18. 封印の塔
その疑問に、わたしは言葉を失う。
だって今まで考えたこともなかったから。
「いろいろ理由は考えられます。まず、ヘイグ公爵家のすぐ近くだから、逃げ出せばすぐに追えると思っている、とか。魔女だと信じているからこそ、『封印の塔』の力も信じている、とか。それとも単純に、怠っているだけかもしれない」
ダニエルは、淡々と可能性を述べていく。わたしが考えもしなかったことを、彼は考え続けていたのだ。
「今まで問題にならなかったから、見直すこともしなかったんでしょう。王家の人間も、私が来るまでヘイグ公爵家に任せっきりで、調査にも来ていなかった。実際、ツェツィーリエ嬢は逃げ出すこともなく、ここにいる」
「……なんとも思っていなかったわ」
正直にそう零すと、彼は笑みを浮かべた。
「ずっとここにいらっしゃるから、お気付きでなかったのかもしれませんね。確か、八歳のときからこの塔にお住まいだとか」
「ええ」
今までの話からも、ダニエルはこの塔とわたしについて、詳細に調べているようだ。気分のいいものではないが、仕方ない、という諦めの気持ちもある。
「幼少期よりずっとそうなら、ここから出るという発想すら浮かばなかったのかもしれない」
「そう……そうね」
「でも私からすれば、異様としか思えません。誰もが魔女の存在を信じていなければ、この状況にも納得できたのですがね。実際は、そうではない」
そしてダニエルは背筋を伸ばした。
「私は、この国がいつまでも、魔法なんて絵空事に振り回されていることがおかしいと思っているんです」
彼は真摯な瞳をしていた。
おそらくそこに、嘘はない。
「でも、ヘイグ公爵家とツェツィーリエ嬢の存在があるがために、魔法というものの存在を、完全に否定できない」
まっすぐに見つめてくるから、わたしはそっと目を逸らした。
なぜだか、これ以上考えるのは怖かった。
「だから、解明したいのです」
その言葉を最後に、しばらくの間、静寂が訪れる。
それを破ったのはダニエルの、パンッという手を叩いた音だった。
「そうそう、実は、今ここで働いている兄妹について調べさせていただきました」
「え……」
わたしは慌てて顔を上げる。にわかに心臓がドキドキと脈打ち始めた。
調べた? カレルとヤナを?
わたしの戸惑いには構わず、ダニエルは報告をし始める。
「いたって普通の庶民のようですね。ずいぶん古い家で暮らしているので、裕福ではないのでしょう。でも兄のほうは、その地域では学力が高いほうらしく、いつか稼いで地域に貢献してくれるのではと期待されているようです。妹のほうは、家がボロ屋で嫌だといつも言っていたらしく……どうやら二人とも、給金に釣られて働いている、ということではないかと」
「え、ええ。給金がいいから来たって」
少なくともヤナの動機は、それだけだ。カレルが『黒き魔女』の信奉者だというのは、黙っていたほうがいいだろう。きっと話がややこしくなる。
「給金がいいからって、それをツェツィーリエ嬢に明かしたんですか? ずいぶん開けっぴろげだ。まあ、腹芸ばかりの貴族とは違うということかな」
ダニエルはくつくつと喉の奥で笑う。
彼の報告に、わたしはほっと心の中で胸を撫で下ろしていた。彼らが自身で語ったことと、なんら違いはない。
以前、カレルが嘘をついていると感じたことがあった。
でもこんな根本的なことに違いがないのなら、きっと些細な噓だったのだろう。
そう思うと同時に、わざわざ彼らを調べるなんて、とわずかに怒りも湧いてくる。
「なぜ、調べたの」
「不審に感じたからです」
ダニエルはきっぱりと言い放った。
「ツェツィーリエ嬢が仰る通り、魔女の復活を怖がっている人はいます。特にヘイグ公爵家の関係者は酷い。そこで突然、しかも二人も、見知らぬ人間が現れたのです。なにか裏があるかと」
「二人を採用するのに、なんの審査もなかったそうよ。ヘイグ家は、もう誰でもいいって思っているのでしょう。皆、すぐに辞めるから給金がどんどん上がっているんですって。あの二人が来なくても、そのうち誰かが来たんじゃないかしら」
「なるほど」
わたしが与えた理由に、ダニエルは納得したようで、小さく何度も頷く。
それから、腰を浮かせた。
「長居してしまいました。そろそろお暇しましょう」
「大した秘密は教えてもらえなかったわね」
「小出しにしないと、もう会ってもらえなくなりますからね。知りたいことがあれば、また次回、訊いてください」
「また来るの?」
「ええ、ツェツィーリエ嬢には何度でもお会いしたいので。お邪魔でしょうが、あなたに焦がれてやまない愚かな男心を慮っていただければ」
「またいい加減なことを……」
呆れかえってため息をつくと、ダニエルは小さく笑った。
◇
ダニエルと一緒に一階に下りると、カレルがソワソワと待っていた。
「必要なかったわ」
ハンドベルを手渡すと、彼はホッと息を吐きだす。
そしてダニエルに向かって、また頭を下げた。
「大変失礼いたしました」
「いや、次回以降もベルは持ってもらったほうがいいだろう」
その返答にカレルはピクリと肩を揺らしたが、なにも言わずにまた頭を下げる。
「では、ツェツィーリエ嬢。また近々」
「ええ」
短く返すと、ダニエルは塔を出て行った。
わたしは閉まった玄関の扉を見つめる。
出られる。
今まで思いつきもしなかったけれど、すぐそこに足を動かせば、出られるはずなのだ。
警備はいない。誰もわたしを止めはしない。
それならわたしは、なんの苦もなく、ここから出られるはずだ。
でも。
出たところで、わたしはいったい、どこに行けばいいのだろう?
皆が怖がる『黒き魔女の魂のカケラ』を持つというわたしは、どこなら受け入れられるのだろう?
わたしは結局のところ、『封印の塔』を出てはいけないのではないか。
この塔は正しく、わたしを封印しているのかもしれない。




