30. 魔法陣の解読
「そうと決まれば、まずは『白き魔女』の描いた魔法陣がどんなものか、解析していきましょう」
そうして三人で塔の中に入る直前、わたしは門を振り返る。そして庭を見回した。それから塔を見上げる。
「どうしました、お嬢さま?」
不審に思ったのか、カレルがそう呼びかけてくる。
「うん……さっき、ヤナと庭を歩いてみたんだけど、狭いなって思って」
「ええ」
わたしのその感想に、カレルは頷く。
「一人分だから、極力無駄のないようにしたのかしらって。一生涯閉じ込めるんだから、もっと広くしてくれてもよかったじゃない。それくらいの慈悲は欲しいわ。なんだかそれも、ちょっと腹立たしくて」
皮肉げに笑いながら言うと、カレルは肩をすくめた。
「仕方ありません」
「え?」
「『白き魔女』の魔力の限界だったんでしょう」
「ああ……なるほど」
わたしはカレルの返答に納得する。
この塔と庭が小さな理由は、それなんだ。
『魔法陣は、巨大なほうがいろんな情報を盛り込めるので、それだけ強力にはなりますが、それを扱うためにはそれなりの魔力が必要になります』
だから、この大きさが限界だった。『白き魔女』の魔力では、これ以上大きな魔法陣を扱うことはできなかったのだ。
『王さまが建設したにしては、ずいぶんケチったものだな、と文句を言いたい』
違う。
当時の王さまがケチったんじゃない。
『魔法を扱うには、円と球が基本だと思っていただければ』
塀の下に描かれた魔法陣からなる半球形の中に、塔を納めなければならなかった。だからこの塔は、塔と言いながら低く建てることしかできなかった。
「なんだかだんだん、腹が立ってきたわ」
ふつふつと、身体の内から湧いて出る感情がある。
――騙し討ちなんて、卑怯じゃない。魔女として大した魔力も持たないくせに、よくもわたしをこんな目に遭わせてくれたわね。
これは、わたしの気持ちなのか。
それとも、わたしの中にいる『黒き魔女』の魂の、八百年に渡って蓄積された、怨嗟の叫びなのか。
あるいは、混ざってしまったのか。
「わたしはこんな小さなものに縛られていたのね」
不思議だ。なんだかワクワクしてきた。
「馬鹿にして。絶対に、破ってやるから。わたしはこのゲームに勝つわ」
『長らく、誰かとゲームなんてしていない』
いや。わたしはずっと、ゲームの只中に置かれていた。
わたしは負けない。今までずっと戦うことすらできずに閉じこもっていた。
でも、戦い方をわたしは学んだ。カレルが教えてくれたのだ。
「その意気です、お嬢さま」
急に張り切り始めたわたしを、カレルが励ましてくれる。
「八百年前の因縁なんて、知ったことじゃないもの。壊したって構わないでしょう」
「お嬢さまならできると思いますよ。なにせ、世界が滅ぼせるほどの力を持っているのだし」
「そうだったわね」
本当にそんなすごい力がわたしの中に眠っているのかどうか、今だって信じられないし、まだわからないけれど。
試してみる価値はあるだろう。
◇
カレルは門の下をギリギリまで掘り広げると、そこに書かれていた古代ファラクラレ語を紙に書き留めて、わたしの前に置いた。
ヤナがそれを覗き込んで、首を傾げている。
「なんて書いてあるんです?」
古代ファラクラレ語は、今の文字にも通じるところはもちろんあるが、だからといって簡単に読めるものでもない。
わたしもカレルから学んだが、未だに、読める、とは言い切れないものだ。
「ええと……『……向けて願うものなり。我が望むごとく、魔をここに……』。これだけね」
「すごいです、お嬢さま!」
カレルはパチパチと手を叩いて大げさに褒めてみせる。
やっぱり出来の悪い生徒とでも思っているのかもしれない。
そして新たに紙を取り出すと、そこにペンでいつもの魔法陣を描いてみせた。
それからペン先で、一点をトン、と叩く。
「魔法陣は、基本的には東が上になります。ちょうど門が東に当たるので、魔法陣の外枠にあたる円形のところに書かれた文章の、最初と最後ということでしょう」
それで、こんなに訳がわからないのか。
「大した意味もなさそう。前途多難ね」
頰杖をついて、ため息交じりで言うと、カレルはゆるく首を横に振った。
「でも、陣の頂点が東で間違いなさそうなのは、わかりました。あと、効果からも予測できますから、そこから考えても」
「効果? 封印するための陣、というのはわかるけど」
「そうですね。それから、この魔法陣はお嬢さまにしか利いていない。ということは、魔力を持つ者にしか反応しない術が使われています」
「なるほど……」
「あと、お嬢さまは中に入ることはできました。でも出ることができない。対象の方向を認識する術ということです」
「複雑そうね……」
そんなふうに少しずつ、少しずつ、わたしたちは解読を進めていった。
確認するために、カレルが庭を少し掘ったりもした。それを見てヤナが、頼りないからとシャベルを奪い取り、サクサクと掘り進めたりして、三人で笑った。
パズルみたいで楽しくて、時間を忘れるほどで、ヤナに早く寝ろと怒られたりもした。
やっぱりわたしも、カレルに負けず劣らず、変人なのかもしれない。




