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一話 人妻である芹那の灰色の日常

※一部、モラルハラスメント描写があります。

私にとって、今の生活は灰色に見えた。毎日、同じことの繰り返し… フルタイムで働いて、なけなしの生活費と一緒にやりくりしては貧相な食事でおなかを満たして眠り、また朝になれば仕事に出勤して。


「アラン…」


夢の中に出てきた幼さの残る美貌の少年を思い出す。名前は今でも忘れない。桐生アランという少し変わった名前だったから。変わっているのは芹那・クロフォードという本名の私もお互いさまで、少しうれしかった。


10年前の淡い初恋相手になった少年だ。


14歳の時、成績の悪い同級生の勉強に付き合う代わりにと繁華街へ連れていかれた。普段、絶対にいかないだろうからと。繁華街に着くなり、同級生とはぐれてしまって… おそらくは狙っての行動かもしれない。


はぐれる前に同級生は年上の男達から声を掛けられていたから……


一人ぼっちになってしまって、心細くなった私に声をかけてきたのが桐生アランと名乗った少年だった。


アランは人ごみをかき分けて、慣れた仕草でエスコートしてくれた。その様は同じ年齢の私から見てもカッコよく見えて、胸が淡く疼いたのを覚えている。…最初にして最後の恋だった。


一人でカフェへ行くこともなかった私には新鮮なことばかりで、ひどくはしゃいでいたのを覚えてる。そんな私をひどく楽しそうに見下ろしていた。だけれど、もう一度会いたいと言って、初めてのキスを交わしたのを最後に私の記憶は途切れていて。


気が付くと、見回りに来た警察官に起こされた。そして、警察官の道案内で学生寮まで帰って……



「芹那!! なにをしている。早く起きてこないか!!」


自室のドアを乱暴に蹴られて、幸せな気分が打ち消される。慌てて着替えてリビングへ向かうと、黙ってコーヒーを飲んでいる男がいた。


「遅くなって申し訳ございません。すぐに朝食の支度をしますので」


「いらん! お前の辛気臭い顔を見る為に帰ったわけじゃないんでな。すぐにまた泊りの仕事に出る。支度をしろ! 三日分だ」


「…かしこまりました」


どうせ他の女の所に行くんだろう。そんなことを乾いた気分で考えて、笑みを全く浮かべることもできず、空きっ腹を抱えて三日分の着替えを用意する為に使われたことのない男の自室へ向かう。


「アラン…」


すがるように小さく呟く。あの頃の思い出だけが最初で最後の幸せだった。アランに出会ってからたった4年で私は強引に結婚させられてしまったから。それも新婚初夜から愛人の所に通うようなクズ男と……


「準備はまだできないのか!? 俺はお前と違って忙しいんだぞ。なにをしている!?」


怒鳴りつけることしかしない男に、私はおとなしく従順な妻を演じ続けている。…何のために? もう考えることさえやめてしまった。それでも、アランにいつか会いたいと考えてしまう。


あの短くも幸せな時のように、また淡い恋心でこの胸を満たすことができたらと考えてしまうから。


「今週も忙しいからな。会社に寝泊まりする。お前はこれでやりくりしろ」


数えられるほどしかないお金を置いて、男は忙しなく家を出ていく。…最初から分かり合えるとは思えなかったけれど、女として見てもらいたかったわけでもないけれど… それにしたってあまりに荒んだ結婚生活だ。


『黙っていれば金を置いていってくれるんだ。こんな嬉しいことはないじゃないか。贅沢を言うんじゃないよ。幸せな悩みってもんだ。バカな子だよ』


いつか私の苦情を聞いた母親の冷めた眼差しと共に吐き捨てられた言葉が胸にしみる。…こんなのが幸せ? 贅沢な悩み? 幸せを感じたことなんて一度もなかったのに。


18歳の時に男から与えられた豪華なウェディングドレスもアクセサリーも、私には囚人服のように見えたのに。誓いのキスなんて気持ち悪くて仕方なかったのに…


初夜に性行為を求められたらどうしようと泣いて怯えるしかなくて、愛人の所へ行くと冷たい眼差しで言われた時は泣いて喜んだのに… それ以来、ほとんど顔を合わせずに暮らしているのに。


喜んでいたのは大金を貰えた実母だけで、誰一人として祝福してくれてなどいなかった。…これからはあんな男のものとして生きていかなければいけないんだと、心の中でアランに詫びていた。


男を見送ってから、朝ごはんを食べる時間も無くなったので、急いで仕事に向かう。…いっそ死んでしまいたいほどに灰色の日々だ。いつか死んでしまう。心が先に壊れていくだろう。その前に、その前に…?

芹那は実質売られたようなものなんですね(>_<) ちょっと書いてて辛いところでした。基本的にハピエン大好き人間なので。なので! アランに頑張ってもらいましょう。次回もお付き合いくだされば幸いです。

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