表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵令嬢のわたしは、世界を滅ぼせる魔女らしい  作者: 新道 梨果子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/41

22. 隠しごと

「もう、あいつは塔に迎え入れないようにしましょう」


 テーブルの上の欠けたカップを片付けながら、憤慨した様子でカレルは言った。


「なにを言われたのか知りませんが、お嬢さまに嫌な思いをさせるだなんて、言語道断です」


 わたしはその文句を、彼の背中を眺めながら、ソファに座ってぼうっと聞いていた。


 やっと現れた、わたし自身を見てくれる人。

 でもわたしのほうは、彼自身を見ているのだろうか。与えられるだけで、与えてなどいないのではないか。ただ、自分にとって都合のいい人だから、いて欲しいだけなのではないか。


 わたしがそんなだから、噓をつかれても仕方ないのかもしれない。

 それでもやっぱり、疑惑など抱かず無警戒で、本当の言葉で語り合うことができたなら、と願ってしまう。


 話し合おう。今すぐに。わたしもわたしの言葉で語らなければ。


 そう決心したのに顔をちゃんと見る勇気は出せなくて、ソファの上で膝を抱えて、頭を足に押し付けて、彼の顔を見ないまま、質問を投げかける。


「カレルは……わたしに噓をついていることはない?」


 カチャンとカップが小さな音を立て、彼が身体を揺らしたのがわかった。

 やっぱりあるのか。


 ゆっくりと顔を上げると、戸惑うように目を泳がせるカレルがそこにいた。

 しばらく逡巡したのち、彼は躊躇いを滲ませながら、口を開く。


「些細な噓は……ついています」

「些細なの?」

「噓は……そうですね、きっと些細です」


 そして小さく息を吐きだし、そのついでのように明かした。


「でも、黙っていることが、あります」

「そう」

「隠しごとがあるから、取り繕うために、どうしても噓が出てきてしまう」


 噓などついていない、と言えばよかったはずなのに、カレルが選んだその返答は、真摯にわたしの質問に答えようとしているものかもしれない。

 でもその態度すら、演技の可能性だってあるのだ。


「ヤナが辞めるかもしれない、とわたしに言ったのは、なぜ?」


 わたしが最初に噓だと感じたことを尋ねてみる。

 やはりカレルは目を逸らした。


 その態度が、悲しい。悔しい。苦しい。

 どこまで疑えばいいのか、どこまで信じればいいのか、まるでわからない。

 いろんな感情がないまぜになって、わたしの目から静かに流れ落ちてくる。


「答えられないのね」

「……すみません」


 今彼は、おそらく正直に応じてくれている。

 だとすれば、噓をつかないためには、沈黙を貫くしかないということだ。

 その事実は、隠しごとがあるということが真実なのだと教えてくれる。

 もう、涙を止めることはできない。


「わたしはいったい、なにを信じればいいの? なにも信じられなくなっているの」

「お嬢さま」


 カレルはわたしの前に膝を進めて跪く。


「お嬢さまに嫌な気持ちを味わわせてしまっているのは、あいつではなく、僕なんですね。申し訳ありません」


 そんなことはないわ、と返すことはできなかった。わたしはただ、膝を抱えたまま、涙を流し続けるだけだ。

 カレルは密やかに、わたしに対する答えを舌に乗せた。


「お嬢さまは、ご自分を信じてください」

「自分……」

「そうです。ご自身の感覚を信じてください」


 ただただまっすぐな言葉が、わたしに向かって発されている。


「だから、なんなりとお申し付けください。僕はお嬢さまの望む通りに尽くします。僕を信じられないから出ていけというのなら、それに従います」


 出ていけ、という言葉に、身体が揺れた。


「僕がなにかを秘密にしていることには、お気付きだったんですね。そのせいで不安を感じているというのなら、なんでも訊いてください。覚悟を決めて、お答えしますから」

「なんでも?」

「はい、なんでもです。その結果、僕を側に置きたくないというのなら、甘んじてその結論を受け入れます」

「本気なの?」

「僕はいつでも本気です」


 いつもの明るい笑顔ではなく、少し寂し気に上がった口角に、胸の中にもやもやした不安が広がる。


「その秘密を聞いたら、カレルは去ってしまうの?」

「僕から去ることはしません。お嬢さまが望まない限りは、傍にい続けたいと思っています。これは絶対です」


 だが、カレルはそこで目を伏せた。


「ただ……ヤナにはその可能性が、あります」


 また薄暗い塔の中で、一人でベッドに潜って泣いている自分が思い浮かんだ。


「……今、訊いても答えるの?」

「今でもいいですが、今じゃなくても、お嬢さまの訊きたいときに、いつでも」

「自分からは言いたくないのね?」

「まあ……そうですね。申し訳ありません」


 くしゃっと歪ませた泣きそうな顔で、カレルはそう謝罪を口にする。


「正直なところ、このままなにも起きず、秘密を胸の中に抱えたままで過ごせないかと思っているのです。都合のいい願望ですが。でも、お嬢さまがお訊きになるのであれば、そのときは絶対に答えます。これが今の僕にできる、精一杯の誠意です」


 その覚悟は、わたしにはまだない。

 訊けない。なにも。


「今はまだ……いいわ」

「そうですか」


 カレルはただ、そう短く返してきただけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ