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二話 灰色の日常が壊れる日

こんな灰色の人生のまま、死を待つような生き方をするくらいならと、私は10年前に訪れた繁華街へ来ていた。ありったけのへそくりを持って。うまい具合にアランに再会できると考えたわけじゃない。


ただ自分への慰めにホストクラブでも行ってみようと思っただけ。だけど… 18歳で世間をろくに知らないまま結婚し、家と職場しか往復しない生活をしていたからか、どうにも勇気が出ない。


「どうしたらいいんだろう…」


まともにオシャレもできないから、繁華街に馴染めない黒いスーツで来てしまったし… メイクなんて仕事に必要なくらいでオシャレの為にしたこともない。途方に暮れて繁華街の片隅に立ち尽くしていた時…


「なにか不幸そうな顔をしているねえ。お嬢さん」


とどこからか老婆の声が聞こえてきた。ほとんど条件反射で振り返ると、そこには灰色の質素な着物に割ぽう着姿のおばあさんが立っていた。


「あたしは善良なる魔女と呼ばれているよ。善良なんて大層なもんじゃないがね」


優しげな面立ちだけど、繁華街に馴染んでいなくて戸惑ってしまう。そもそも魔女って… 大体は詐欺師みたいに人をだましたりするものじゃないのかな。だけど、そもそも死を覚悟するくらいには不幸だったんだものね。


「私に何か用事ですか?」


精一杯顔を引き締めて問いかけてみる。すると、おばあさんはしばらく私を見上げていたかと思うと、


「その指輪をくれるなら、この懐中時計をやろう。あたしの作った最新作だ」


左手の薬指に嵌めたままの指輪を指して言った。その口元には笑みを浮かべたままだけれど、目は何かを射抜くように鋭く輝いている。何かを見透かしているようで、少し怖くなったけれど…


「これでよければ差し上げます。どうせ意味のない飾りにもなっていない物ですので」


迷わず指輪をはずしておばあさんに差し出した。おばあさんはつまらないものを見るような顔で受け取った後、着物の懐から銀色に輝く懐中時計を差し出した。


「こいつは特別でね。一度だけ願いを叶えてくれるよ。ただし、条件がある。なにがあっても目をそらさないこと、願いを叶えた果てに何があっても逃げないこと… いいね?」


私はその言葉を脳裏に刻んで頷く。どうせ死を覚悟していたんだもの。今以上の不幸はないだろう。どうせ今以上の不幸なんて起きないんだから、もう怖いものなんてない。そう考えながら…


「じゃあね。あたしは帰らせてもらうよ。お嬢さんも夕暮れまでに帰るんだよ。ここは恐ろしい魔族がたむろしているからね」


片手を振りながら繁華街の奥へ入っていく後ろ姿を見送って。私は懐中時計を握りしめて願い事を考えてみる。即座に浮かんだのはアランと過ごした10年前の幸せな時間… 初恋を味わった瞬間。


「一瞬でもいい。ほんの少しでもいいから、桐生アランにもう一度会いたい…!」


懐中時計を握りしめて告げた途端、懐中時計は壊れてしまったかのようにグルグルと恐ろしい速さで回りだして熱を持ち出す。その直後、純白の光に全身が包まれて…



気が付くと、私は全く知らない場所に立っていた。懐中時計は全く動かなくなっていて、熱を持っていたのも嘘だったかのように冷たくなっていた。


周囲を見渡すと、部屋の隅に大輪の花が飾られていたりして、ライブ会場の控室だというのが分かる。


「どこから来たんだい? 名もなきお嬢さん」


どこか柔らかなテノールの声が頭上から降ってきて。顔を上げると、そこには長めの黒髪を簡単に結った柔らかな印象だけれど、すさまじい美貌の青年が立っていた。傍らに小柄で可憐な印象の女性を連れていて。


「カイルさん、この人… 微かだけど魔力をまとってる」


「分かるかい? この魔力には覚えがある。善良なる魔女の仕業だよ。手に握りしめている懐中時計も魔術道具の一種だね」


そんなことを話しながらも不安げな顔をしている女性の額に唇を寄せているから、二人は恋人同士だというのがよく分かった。


「カイル、善良なる魔女ってのも罪作りなもんだ。なあ、そこのお嬢さんは美人か?」


「女性をそういう目線で見たことはないから、なんとも言えないよ。自分の目で確かめたらどうかな? アラン」


カイルと呼ばれた人が振り返りながら答える。すると、奥の部屋から黒いデニムにダークグレーのTシャツを着た男が隣に並んだ。その顔を見上げて、私は言葉を失う。


忘れるわけがない。明るく快活に煌めく瞳、面立ちは幼さが消えて精悍さが漂っているけれど、どこか少年臭さも残していて、やはりすさまじい美貌を誇っていて… 間違いない。


「アラン…?」


「君は、芹那か!?」


名を呼ばれた途端に涙が溢れてしまう。そんな私をアランは泣き出しそうな顔で抱き締めてくれた。


「10年、忘れられなかった…!!」


「私も… 毎日、思い出していたよ。アラン」


確かめるように抱き合って、あの時の続きのように私はアランの唇を受け止めた。


触れる唇はあの時と違ってキスに慣れた大人の口付けで、抱き締める腕も筋肉質で逞しくなっていて… でも、10年恋焦がれたアランには違いないと語っていた。


「あの時、本当は言いたかったことがあるんだ。恋人として付き合ってほしい。芹那」


「わたし、18歳で結婚させられたの。相手は6歳年上の資産家で…」


「なら奪うだけだ…!! 君がどんな男のものであろうと、俺は遠慮したりしない!」


真紅に煌めく瞳で私をまっすぐに見下ろして、強い調子で迷わず言う様は10年間どんな日々を過ごしたのかを語っているようで。私は何も言えなかった。


「俺は必ず君を自由にしてやる。君はただ俺と付き合っていればいいんだよ」


妖しく不敵に笑いながら言うと、アランは唇を深く重ねて大人のキスを仕掛けてくる。…こうして、私とアランの不安定な不倫関係が始まった。10年前の清らかな出会いが嘘のようだけれど、でも、私にとっては奇跡でしかない。

ようやく再会できた二人。展開上、早いかなあと思ったけれど再会してからが始まりなので。まだまだ頑張ってもらいましょう。10年もすれば初恋のピュアな少年も大人の男になっているというわけで… そういうセクシーな描写も少しずつ描いていければいいかな。次回もお付き合いくだされば幸いです。

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