31. わたしの魔力
とりあえず、打ち消すための魔法陣は完成した。とりあえずというのは、これで合っているかはわからないからだ。
「いくつか、封印の魔法陣は地下の魔導書に描かれていましたから、それを元に」
と、何枚も何枚もカレルが紙に描いてくれて、それらを参考にみっつの候補を作った。
あとはそれを、庭に描いて魔力を注ぎ込むだけだ。
ただ、それらは残念ながら、推測したものにしかすぎない。塔や塀の下に書かれた呪文がすべて見えればなんとかなるのかもしれないが、それは無理なことだし、仕方ない。
今は、シャベルで掘った門の下も、あちこち掘り返した庭も、もう埋められている。
一度掘り返した箇所はどうしても跡が残ってしまうから、三人で雑草を抜いたり表面を整えたりして、掘ったことが不自然にならないようにと、なんとかごまかしている。
ここまでやったのは、ダニエルがまたやってきたら、魔法を信じていないとはいえ、ややこしいことになりかねないからだ。
他には誰も寄り付かないが、万が一誰かに見られたら、警戒を強められる可能性もある。
その前に、やり遂げなければならない。
「あとは、何度も試していくしかないですからね」
成功するまで、いろんな魔法陣を試していくしかない。きっとそれが、一番の早道だ。
候補のうちのひとつを庭に、木の枝を使って描いていく。
「円を描く線は途切れないように」
「うん」
ずっと練習してきて、紙の上では綺麗に魔法陣を描けるようにはなったが、土の上には初めてだ。それに直径がわたしの身長ほどある大きさの陣は、上手く描くのは難しい。
それでも紙に描かれたものを確認しながら、なんとか庭に描きだした。
「よし」
何度も魔法陣を確認すると、わたしは中心に向かって膝をついて屈みこみ、両手を地につける。
それから、手のひらに力を込めるように念じてはみるが。
「なにも起きない……」
何度も何度も試してみるが、特にこれといった変化は、わたしにも魔法陣にも、起きなかった。
「魔法陣が間違っているのか、わたしが魔力を使えないのか、判断できないわね」
ため息交じりにそう零す。
そもそもわたしの魔力は、身の内にあるらしいが、未だ発現していないのだ。
ここまで来ても、本当に魔法なんてあるのかしら、などという疑惑が浮かんでくる。
「こればかりは教えられません」
カレルは困ったように眉尻を下げて、そう言った。
今までの独学の最中も、彼の家の地下室にある弟子たちの日記を解読しまくったらしいのだが、具体的な方法はついぞ見つけられなかったらしい。
「魔法陣の中心に魔力を注ぎ込む、ということくらいしか、書かれていませんでした」
「そう……残念だわ」
「塔を出入りできていたことで確定しましたが、僕には魔力がありません。昔から、もしかしたらと思っていろいろ練習してみましたが、当然、ダメでした……。経験がないので、魔力の使い方は教えられないんです」
本当に悔しそうにそう話す。
「弟子たちの日記に、ここまでなにも書かれていないとなると、当時は、使えて当然のものだったのかもしれませんね」
あまりにも当然のことだと、資料として残されることもないのだろう。
これはどうしたものかと、カレルと向かい合って、二人して腕を組んで、うーん、と考え込んでしまう。
そもそも、魔力とはいったいどのように存在しているものなのだろう。
わたしは当然、身の内にある魔力というものを、感じたことはない。
……いや。
そこで、ふとした違和感を覚える。
いや、ないだろうか? あった気がする。
なにか、身体の中で蠢くような……。
「あっ」
わたしは慌てて駆け出した。
「お嬢さまっ?」
急に走り出したわたしの背中に、カレルの焦ったような声が掛けられる。
そうだ、あのとき。あのとき、わたしの中のなにかが反応していた。
きっと、あれが魔力だ。
「お嬢さま!」
門に向かって走るわたしを制止する声がして、ピタリと立ち止まる。
まだ門から出てはいない。弾かれてしまう場所の少し手前。ここなら大丈夫だ。
「お嬢さま、危ないです!」
後を追ってきたカレルがそう声を上げるが、わたしはその場で、目を閉じて、自分の胸に手を当てた。
「……これだわ」
門から出ようとしたときに感じた、身体の内で蠢き始めた、あの気持ち悪さ。
『白き魔女』の魔法陣に反応して、眠っていた力が起きだしたのではないか。
今も門から無数の腕が伸びてきて、わたしを絡めとるかのような感覚がしている。
一度、認識してしまえば、確かにそこに魔力が存在していることを感じ取れた。
身体の内に、なにか煮えたぎるものがある。それはわたしの中で、ぐるぐると巡っている。
これが、魔力だ。
そう確信できた。
手や足を動かすことを意識しなくともできるように、わたしはこれを使うことができるのだと、それがわかった。
でもそれは、わたしの中で縮こまっていた。行き場を失くしてさまよい続けている。
きっと、封印の力が及んでいるからだ。
「邪魔されている……」
「お嬢さま?」
追いついてきたカレルがわたしを覗き込むようにして、心配そうな瞳を向けている。
けれどわたしは、ひたすら身体の内のものと向き合った。
冗談じゃない、阻まれてなるものか。
力ずくで、引き出してやる。
わたしはパッと顔を上げると、カレルのほうを振り返り、きっぱりと告げた。
「試してみるわ」




