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四話 芹那との短い逢瀬の後で

芹那と短い逢瀬を交わしてからマネージャーとの待ち合わせ地点まで向かう。ただ真面目でしかない男だが、自由にしていたい俺にとってはありがたくて。


「アランさん、このところ悪い遊びを控えていらっしゃるようでなによりです。タバコも少なくなっていますし」


と顔を合わせるなり開口一番で褒められた。内心で芹那と逢瀬を交わしてきたばかりなんだけど… と思ったが口にしないでおく。こういう時はおとなしく褒められておくのが好都合というもので。


それに芹那とのことは事務所にも内緒にしている必要があるし、明かすなら最高のタイミングというものを選びたいから。


「そいつはありがたいけれど、今は忙しくなってきたからってだけですって。改心したとかそういうんじゃないから」


適当にお茶を濁してスケジュールの確認を求める。


「で? 俺はこの後どうするんでしたっけ?」


「はいはい。この後はライブ会場にて最終チェックですね。今日も満員御礼です。ファンに感謝しなくてはなりません」


そんなことを話すマネージャーに促されて車に乗りこみ、ライブ会場へ向かう。…マネージャーの話を片耳半分で聞き流しながら、芹那との関係をぼんやりと考える。


俺は芹那の前だと10年前の青臭い子供に戻ってしまう。ヴァンパイアとしての飢餓を生まれて初めて味わっている最中だ。けれど、うかつに知らせるわけもいかない。そもそも大事すぎて愛しすぎて手が出せないでいる。


あのきれいな赤毛に触れることさえ躊躇うありさまだ。芹那と再会するまで、水を得た魚のように女を抱いてきたのに…


知り合ってから長い付き合いだが、最近はカイルを尊敬している。カイルは子の本能に逆らい、飢餓に抗ってまで御木本詩織という女の為に人間らしく生きようとしていたんだから。


…俺に同じことができるんだろうか。


できるできないじゃない。やらなくてはならないんだと戒めて、俺はマネージャーの言葉に集中した。





ライブ会場へ行くと、俺より先にカイルが待ち受けていた。相変わらず自分を完璧にコーディネートすることに長けていて、真紅のバラさえ霞むありさまだ。遠巻きから見たら、俺とカイルの関係は何に見えているんだろう。


「やあ、アラン。仕事の前に見舞いに来たよ」


穏やかな様子で微笑みながら俺にバラの花束を渡す。このまま持ち帰って芹那の家にでも飾ろうかと考えつつ、


「そいつはありがたいことで。どうせならあのお嬢さんを連れてきてくれるとありがたいんだけどな」


手が出したかったわけじゃないし、本気で言っているわけでもないが、ふとそんなことが口をついて出ていた。その短い言葉で何をどこまで察したんだろう。カイルは柔和な美貌を引き締めて、


「…飢えているね? 顔を見ればわかるよ」


自分が経験しているから分かるのか。まるで俺の脳内を洗いざらい見透かしているかのように小声で囁く。


「当たり前だろ。お前も知ってる通り、食い放題からいきなり取り上げれば飢える。当然だな」


「芹那さんか… お前の気持ちは分かるよ。俺でよければって言いたいけれど、ヴァンパイア族は美食家だったね」


「当然! 芹那は何も知らない。いきなり牙を見せつけるわけにもいかないんだ。…正直、躊躇ってる」


俺の言葉にカイルが険しい顔をしたかと思うと、俺の肩に手を置いて、


「お前でもそんなことをするとは思わなかったよ。俺から言えるのはこれだけだ。芹那さんを信じてみてはどうかな? 彼女の器の大きさをね」


と慰めるように優しく微笑んで言った。その損得勘定など越えた言葉に、つかの間、飢餓を忘れてしまう。カイルはいつもこうだった。見下しているわけじゃなく、兄のように優しくしてくれていて。


そんなカイルがただ清らかでいること以外はごく普通でしかない御木本詩織という女を選んだのがなにより許せなかった。…自分でも無意識のうちにカイルを理想化していたのかもしれない。男としての理想をこの男に見ていたと。


お前が俺の理想だったなんて、口が裂けてもそんな恥ずかしいことは言えないけれど。


「…そうか。そうだな。俺は誰よりあいつを信じていなかったのかもしれないな。発狂しちまう前に決めるよ。いつまでもこのままじゃいられない」


久しぶりにカイルの顔をまっすぐに見上げて言う。実際、ヴァンパイア族の本能が芹那を食いたいと訴えて、正気を失ってしまいそうなのは事実だったから。カイルは何を思ったんだろう。


「次はこれが君と芹那さんの祝いの花束になることを祈っているよ」


笑みを深めて言うと、マネージャーに促されるままライブ会場を出ていった。カイル自身も忙しくなった身だ。それでも見舞いに来てくれたのは本当に心配しているからだったのかもしれない。


タバコでもその場限りの女でも満たせない欲があると知ってしまった。その欲を満たせるのは芹那一人きりだと分かってしまった。ならば、俺は……


「アランさん、最終チェック始めますので」


「了解です。よろしくお願いします」


今日も人間のふりをしてライブの準備に集中した。終わったら芹那の家に向かうことを決めて。

お付き合いいただきありがとうございました( ^^) _旦~~ このシリーズはアランくんの成長物語でもあるので、その辺りを少しでも読み取っていただければ幸いです。カイルくんの出番が多いのはその差を描きたかったからかな。先に成長しているカイルくんと成長している途中のアランくんというか。次は限界ギリギリに挑戦のラブシーンですね。がんばります(`・ω・´)ゞ 次回もお付き合いくだされば幸いです。

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