃないのか…!!? と。
もしも俺がその辺にいる普通の男と同じだったら、こんな憤りとは無縁でいられただろう。当たり前に芹那と出会って愛して… だけど、もしもを考えるだけ無駄だ。
カイルは純血のインキュバスで、俺は純血のヴァンパイアだ。
「ごめんな。俺は人間じゃないんだ。こうして人間と同じ物を食ってもあまり栄養にはならないし、人間の血を求めてしまう。理想は健康で心から愛し合えれば、それが一番いいんだけどな」
苦笑混じりに言いながら懐にしまいっぱなしの財布を取り出し、金をいくつかテーブルに置く。そして席を立ち、芹那に背を向けて…
「アラン…? だめ、行かないで…!!」
俺の後を追って芹那が後ろから抱きついてくる。その腕は震えていて、手首の噛み跡が早くも塞がっていこうとしていた。ヴァンパイアの唾液には傷の治癒を早める効果があるからで、これは純血でなければできないことだ。
「私を一人にしないで…! あなたがどんなでも、私は愛しているから」
一心に告げた芹那の声は涙で濡れていて。もう躊躇っていることなどできなかった。迷うこともできず、俺は振り返りざまに芹那を抱き締めた。そのまま今日まで一度も奪うことのなかった唇を奪う。
人間じゃないのに性欲がある歪な種族… それが魔族というもので。それでももう躊躇うことはできなかった。
芹那の細くも柔らかな体を抱き上げてソファへ連れていく。
「アラン、もっと近くに来て。あなたにならいいから」
そう言いながら俺の手を胸元に触れさせた。今の俺はどんな風に見えているんだろうと考えたが、魔族でしかない俺を怖がらない芹那に感謝した。
「君との再会に感謝しているよ。必ず幸せにするから」
唇が触れる寸前で囁き、その後はがむしゃらに芹那を求めた。
アランくんは色々と書いていて悩ませる子ですね(-ω-;) 悪い子で良い子でもあって。カイルくんのようにラストは懺悔をしたりするのかな? まあ、その辺りは書きながら決めていきます。ラストは決めてあるんですけど、第二部はまだ決まっていなくて。ハピエン大好きなので、ハッピー目指して頑張ります(`・ω・´) お付き合いくだされば幸いです。